「隠れろ! 坊やの攻撃魔法が来るぞ!」
「オーガよりも小僧の攻撃魔法を警戒しろ!」
そこの二人、顔を覚えたからな。
とそのとき、冒険者たちの後方で頭を抱えて逃げ惑うロッテの姿が目の端に映った。
続いて目に飛び込んできたのはユリアーナ。
ロッテに駆け寄った彼女がロッテの手を引いて、さらに後方へと避難しようとしている。
護衛役が逆転しているぞ!
やむを得ないか……。
火球の魔法を待機させたまま、風魔法を使って密度の異なる多層構造の空気の壁をユリアーナとロッテを守るように出現させる。
刹那、照準したポイントに威力を抑えた数発の火球を高速で撃ちだした。
火球は着弾と同時に爆発し、轟音と土煙を辺りにまき散らす。
爆風と飛び散った細かな岩石は、空気の壁に阻まれてユリアーナとロッテには届かなかった。
二人の無事を確認して胸を撫で下ろす。
俺は後方にいた二体のオーガが爆風で吹き飛ばされそうになったところを収納し、所有していたスキルを瞬時に剥がして再び元の場所へと吐きだした。
それと同時に今度は殺傷力の高い火魔法と土魔法の複合攻撃魔法を放つ。
炎をまとわせ、高温に熱したソフトボール大の鉱石の塊を弾丸としてオーガへと撃ちこんだ。
炎をまとった鉱石の弾丸は、本来なら魔力とスキルで『硬化』されるはずのオーガの皮膚を容易く貫き、硬質な骨砕いて致命傷を負わせる。
『回復』や『再生』といった生き延びるためのスキルを失ったオーガはそのまま絶命した。
よし、イメージ通りだ。
辺りが静まり返る。
オーガの咆哮も、人々の悲鳴も、戦いの喧騒も消えた。音が消えたと思った次の瞬間、防壁の向こう側から歓声が上がった。
「立て続けにオーガをヤッちまたぞ!」
「どこの誰だ?」
「スゲー攻撃魔法だったぞ!」
「あんな攻撃魔法、初めて見た!」
驚きと称賛の声が飛び交う。
まだ四体のオーガを残しているというのに、集まった住民たちが歓喜に湧き返る。
触発されたように防衛ラインの冒険者たちまでもが歓声を上げた。
「勝てるぞ!」
「あと四体だ! ヤッちまえ!」
「おい、お前ら! 坊やに負けてる場合じゃねえぞ!」
「このままじゃ、見せ場を全部持ってかれちまう」
いいねー、この感じ。
やる気が漲ってくるじゃないか。
「ふはははは」
だめだ、笑いが零れてしまう。
もっとだ! もっと驚け! 驚愕しろ!
もっとだ! もっと称賛しろ! 俺を湛えろ!
口にはだせないな。
人々が歓声を上げ、驚きの声が上がるのを待った。
地面に転がったオーガ四体をそっちのけで冒険者や住民たちが沸き返り、俺のボルテージは天井知らずに上がる。
冒険者たちが迎撃しないなら都合がいい、残るオーガ四体のスキルもこちらで頂くとしよう。
たったいま入手したスキルも役立ちそうなものが目に付く。
『回復』『再生』『強靭』『怪力』『硬化』……、アンデッド・オーガから剥奪したのとは異なるスキル。
戦闘後の錬金術が楽しみになる。
それじゃ、残るオーガ四体のスキルを奪うことにしよう。
「広域の攻撃魔法を放つ!」
冒険者たちに警告を発する。
三度目ともなると慣れたもので、手際よく全員が身を隠した。
慣れるのは俺も一緒である。
反応の遅れたロッテと彼女を庇うユリアーナの二人を、再び多重構造の空気の壁で守りながら攻撃魔法を放った。
オーガと冒険者たちの間に炎の壁が燃え上がり、爆風が土煙を巻き上げる。
どちらも殺傷能力の低いこけ脅しの魔法。
その陰で錬金工房にオーガを収納し、スキルと魔力を剥奪して吐きだす。
手慣れた手順。
先程と同じように冒険者たちの視界を奪っている間に四体のオーガに止めとなる攻撃魔法を撃ちこんだ。
束の間の静寂。
土煙が晴れて視界が戻るとオーガの死体が人々の目にさらされる。
途端、空気を震わせるほどの歓声が上がった。
防壁の内と外とで歓声が上がり、続いて俺を讃える声援がそこかしこから上がる。
俺は腹の底から湧き上がる歓喜を抑えて、ユリアーナとロッテの二人と合流するため、バリケードの向こう側へと向かった。
オーガを殲滅した俺は大勢の冒険者たちに歓声で迎えられる中、防衛ラインの内側へと足を踏み入れた。
口々に称賛の言葉が飛び交い、一様に俺の見た目に驚く。
「こいつは驚いた、まだ子どもじゃねえか」
「遠目にも若いとは思ったが、成人前だとは思わなかったぜ」
この世界では十五歳で成人なので、数日前に十六歳になったおれは成人扱いとなる。
日本でも年よりも下に見られることが多かったからこの反応は予想していた。どうせ小柄で幼い顔つきをしているよ、俺は。
驚きと称賛の声を適当に聞き流し、求められる握手に応じながらユリアーナとロッテの下へと向かった。
