「本物です……。確かに硬化と自己再生能力が付与されていました」
鑑定役の女性の声が震えている。
この剣がどの程度の価値があるのか判断できないが、彼女とギルド長の表情から見て相当に価値があると考えて良さそうだ。
「カンナギ殿、鑑定の依頼と言うことだったがこの剣を譲ってもらうことはできないだろうか?」
「その長剣は差し上げます」
俺の言葉に二人が息を飲む。
「その代わりと言っては何ですが、この街の代官に私をご紹介願いたいのです」
「理由をお聞きしてもよろしいかな?」
驚きの表情を浮かべていたギルド長の顔が瞬時に真顔へ戻り、鋭い視線が俺に向けられた。
成人まもない若造から地方都市の代官に引き合わせて欲しいと言われて、『はい、そうですか』とはいかないよな。
それに、どこの馬の骨とも分からない男を要人に近付けたくないのも分かる。
「お話した通り、私は父の跡を継げませんでしたが商人としてやっていくつもりです。その上でこちらの代官様の面識を得たいというだけです」
「なるほど」
商人が成り上がるために権力者や有力者とパイプを持つのは地球も異世界も同じようだ。俺の嘘を簡単に信じてくれた。
「もちろん、代官様への手土産は用意しております」
錬金工房から長剣と盾を取り出してテーブルの上に置く。いましがた鑑定してもらった長剣よりもやや豪奢な装飾を施したものだ。
新たに眼の前に置かれた長剣と盾に視線が釘付けとなっている二人に言う。
「硬化と自己再生に加え炎の魔法も付与されています。剣身に炎をまとわせることができるので戦場で映えるでしょうね」
「炎に自己再生だと!」
「国宝級ではありませんか!」
ギルド長と鑑定役の女性が同時に腰を浮かせ驚きの声を上げた。
事前にロッテに訊いたときには「聞いたことのない魔剣ですけど、修理しなくていいのは凄く便利そうですね」、と言っていたが……国宝級だったのか。
炎をまとわせる剣は耐久性に問題がある。
これは性質上やむを得ないことなのだが、この剣は自己再生機能があるので剣身に炎をまとわせながらも常に再生し続ける」
「魔力が続く限り。という条件はありますが簡単に壊れたりはしません。この剣なら代官様にも気に入って頂けると確信しております」
代官が派手好きなら尚更だろう。
「おっしゃる通りです。献上品がこちらの品なら魔術師ギルドとしても自信を持ってご紹介できます」
ギルド長の言葉遣いが変わった。
「ギルド長にそう言って頂け、私も気が楽になりました。可能なら今夜か明日にでも代官様のお宅を訪ねたいのですが?」
「随分と急ですな」
「父から『商人は時間を無駄にしてはいけない』と教えられて育てられたので」
ずるずると引き延ばされるのは困る。
今夜や明日の訪問をこの場で約束できないのは分かっている。だが、ロリコン代官のところにいますぐにでも使者を出すくらいはできるだろ?
「しかし、幾ら何でも急すぎますな……」
ギルド長が額の汗を拭う。
そのとき誰かが扉をノックした。
「いま、来客中だ」
「申し訳ございません。そちらのお客様からご依頼されたアンデッド・オーガの査定が終わりましたので、買い取り明細と代金をお持ちいたしました」
絶妙のタイミングじゃないか。
「差し支えなければ彼女を入室させて頂けませんか?」
「カンナギ殿がそれでよいなら」
ギルド長のその一言で扉を代金を持った女性が応接室へと招き入れられる。
俺は彼女から受け取った買い取り明細に視線を走らせた。
アンデッド・オーガの素材一式で金貨三十五枚。日本円にして三千五百万円ほどだ。
受ける被害や損害、討伐に参加する人数を考えると妥当な額なのかもしれないが、ついこの間まで日本の高校生だった俺からすればちょっと想像し難い金額だ。
「参考までにお伺いしたいのですが、通常のオーガだとどれくらいになりますか? 大体の金額で構いませんので教えてください」
常識なのだろう、三人が不思議そうな顔をした。
俺は『この国の相場をまだ理解していませんので』と付け加えるとギルド長が答えた。
「金貨二枚から三枚といったところです」
十倍以上か。アンデッド・オーガも普通のオーガも戦闘力的には大して差はなかったから、希少価値ということなのだろう。
