夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

 適当にカマをかけてみたが、騎士の顔を見る限り正解だったようだ。
 もう一押しというきもするが時間が惜しい。さっさと、騎士との問答を切り上げるとしよう。

 大人に対して失礼とは思いますが……、ごめんなさい、親切な騎士さん。
 口調と態度をダークヒーローモードに切り替える。

「俺は一流の魔術師だ。俺ならアンデッド・オーガを倒せる」
「違いますよ! シュラさんは超一流の魔術師です! いいえ、あたしの中では英雄です!」

 何か言おうとした騎士が、口を開いたままで固まった。

「分かっているじゃないかロッテ」
「へへへー」

 嬉しそうにするロッテから騎士へと視線を戻す。

「聞いての通りだ。超一流の魔術師である、この神薙修羅がいまからアンデッド・オーガを倒してくる! お前たちは安心してオーガの殲滅に専念しろ」
「あたしたちのことは見なかったことにしてね」
「騎士様、そういうことで、ひとつよろしくお願いします」

 何も言わずにたたずむ騎士にそう言い残して、俺たち三人は防壁を越えた。
「俺はアンデッド・オーガを叩く!」
「頼んだわよ」
「任せてください!」

 ユリアーナとロッテの返事を置き去りにして一気に加速した。
 オーガの内臓を食っていたアンデッド・オーガが俺の接近に気付いて食事を中断して立ち上がる。

 錬金工房に取り込めば瞬殺なのにな。
 そう内心でつぶやいて、広範囲に広がる炎の壁となる火球を十数発撃ちだす。

 イメージ通りの結果が眼前に広がる。俺とアンデッド・オーガとの間に、見上げるほどの高さがある炎の壁が広がり、騎士団や冒険者たちの視界からアンデッド・オーガを隠した。

「何だ、あの魔法は!」
「スゲーッ!」
「アンデッド・オーガを丸焼きにしたのか?」

 背後から上がる冒険者たちの驚きの声が聞こえるなか、大音量の爆音が鳴り響くような爆裂球の魔法を撃ちだす。
 爆音が空気を震わせ土煙を巻き上げる。背後で冒険者たちの悲鳴が上がった。

 振り返ると、耳を塞ぎ地面に伏せている者がほとんどだった。
 驚いたのはオーガたちも同様で、座り込んだり地に伏したりと差はあったが、七匹すべてが炎の壁を茫然と見上げていた。

 これで準備は整った。
 全身に魔力障壁をまとって炎の壁へと突っ込むと背後で悲鳴と驚きの声が上がった。
「突っ込むぞ、あの小僧!」
「自殺行為だ!」

 爆発音と爆風に耐えた者たちの声を背に炎の壁を抜けると、爆風に耐えかねて転がったアンデッド・オーガが立ち上がろうとしていた。

「腐ってる割には元気そうじゃねえか」
「グガァー!」

 咆哮を上げて立ち上がったアンデッド・オーガと目が合った。

「お前の目に俺はどう映っている? 敵か? 獲物か? 或いは天敵か?」

 己のセリフにボルテージが上がる。
 再び咆哮を上げようとした瞬間、俺はアンデッド・オーガを収納した。

 ――解析。

 瞬時にアンデッド・オーガの所有する魔力量やスキルの情報が流れ込んでくる。神聖石がどこにあるのかも即座に判明した。

 先ずは神聖石だ。
 続いて、『再生』『毒耐性』『麻痺耐性』『石化耐性』『睡眠耐性』『魅了耐性』『暗視』……、と幾つもの初見のスキルを剥奪し、最後に魔力を剥奪した。

「素材として十分に優秀だったぜ」

 錬金工房から吐きだしたアンデッド・オーガへ向けて、通常よりも多くの魔力を注ぎ込んで熱量を上げた火球を撃ちだす。
 その腐りきった身体が燃え上がった。炎のなかで苦しそうにのたうち回りながら、悲鳴のような寂しげな咆哮を上げる。

 背後の炎の壁が収まった頃にはアンデッド・オーガは焼死体に変わり果てていた。
 派手な攻撃魔法とオーガを瞬殺した事実に、住民たちだけでなく、冒険者と騎士団もが驚き言葉を失った。
 驚いて思考停止した反応も嫌いじゃない。

 そんなことを思いながら仕留めたオーガへ視線を向ける。
 焼けただれたアンデッド・オーガの顎がケロイド状の皮膚と共に崩れ落ちた。

 焼死体から放たれる焦げた肉の臭いと、鼻を突くような異臭が辺りに漂う。
 アンデッド・オーガの焼死体から目を背けると、今度は内臓の大半を食い荒らされたオーガの死体が目に飛び込んできた。

 ここにいちゃダメだ。吐く、このままここにいたら間違いなくリバースする。冒険者たちと交戦中のオーガへ視線を巡らせると、バリケードを乗り越える寸前だったオーガが、頭部を炎に包まれて転がり落ちるところだった。

 心臓も数本の槍で貫かれており、絶命間近であることが知れる。
 最前線を突破しようとしていたオーガたちが、警戒するようにバリケードからわずかに距離をとった。

 さらに、最後方にいた二体のオーガが大きく後退する。
 撤退するつもりか?

