夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「ご苦労だった。ギルドを通じ、改めて騎士団より感謝の気持ちを込めて追加報酬が払われるだろう」

 悪人顔の騎士はそう言うと、後ろを振り返って若い騎士たちに指示を出す。

「お前たち、魔物の死体を回収しろ」

 悪人顔の騎士の号令一下、若い騎士たちが地面に転がっているオーガの下へと駆け寄る。

「酷いありさまだな」

 若い騎士たちはオーガの死体を見ると一様に顔をしかめた。
 そして次々と聞こえてくる不満の声。

「うへえ、皮膚なんて半部以上がただれているぞ」
「皮膚は使い物にならんが、角と牙は使えそうなのがせめてもの救いか」

 加減したはずなのだが、オーガの皮膚は火魔法による火傷と爆風による裂傷でボロボロだった。

「オーガの皮膚なんて何につかうんだ?」

 戻ってきたばかりのロッテに尋ねた。

「オーガの素材は魔力を流すことで自動修復する特性があるんですけど、状態が悪いとその特性が現れないんです」

 オーガの角と牙、皮膚を素材にして作成された代物は魔力を流すことで硬化させたり、細かな傷なら修復もできたりする。この特性を活かして皮膚はマントや防具の裏地として、角や牙は解体用のナイフや短剣の素材として利用されているそうだ。
 なるほど、火傷した状態じゃ価値も落ちるか。

「待ってください隊長さん。このオーガは俺たちじゃなく、そこの兄さんが倒したもんだ。所有権は兄さんたちにある」

 年配の冒険者がそう言うと隊長が俺に向かって面倒くさそうに聞いた。

「お前も冒険者なんだろ?」
「俺は旅の商人です」
「商人?」
「兄ちゃん、商人だったのか……」

 悪人顔の隊長と年配の冒険者が同時に声を上げた。
「ええ、商人だと何か問題でもあるんですか?」
「いいや、特に問題はない」
「そいつはいい!」

 隊長が渋面を作り、年配の冒険者は口元を綻ばせる。

 前線でオーガを迎撃していた冒険者たちは、ギルド経由で騎士団から出された緊急依頼を受けていた。
 契約では討伐した魔物の所有権は依頼者である騎士団にある。だが、今回はまったく関係ない旅の商人である俺が倒してしまった。

「俺たち冒険者からすれば誰が倒したって自分たちのものにはならねえからな」

 そう言って年配の冒険者は騎士団の隊長を横目で見ながら笑った。

 防衛戦もバリケードを築いただけで実戦には不参加、倒した魔物の素材も手に入らないとなると騎士団としても面目丸つぶれ何だろうな。
 オーガの素材が欲しいとは思わないが、昼間の件もあって騎士団にはいい印象もないし、ここはひとつ所有権を主張してみるか。

「魔物の数も多く戦力的に苦戦していたようなので加勢しました。それに、商人の端くれとしてはアンデッド・オーガやオーガの素材も魅力でしたので」

 魔物の素材目当てで参戦したのだと明言すると、騎士団の隊長が小さな舌打に続いて聞いてきた。

「小僧、名前は? 身分証もだ」
「シュラ・カンナギです。この国の出身ではないので身分証はありませんが、ラタの街の滞在許可証ならここにあります」

 街に入る際に門番の詰所で発行してもらった書類を提示する。
 俺とユリアーナの二人と滞在許可証を見比べると、登録するときと同じような質問が飛んできた。

「その子どもとはどんな関係だ?」
「異母兄妹です。家名が違うのは家庭の複雑な事情です」

 実家を継いだ正妻の息子である兄に追いだされ、兄妹二人だけで外国に流れてきたのだと説明した。
 すると、隊長がギョッとした表情で俺を見た。
「まさか、盗賊団を捕らえたのもお前なのか?」
「はい、そうです」
「なるほどな。報告では盗賊が油断していたためだとなっていたが……、どうやら盗賊を捕らえるだけの力は持っているということか」

 隊長はそう言うと、爆発で形が崩れ炎で焼け焦げた地面とオーガの死体を一しきり見回し、俺の肩を叩きながら上機嫌で続ける。

「私はこの街に駐留する騎士団の第二部隊隊長を務めるコンラートだ。何か困ったことがあったら言ってきなさい」

 何だ、いきなり?