「献上品の鑑定をお願いしてもよろしいですか? 魔術師ギルドの鑑定証明証を発行頂ければ心強いです」
たったいま女性から受け取った代金から、金貨五枚を最初に渡した長剣の横に積み上げる。
ギルド長と二人の女性が息を飲んだ。
「こちらは鑑定証明証の発行手数料と急いで頂くことへの私の気持ちです」
鑑定証明証の発行費用は、代物によって多少の差はあるが銀貨十枚。日本円にして十万円程度だ。
押し黙るギルド長に向けて言う。
「商品はまた仕入れればいい。金はまた稼げばいい。ですが、時間だけは取り戻すことができません」
さっきも言っただろう。時間は何よりも貴重なんだよ。特に今はな。
「分かりました、すぐに代官の屋敷まで人を走らせます」
そう言って代金を持ってきた女性を見ると、
「畏まりました」
彼女はそう言って即座に退室した。
「無理をお願いして申し訳ございません。このご恩は近いうちに返させて頂きます」
俺はギルド長と握手を交わし、魔術師ギルドを後にした。
◇
続いて、第二部隊のコンラート隊長に会うために騎士団第二部隊の詰所を訪れた。
さて、第一部隊と第二部隊、この二つの癌をどうやって排除するかな。
先ずは敵情視察と行こうか。
出迎えたのは十二、三歳ほどの少年騎士。
「ご丁寧にありがとうございます」
案内の少年騎士に笑顔を向けると、
「コンラート隊長から『アンデッド・オーガとオーガ八体を単独で撃破した英雄に失礼のないように』、と言われています」
そう言ってキラキラとして瞳で見返された。
純粋な英雄への憧れなのか?
崇拝するような目で俺を見ないでくれ。
チクリと胸が痛む。
第一部隊と第二部隊には配置転換してもらう予定なんだ。
本当、ごめん。
俺は心の中で少年騎士に詫びながら隊長室へと向かった。
「いやー、よく来てくれた。カンナギ君、だったかな?」
上機嫌出迎えてくれたのは対オーガ防衛ライン構築の指揮を執っていた第二部隊のコンラート隊長。
「ご用件というのはオーガ討伐の調書作成のための聞き取りかなにかでしょうか?」
二時間ほど前にコンラート隊長と会話をした際に見せた、彼の悪そうな笑顔を思いだしながら、素知らぬ顔で訊いた。
「そこまで煩わせるつもりはない。調書の方は我々で作成したものがある。確認のために目を通してもらえれば十分だ」
実際にオーガを討伐した俺から一言の話も聞いていないのに調書が出来上がっているのかよ。
これがこの世界の騎士団の標準とは思いたくないな。
「それは助かります。では早速、調書を読ませて頂きます」
「いや、急ぐ必要はない。調書は後ほど持ってこさせる。その前に少し話をしたい」
「お話ですか?」
「第一部隊のパウルから無理難題を言われているらしいじゃないか?」
本題がそちらだと言うことは予想できたが、何の前置きもなしにいきなり核心に触れた来たな。
「無理難題というほどこのことではありません。私が討伐した盗賊のアジトに案内するよう言われているだけです」
「アジトに残してきた盗品の引き渡しを要求されているのだろ?」
俺は少し困ったような表情を浮かべて恐縮する。
「私の国では討伐した盗賊が所持いていた盗品は討伐した者に所有権が移ります。てっきりこちらの国でもそうだと思い込んでいました。ご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした」
パウル騎士団長に騙されている世間知らずの青年を演じる。
「盗賊から奪った盗品は君のものだ。アジトに残してきた盗品は後日運びだせばいい。もちろん、その間に誰かが発見して運び出した場合は運び出した者が所有者となる」
知っているが、不正がまかり通るような騎士団相手に正論を言っても取り合ってはもらえないだろ。
それどころか、機嫌を損ねたら冤罪で投獄されかねない。
「え? どういうことでしょうか?」
「パウルは君が法律に疎いことを悪用し、本来君が手にすべき盗賊の所持品を不当に奪おうとしている」
「たとえ一度に運びだせなくても、盗賊を討伐した者に所有権が移るのはこちらの国でもそうだったんですね」
外国人なので法律に疎い振りをした。
「要はパウルのヤツが君の資産を横取りしようとしているわけだ」
「そんな! 騎士団の隊長さんがですか!」