 見逃すつもりはないがバリケードから離れてくれたのは好都合だった。
 オーガと冒険者が直線状に並ぶのを避けるため、俺はオーガたちの側面へと回り込む。

「加勢する! 爆風に気を付けてくれ!」
「待て、待ってくれ!」
「伏せろ! 伏せるんだ!」

 俺の声が届いたのか、攻撃魔法を撃ちだそうと左手を突きだした動作に反応したのかは分からないが、冒険者たちが一斉にバリケードの内側に身を隠した。

 狙いは最後尾にいる二体のオーガとバリケードに取り付こうとしている五体のオーガとの間。
 放つ魔法は爆裂系の火魔法。
「隠れろ! 坊やの攻撃魔法が来るぞ!」
「オーガよりも小僧の攻撃魔法を警戒しろ!」

 そこの二人、顔を覚えたからな。
 とそのとき、冒険者たちの後方で頭を抱えて逃げ惑うロッテの姿が目の端に映った。
 続いて目に飛び込んできたのはユリアーナ。

 ロッテに駆け寄った彼女がロッテの手を引いて、さらに後方へと避難しようとしている。
 護衛役が逆転しているぞ!
 やむを得ないか……。

 火球の魔法を待機させたまま、風魔法を使って密度の異なる多層構造の空気の壁をユリアーナとロッテを守るように出現させる。
 刹那、照準したポイントに威力を抑えた数発の火球を高速で撃ちだした。

 火球は着弾と同時に爆発し、轟音と土煙を辺りにまき散らす。
 爆風と飛び散った細かな岩石は、空気の壁に阻まれてユリアーナとロッテには届かなかった。

 二人の無事を確認して胸を撫で下ろす。
 俺は後方にいた二体のオーガが爆風で吹き飛ばされそうになったところを収納し、所有していたスキルを瞬時に剥がして再び元の場所へと吐きだした。

 それと同時に今度は殺傷力の高い火魔法と土魔法の複合攻撃魔法を放つ。
 炎をまとわせ、高温に熱したソフトボール大の鉱石の塊を弾丸としてオーガへと撃ちこんだ。

 炎をまとった鉱石の弾丸は、本来なら魔力とスキルで『硬化』されるはずのオーガの皮膚を容易く貫き、硬質な骨砕いて致命傷を負わせる。
『回復』や『再生』といった生き延びるためのスキルを失ったオーガはそのまま絶命した。

 よし、イメージ通りだ。
 辺りが静まり返る。
 オーガの咆哮も、人々の悲鳴も、戦いの喧騒も消えた。音が消えたと思った次の瞬間、防壁の向こう側から歓声が上がった。

「立て続けにオーガをヤッちまたぞ!」
「どこの誰だ?」
「スゲー攻撃魔法だったぞ!」
「あんな攻撃魔法、初めて見た!」

 驚きと称賛の声が飛び交う。
 まだ四体のオーガを残しているというのに、集まった住民たちが歓喜に湧き返る。
 触発されたように防衛ラインの冒険者たちまでもが歓声を上げた。

「勝てるぞ!」
「あと四体だ! ヤッちまえ!」
「おい、お前ら! 坊やに負けてる場合じゃねえぞ!」
「このままじゃ、見せ場を全部持ってかれちまう」

 いいねー、この感じ。
 やる気が漲ってくるじゃないか。

「ふはははは」

 だめだ、笑いが零れてしまう。

 もっとだ! もっと驚け! 驚愕しろ!
 もっとだ! もっと称賛しろ! 俺を湛えろ!