「凄かったです!」
目を輝かせたロッテが駆け寄る。
「ロッテもよく頑張ったぞ」
「えへへへー」
嬉しそうに頬を緩ませるロッテに冒険者の一人が声をかけた。
「ロッテちゃん、ちょっと手伝ってくれ」
見ると怪我人の手当てをしている。
「知り合いなんです。手伝ってきていいですか?」
「行っておいで」
走り去るロッテと入れ替わるように近付いてきたユリアーナが笑みを浮かべる。
「お疲れ様、見事な手際だったわね」
「そっちこそ活躍だったようじゃないか」
改めて周囲に視線を巡らせると、冒険者たちが俺とユリアーナに注目しているのが分かる。
「お陰で目立っちゃったわ」
そう言って肩をすくめるユリアーナに、オーガの頭部から取り出した小粒の真珠ほどの黒い石を手渡す。
「これで間違いないか?」
「ありがとう、これよ!」
弾んだ声が返ってきた。
神聖石を大切そうに握りしめるのを見ていると、それに気付いたユリアーナが聞く。
「どうしたの?」
「いや、宝石のようなものを想像していたから……」
笑顔に見とれていたとは言えない。
「がっかりした?」
「いや、とても綺麗だと思う」
「あら、この石の美しさが分かる人がいて嬉しいわ」
ほほ笑む彼女から、つい、視線をそらしてしまった。
気恥ずかしさから話もそらす。
「ところでその石、アンデッド・オーガの頭の中にあったぞ」
魔物が所有しているというのもおかしな話だと思っていたが、頭部にあったのも気になる。
「直撃だったようね」
「何の話だ?」
「前に言ったでしょ。神聖石を地上に落としたって」
「まさか……、落とした石がオーガの死体に直撃したのか? それでアンデッド化したとかじゃないだろうな」
「その可能性もあるけ……」
そう言って思案げな表情を浮かべたユリアーナに聞く。
「聞くのも怖いが、神聖石が直撃したのが原因でオーガが死亡して、さらにその石の力でアンデッド化したなんてことは?」
「かもしれないわね」
かもしれないわね、じゃねえ!
「それって、アンデッド・オーガも被害者じゃないのか?」
「もしそうなら気の毒なことをしたわ」
「お前、もしかして邪神なんじゃないか?」
「言うにことかいて邪神はないでしょ、邪神は!」
先程までドキドキさせられた愛らしい笑顔はそこにはなかった。あるのは失態をごまかそうとする子どもの顔だ。
そのとき、冒険者たちの間から声が上がった。
「騎士団の連中だ」
「ようやくお出ましかよ」
歓迎していないのがありありと伝わってくる。
声のする方に視線を向けると、騎乗した十数名の騎士たちがこちらへと向かってくるところだった。
「ご苦労だった。ギルドを通じ、改めて騎士団より感謝の気持ちを込めて追加報酬が払われるだろう」
悪人顔の騎士はそう言うと、後ろを振り返って若い騎士たちに指示を出す。
「お前たち、魔物の死体を回収しろ」
悪人顔の騎士の号令一下、若い騎士たちが地面に転がっているオーガの下へと駆け寄る。
「酷いありさまだな」
若い騎士たちはオーガの死体を見ると一様に顔をしかめた。
そして次々と聞こえてくる不満の声。
「うへえ、皮膚なんて半部以上がただれているぞ」
「皮膚は使い物にならんが、角と牙は使えそうなのがせめてもの救いか」
加減したはずなのだが、オーガの皮膚は火魔法による火傷と爆風による裂傷でボロボロだった。
「オーガの皮膚なんて何につかうんだ?」
戻ってきたばかりのロッテに尋ねた。
「オーガの素材は魔力を流すことで自動修復する特性があるんですけど、状態が悪いとその特性が現れないんです」
オーガの角と牙、皮膚を素材にして作成された代物は魔力を流すことで硬化させたり、細かな傷なら修復もできたりする。この特性を活かして皮膚はマントや防具の裏地として、角や牙は解体用のナイフや短剣の素材として利用されているそうだ。
なるほど、火傷した状態じゃ価値も落ちるか。
「待ってください隊長さん。このオーガは俺たちじゃなく、そこの兄さんが倒したもんだ。所有権は兄さんたちにある」
年配の冒険者がそう言うと隊長が俺に向かって面倒くさそうに聞いた。
「お前も冒険者なんだろ?」
「俺は旅の商人です」
「商人?」
「兄ちゃん、商人だったのか……」
悪人顔の隊長と年配の冒険者が同時に声を上げた。
「ええ、商人だと何か問題でもあるんですか?」
「いいや、特に問題はない」
「そいつはいい!」
隊長が渋面を作り、年配の冒険者は口元を綻ばせる。
前線でオーガを迎撃していた冒険者たちは、ギルド経由で騎士団から出された緊急依頼を受けていた。