心底驚いたふりをする俺にコンラート隊長が同情した表情で言う。
「パウルはこちらに赴任してくる前から良からぬ噂があってな。私としてはヤツのシッポを掴んで悪事を白日の下に曝したいと考えている」
内部で処理して第一部隊の隊長を更迭するのかと思ったが違うようだ。
「同じ騎士団として恥になるのではありませんか?」
「隠蔽する方が騎士団の恥だ。汚職まみれの第一騎士団を告発することで、我々第二部隊が公正、且つ、清廉であることを知らしめたい」
第三、第四部隊には一歩リードしているから、ここで競争相手の第一部隊の汚職を暴くことで第一部隊を蹴落とし、騎士団内部での優位性を不動のものにしようという魂胆か。
「具体的に私は何をしたらいいでしょう? それと、私の得るメリットを教えて頂けますか?」
「さすが商人! 話が早くていい」
こちらが利害で動く人間と判断しようだ。我が意を得たりとばかりにコンラート隊長が身を乗りだした。
「明日、パウルを案内して盗賊団のアジト跡に向かうな?」
「ええ」
盗賊のアジト跡には異空間収納に収まりきらなかった盗品が残っていることになっている。それをパウルに引き渡すためにアジトへ案内することになっていた。
「そこで、だ。一つ私の策に乗ってみないか?」
「策です、か? 商人なので騎士様のような難しいことは分かりませんが……」
形だけ難色を示す。
「何、難しいことはない。私の言う通りに動いてくれれば、君は盗賊を討伐して手にすべき資産を守れ、我々は騎士団内部の膿を出すことができる。双方にとってメリットがあると思うが、どうかね?」
おいおい。盗賊の盗品はもともと俺に所有権がある、と言ったばかりじゃなかったか?
「分かりました。では、コンラート隊長のご指示通りに動きましょう」
「決まりだ」
コンラート隊長が提案した作戦内容は単純明快なものだった。
盗賊のアジトから持ち帰った盗品を持ち帰ったところに、第二部隊が踏み込んでパウル隊長以下、かかわった騎士団員たちを捕縛するというモノだ。
盗品はもともと保管されていた倉庫の扉を開ける瞬間にでも錬金工房から倉庫へ移せばいいので特に問題はない。
自分の手を汚さずに解決できるならそれに越したことはないだろう。
「作戦通りに事が運ぶと第一部隊はどうなりますか?」
「第一部隊を我々の部隊が糾合し、新たに第一部隊と第二部隊を編成し直すことになるだろう。まあ、第一部隊は事実上解体だな」
コンラート隊長が得意げに語った。
第一部隊と第二部隊が互いに噛み合って自滅するのが理想なのだが、ここは第一部隊を解体できるだけでも良しとしよう。
「驚きました。隊長は策士ですね」
「いやなに、これくらいは大したことはない」
そう言って上機嫌で笑いだした。
何ともこずるい大人が多いことだ。異世界も世知辛いよなー。
日本で詐欺事件などの知能犯のニュースを幾つも見ていたせいか騎士団の隊長二人が小悪党にしか見えない。
この状況を何とか利用できないモノだろうか?
俺はそんなことを考えながら、俺はコンラート隊長と握手を交わし、ユリアーナたちと合流するため孤児院へと向かうことにした。
孤児院に戻った俺は真っ先にユリアーナとロッテとの情報交換をし、その後、彼女たち二人と孤児院の子どもたちを伴って裏庭へと来ていた。
ロッテや子どもたちとの距離を確認したユリアーナが明後日の方を向いたままささやく。
「今夜、助祭のところに忍び込むか、或いは、こちらの姿を見せずに助祭と会話したいんだけどできる?」
「どちらも問題ない」
忍び込むなら、助祭以外の教会の人間すべてを錬金工房に取り込んでから助祭の部屋を訪れればいい。
助祭と会話するだけなら遠距離通話の魔道具を作れば済むことだ。
「頼もしいわね。それじゃ、後者でお願い」
「分かった。詳細は後ですり合わせよう」
ユリアーナとの会話を切り上げてロッテに話しかける。
「裏庭と言っても随分と広いんだな」
改めて見回すと小学校のグラウンドくらいの広さがある。
「今は教会の敷地に市場が立ちますが、昔はこの敷地を使っていたそうです」
ロッテが言うには、今日見た中央通りの盛大な市場は二ヵ月に一回、五日間開催され、出店するのには商業ギルドの出店許可証が必要となる。