「はあ、その時はよろしくお願いいたします」
「第一部隊隊長のパウルあたりが無理難題を言って来たら私のところへきなさい」
「無理難題、ですか?」
「そう、たとえば、だ。盗賊からの押収品を差しだすように言われたら、後日差しだすことを約束だけして、私に相談してもらえれば君の力になれると思うぞ」

 悪人顔のコンラート隊長がとても悪そうな笑みを浮かべた。
 騎士団内部の権力争いの臭いがする。
 この悪人顔の隊長さん、ライバルをはめるのに俺を利用するつもりだな。

「分かりました。後ほどお話をお伺いに上がります」
「よろしい。それでは二時間後に詰所に来なさい」
「承知いたしました」

 口元の笑みを隠そうともしない悪人顔の隊長と固く握手を交わした。
 俺はアンデッド・オーガの素材だけを自分のものとし、オーガ八体の素材は防衛戦に参加した冒険者たちへ提供した。
 見返りはラタの街の情報である。

「有用な情報は聞けたの?」

 孤児院へ向かう道すがら、ユリアーナが聞いてきた。

「助祭の詳しい情報はなかったが、悪代官と騎士団については面白い話が聞けた」

 意外なことに代官としての職務はまっとうしていた。それどころか、真面目で熱心な仕事ぶりを評価する話が幾つも出てきて驚かされた。
 そして予想通り、仕事ぶりが霞むほどの悪評が次々と飛び出す。

 曰く、

『人の性癖に口を出すつもりはないが、あれだけは許せねえ』
『あいつは人間のクズだ!』
『間違いなく行方不明者がでるぜ』

 悪代官に関する情報収集はそんな前置きから始まった。
 ロッテに言い寄っている話も十分に有名だったが同様の話が次々と語られた。

 代官という地位と金銭を武器に、あまり裕福でない家庭の年端もいかない少女たちを狙っていたようだ。
 そんな潜在的な被害者集団のなかで行方不明者に最も近いのが親のいないロッテと言うことだった。

 そのことを二人に伝えるとユリアーナは「クズね」とバッサリと切って捨て、ロッテはすがるような目で俺を見上げた。

「御代官様とお話をしてくれるんですよね?」
「安心しろ。ロッテは俺たちが引き取ったんだ。誰にも手出しさせやしない」
「ありがとうございます」

 明るい声と笑顔が返ってきた。

「それに、悪代官にはご退場願うつもりだ」

 ロッテの表情が笑顔から驚きに変わった。

「あのー、御代官様も根は悪人じゃありませんから、あまり酷いことは……」

 実行力のあるロリ野郎は、それだけで十分に悪人だ。

「ロッテちゃん、誘拐されそうになったんじゃないの?」
「それはまあ……」
「孤児院に迷惑がかかるようなことにはしないから安心していい」
「え?」

 ロッテが驚いたように俺を見た。
「孤児院だけじゃない。被害にあっている他の女の子たちも救いたいからな」
「禍根が残らないようにしましょう」
「証拠も残らないようにしないとな」

 賛同するユリアーナと視線が交錯する。
 不安げな表情で口をパクパクさせているロッテをよそに騎士団の話に移る。

「半年ほど前に騎士団の半数が入れ替わったそうだ」

 半年ほど前に前騎士団団長と半数の騎士たちが中央に移動となり、入れ替わりで新しい騎士団長が二つの部隊を率いて赴任してきた。
 それが現在の第一部隊と第二部隊である。

 冒険者たちの話では、前騎士団団長は人格者で配下の騎士たちも公正な行いで評判が良かったそうだが、新しい団長と彼に率いられて赴任した第一・二部隊の評判は著しく悪い。
 横暴さが目立つくらいは可愛いもので、公然と賄賂の要求をしてくるそうだ。