契約では討伐した魔物の所有権は依頼者である騎士団にある。だが、今回はまったく関係ない旅の商人である俺が倒してしまった。
「俺たち冒険者からすれば誰が倒したって自分たちのものにはならねえからな」
そう言って年配の冒険者は騎士団の隊長を横目で見ながら笑った。
防衛戦もバリケードを築いただけで実戦には不参加、倒した魔物の素材も手に入らないとなると騎士団としても面目丸つぶれ何だろうな。
オーガの素材が欲しいとは思わないが、昼間の件もあって騎士団にはいい印象もないし、ここはひとつ所有権を主張してみるか。
「魔物の数も多く戦力的に苦戦していたようなので加勢しました。それに、商人の端くれとしてはアンデッド・オーガやオーガの素材も魅力でしたので」
魔物の素材目当てで参戦したのだと明言すると、騎士団の隊長が小さな舌打に続いて聞いてきた。
「小僧、名前は? 身分証もだ」
「シュラ・カンナギです。この国の出身ではないので身分証はありませんが、ラタの街の滞在許可証ならここにあります」
街に入る際に門番の詰所で発行してもらった書類を提示する。
俺とユリアーナの二人と滞在許可証を見比べると、登録するときと同じような質問が飛んできた。
「その子どもとはどんな関係だ?」
「異母兄妹です。家名が違うのは家庭の複雑な事情です」
実家を継いだ正妻の息子である兄に追いだされ、兄妹二人だけで外国に流れてきたのだと説明した。
すると、隊長がギョッとした表情で俺を見た。
「まさか、盗賊団を捕らえたのもお前なのか?」
「はい、そうです」
「なるほどな。報告では盗賊が油断していたためだとなっていたが……、どうやら盗賊を捕らえるだけの力は持っているということか」
隊長はそう言うと、爆発で形が崩れ炎で焼け焦げた地面とオーガの死体を一しきり見回し、俺の肩を叩きながら上機嫌で続ける。
「私はこの街に駐留する騎士団の第二部隊隊長を務めるコンラートだ。何か困ったことがあったら言ってきなさい」
何だ、いきなり?
「はあ、その時はよろしくお願いいたします」
「第一部隊隊長のパウルあたりが無理難題を言って来たら私のところへきなさい」
「無理難題、ですか?」
「そう、たとえば、だ。盗賊からの押収品を差しだすように言われたら、後日差しだすことを約束だけして、私に相談してもらえれば君の力になれると思うぞ」
悪人顔のコンラート隊長がとても悪そうな笑みを浮かべた。
騎士団内部の権力争いの臭いがする。
この悪人顔の隊長さん、ライバルをはめるのに俺を利用するつもりだな。
「分かりました。後ほどお話をお伺いに上がります」
「よろしい。それでは二時間後に詰所に来なさい」
「承知いたしました」
口元の笑みを隠そうともしない悪人顔の隊長と固く握手を交わした。
俺はアンデッド・オーガの素材だけを自分のものとし、オーガ八体の素材は防衛戦に参加した冒険者たちへ提供した。
見返りはラタの街の情報である。
「有用な情報は聞けたの?」
孤児院へ向かう道すがら、ユリアーナが聞いてきた。
「助祭の詳しい情報はなかったが、悪代官と騎士団については面白い話が聞けた」
意外なことに代官としての職務はまっとうしていた。それどころか、真面目で熱心な仕事ぶりを評価する話が幾つも出てきて驚かされた。
そして予想通り、仕事ぶりが霞むほどの悪評が次々と飛び出す。
曰く、
『人の性癖に口を出すつもりはないが、あれだけは許せねえ』
『あいつは人間のクズだ!』
『間違いなく行方不明者がでるぜ』
悪代官に関する情報収集はそんな前置きから始まった。
ロッテに言い寄っている話も十分に有名だったが同様の話が次々と語られた。
代官という地位と金銭を武器に、あまり裕福でない家庭の年端もいかない少女たちを狙っていたようだ。
そんな潜在的な被害者集団のなかで行方不明者に最も近いのが親のいないロッテと言うことだった。
そのことを二人に伝えるとユリアーナは「クズね」とバッサリと切って捨て、ロッテはすがるような目で俺を見上げた。
「御代官様とお話をしてくれるんですよね?」
「安心しろ。ロッテは俺たちが引き取ったんだ。誰にも手出しさせやしない」
「ありがとうございます」
明るい声と笑顔が返ってきた。
「それに、悪代官にはご退場願うつもりだ」
ロッテの表情が笑顔から驚きに変わった。
「あのー、御代官様も根は悪人じゃありませんから、あまり酷いことは……」
実行力のあるロリ野郎は、それだけで十分に悪人だ。
「ロッテちゃん、誘拐されそうになったんじゃないの?」
「それはまあ……」
「孤児院に迷惑がかかるようなことにはしないから安心していい」
「え?」
ロッテが驚いたように俺を見た。