 口にはだせないな。
 人々が歓声を上げ、驚きの声が上がるのを待った。

 地面に転がったオーガ四体をそっちのけで冒険者や住民たちが沸き返り、俺のボルテージは天井知らずに上がる。
 冒険者たちが迎撃しないなら都合がいい、残るオーガ四体のスキルもこちらで頂くとしよう。
 たったいま入手したスキルも役立ちそうなものが目に付く。
『回復』『再生』『強靭』『怪力』『硬化』……、アンデッド・オーガから剥奪したのとは異なるスキル。
 戦闘後の錬金術が楽しみになる。

 それじゃ、残るオーガ四体のスキルを奪うことにしよう。

「広域の攻撃魔法を放つ!」

 冒険者たちに警告を発する。
 三度目ともなると慣れたもので、手際よく全員が身を隠した。

 慣れるのは俺も一緒である。
 反応の遅れたロッテと彼女を庇うユリアーナの二人を、再び多重構造の空気の壁で守りながら攻撃魔法を放った。

 オーガと冒険者たちの間に炎の壁が燃え上がり、爆風が土煙を巻き上げる。
 どちらも殺傷能力の低いこけ脅しの魔法。
 その陰で錬金工房にオーガを収納し、スキルと魔力を剥奪して吐きだす。

 手慣れた手順。
 先程と同じように冒険者たちの視界を奪っている間に四体のオーガに止めとなる攻撃魔法を撃ちこんだ。

 束の間の静寂。
 土煙が晴れて視界が戻るとオーガの死体が人々の目にさらされる。

 途端、空気を震わせるほどの歓声が上がった。
 防壁の内と外とで歓声が上がり、続いて俺を讃える声援がそこかしこから上がる。
 俺は腹の底から湧き上がる歓喜を抑えて、ユリアーナとロッテの二人と合流するため、バリケードの向こう側へと向かった。
 オーガを殲滅した俺は大勢の冒険者たちに歓声で迎えられる中、防衛ラインの内側へと足を踏み入れた。
 口々に称賛の言葉が飛び交い、一様に俺の見た目に驚く。

「こいつは驚いた、まだ子どもじゃねえか」
「遠目にも若いとは思ったが、成人前だとは思わなかったぜ」

 この世界では十五歳で成人なので、数日前に十六歳になったおれは成人扱いとなる。
 日本でも年よりも下に見られることが多かったからこの反応は予想していた。どうせ小柄で幼い顔つきをしているよ、俺は。

 驚きと称賛の声を適当に聞き流し、求められる握手に応じながらユリアーナとロッテの下へと向かった。

「凄かったです!」

 目を輝かせたロッテが駆け寄る。

「ロッテもよく頑張ったぞ」
「えへへへー」

 嬉しそうに頬を緩ませるロッテに冒険者の一人が声をかけた。

「ロッテちゃん、ちょっと手伝ってくれ」

 見ると怪我人の手当てをしている。

「知り合いなんです。手伝ってきていいですか?」
「行っておいで」

 走り去るロッテと入れ替わるように近付いてきたユリアーナが笑みを浮かべる。

「お疲れ様、見事な手際だったわね」
「そっちこそ活躍だったようじゃないか」

 改めて周囲に視線を巡らせると、冒険者たちが俺とユリアーナに注目しているのが分かる。

「お陰で目立っちゃったわ」

 そう言って肩をすくめるユリアーナに、オーガの頭部から取り出した小粒の真珠ほどの黒い石を手渡す。

「これで間違いないか?」
「ありがとう、これよ!」

 弾んだ声が返ってきた。
 神聖石を大切そうに握りしめるのを見ていると、それに気付いたユリアーナが聞く。
「どうしたの?」
「いや、宝石のようなものを想像していたから……」

 笑顔に見とれていたとは言えない。

「がっかりした?」
「いや、とても綺麗だと思う」
「あら、この石の美しさが分かる人がいて嬉しいわ」

 ほほ笑む彼女から、つい、視線をそらしてしまった。
 気恥ずかしさから話もそらす。

「ところでその石、アンデッド・オーガの頭の中にあったぞ」

 魔物が所有しているというのもおかしな話だと思っていたが、頭部にあったのも気になる。

「直撃だったようね」
「何の話だ?」
「前に言ったでしょ。神聖石を地上に落としたって」
「まさか……、落とした石がオーガの死体に直撃したのか? それでアンデッド化したとかじゃないだろうな」
「その可能性もあるけ……」

 そう言って思案げな表情を浮かべたユリアーナに聞く。

「聞くのも怖いが、神聖石が直撃したのが原因でオーガが死亡して、さらにその石の力でアンデッド化したなんてことは?」
「かもしれないわね」

 かもしれないわね、じゃねえ!

「それって、アンデッド・オーガも被害者じゃないのか?」
「もしそうなら気の毒なことをしたわ」
「お前、もしかして邪神なんじゃないか?」
「言うにことかいて邪神はないでしょ、邪神は!」

 先程までドキドキさせられた愛らしい笑顔はそこにはなかった。あるのは失態をごまかそうとする子どもの顔だ。
 そのとき、冒険者たちの間から声が上がった。

「騎士団の連中だ」
「ようやくお出ましかよ」

 歓迎していないのがありありと伝わってくる。
 声のする方に視線を向けると、騎乗した十数名の騎士たちがこちらへと向かってくるところだった。