「代官と騎士団、二つの上層部が変わってからは酷いものらしい」
「この街の人たちも災難ね」
「それでも御代官様が騎士団に圧力を掛けてくださっているので、他の街のように酷い目に遭わずにすんでいます」

 フォローするロッテをユリアーナが信じられないものを見るような目で見る。

「それ本当なの?」
「ロッテの言う通りらしい」
「迂闊に悪代官を懲らしめられないじゃないの」

 恨めしそうに俺を見ないでくれ。

「それもあるが、もう一つ気になる話を聞いた。ラタの街の教会の司教、つまりこの地域全体の教会を管理する責任者も変わる。この新しい司教がここから三日程の距離にあるグラの村に滞在している」
「不幸の種の予感しかしないわ」

 隣を歩いていたロッテが、両手を胸の前に組んだ。

「これも女神・ユリアーナ様の与えた試練です」
「そんな試練を与えた憶えないわよ。何でもかんでもあたしのせいにしないでくれる」
「ひっ、ごめんなさい」

 ユリアーナも理不尽な思いだろうが、怒られたロッテも理不尽な気持ちだろう。

「話には続きがあってだな、どうやらその新しい司教というのが、噂の助祭と同じように奇蹟が起こせるらしい」
「ちょっと、それって……」
「まあ! 素晴らしいです」

 信者を疑う女神と司教に対する尊敬の念に溢れた少女、二人から正反対の反応が返ってきた。
 俺は二人の反応をスルーして話を続けることにした。

「司教が到着するまで三日以上必要だ。司教に関する情報は逐次集めるとして、悪代官と騎士団を何とかしよう」
「助祭はどうするつもり? 司教の到着を待ってまとめて対処する?」

 司教と助祭は特に悪事を働いているという情報はない。
 むしろ、助祭は奇跡の力で積極的に治療を行い多くの人を助けている。結果、教会からも住民からも好意的に受け入れられていた。
 評判通りの為人なら穏便に神聖石を回収したい。

「司教と助祭の情報が不足している。ユリアーナとロッテは孤児院のルートから教会に接触して助祭の情報を集めてくれ」
「司教の情報は?」
「無理に集めようとして怪しまれても困る。助祭に集中しよう」

 俺の提案にユリアーナがわずかな時間思案する。

「そう、ね……。すべてを解決した状態で、司教の到着を待つ方がいいかもしれないわね」
「よし、決まりだ」

 俺とユリアーナのやり取りを聞いていたロッテが不思議そうに聞く。

「どうして司教様と助祭様の情報を?」
「悪代官にしろ騎士団にしろ、新しく赴任してきた連中が諸悪の根源だろ? 新しく赴任してくる司教と助祭がそうでないとは言いきれないからな。特に孤児院は教会とのつながりもあるから念のために調べておくだけだ」
「孤児院のことをそこまで気にしてくださったんですね。ありがとうございます」

 感激したロッテが瞳を潤ませた。
 胸が痛い。小さな嘘かもしれないが、目の前の少女を騙していると思うと良心がとがめる。

 そこへユリアーナが割って入った。
「代官や騎士団と揉めるのはいいとして、ロッテちゃんだって教会とはもめたくないでしょ?」
「いやいやー、御代官様や騎士様とももめたくありませんよー」
「もめるというのは語弊があったわね。大丈夫よ、神罰を下すだけだから」

 屈託のない笑みのユリアーナが、引きつった笑みのロッテの手を取った。

「神罰って……」
「いい、ロッテちゃん。あなたはあたしの使徒なの」
「そうなんですか?」

 ロッテが使徒に昇格したようだ。

「その使徒であるロッテちゃんに不埒を働こうとした悪代官は有罪」
「大丈夫ですから。あたし、大丈夫ですから」

 悪代官が有罪なのには俺も賛成だ。

「騎士団に至っては取り調べ紛いの失礼極まりない態度だったわ」
「穏便にー、穏便にー」

 憤慨しているのよ、とでも言いたげな顔つきのユリアーナの前で、いまにも泣き出しそうなロッテが懇願するように言った。

 確かに俺も騎士団の態度には思うところがあるが、ちょっと意地の悪い仕返しをする程度で終わらせるつもりだった。
 女神であるユリアーナと人である俺やロッテとでは、感情面で随分と乖離があるようだ。

「あたしはこの世界の神よ。気に食わない国は亡ぼすし、気に入らないヤツには報復する権利があるの」

 報復じゃなくて試練を与える、な。

「穏便にー」

 祈りだした。

「大丈夫よ、国を亡ぼすなんてよっぽどのことだから」

 当たり前だ。
 表情をなくして固まったロッテにユリアーナが優しく語りかける。

「穏便に済ませるから大丈夫よ。たっくんの錬金工房に収納しちゃえば誰にも疑われずに失踪者が出来上がるわ」

 予想はしていたが実行犯は俺か。
「失踪者……」

 ロッテがそれだけを口にして祈りをやめた。

「錬金工房の中で解体して森の中に捨てちゃえば証拠も残らないでしょ」
「人間を解体するのはちょっと遠慮させてくれ」

 躊躇を示す俺の傍らでロッテが激しく首を縦に振って同意している。

「意気地なしね。じゃあ、言語関係のスキルを取り上げて放り出しましょう。気がふれたと思われて、すぐに交代要員が送られてくるでしょう」
「御代官様は街にとって必要な方なんです」

 ロッテの主張も一理ある。
 悪代官には腹が立つが、無闇に優秀な人材を排除する必要もない。

「交代要員に問題が無ければそれでもいいが、もっと悪くなる危険性もある」

「じゃあ、どうするのよ」
「金品なり希少な魔道具を賄賂にして言うことをきかせるのと、弱みを握って言うことをきかせる。この二重の束縛が最善の手立てじゃないか?」

 だが、具体的なプランはない。

「弱みは?」
「これから探す。無ければ作ればいい」
「騎士団は?」
「幸い、以前からいる第三・四部隊はまともだ」

『騎士団長と第一・二部隊にはご退場願おう』、というセリフは口にしなかったがユリアーナには伝わったようだ。

「いいわ、たっくんの案を採用しましょう」

 女神の口元に笑みが浮かんだ。
 ユリアーナとロッテを孤児院に向かわせ、俺自身は魔導士ギルドへと向かった。

 彼女たちの目的は赴任してきたばかりの助祭とこれから赴任してくる新しい司教に関する情報収集。
 俺の目的はロリコン代官に接触するための伝手を作ることだ。

 その第一段階の魔導士ギルドのギルド長との会談は、『アンデッド・オーガの素材の買い取りを頼みたいのと、ここでは口にできないような性能の魔道具を鑑定して欲しい』という一言でいとも簡単に実現した。

 アンデッド・オーガの素材を引き渡した後、魔導士ギルドの応接室に通された。
 俺の前にはテーブルを挟んで二人の男女がいる。

 一人は俺の正面に座った初老の男性――魔導士ギルドのギルド長で、もう一人は魔道具の鑑定を担当する三十歳前後の女性。
 俺は二人の前に長剣を置く。

「これが硬化と自己修復能力を持った鋼の長剣です」

 オリハルコンやミスリル辺りならもっと恰好が付くのだろうが、生憎と鉱石の素材がない。
 この辺りの希少鉱石の入手は今後の課題だな。

「鑑定をさせてもらってもいいかな?」
「もちろんです」

 俺が承諾の返事をすると鑑定役の女性がテーブルの上の長剣に手を伸ばした。

「では、失礼いたします」

 長剣の外観は以前俺が遊んだRPGゲームに出てきた聖剣を参考にし、必要以上に華美にならないようデザインしている。
 女性が長剣の鑑定を終えるまでの数分間、応接室に緊張と沈黙が流れた。

「どうだ?」

 女性が長剣をテーブルの上に戻すとギルド長が即座に訊いた。