夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「これも女神ユリアーナ様のご加護ですよ」
「そうですね。ユリアーナ様はとても寛大な女神様ですから」

 院長の口から乾いた笑いが漏れた。
 ユリアーナが寛大かどうかはさておき、ロッテが普段どんな態度で女神ユリアーナを信仰していたのか想像がつく。

 横でユリアーナが『あんにゃろー』とつぶやいたが、俺も院長も聞こえなかった振りをした。
 寛大さとは縁遠いことを改めて露呈させたユリアーナが本題を切りだす。

「リーゼロッテさんを引き取らせて頂くお話ですけど」
「私どもとしは大変ありがたいお話ですが、本当にロッテでよろしいのでしょうか?」
「リーゼロッテさんがこちらの孤児院を脱走するに至った経緯は本人から聞いています」

 ロッテが悪代官にロックオンされ、誘拐されかけたことを含め、すべてを承知の上でロッテを守るつもりであることを告げた。
 院長が突然涙を浮かべる。

「カンナギ様、お心遣いに感謝申し上げます」
「それ以上、何も言う必要はありません」

 少しの間、院長の咽び泣く声が静かに流れた。
 落ち着いたところで院長が話を戻す。

「ところで、ロッテがお役に立ったと伺いましたが?」

 扉の外で子どもたちが聞き耳を立てているのに配慮して院長が声を潜めた。
 とことん信用がないな、あいつ……。

「私も妹もこの国には疎く、リーゼロッテさんには多くのことを教えて頂き、とても感謝しております」
 俺は続けて院長に語りかける。

「教えてもらったのはこの地域の一般的な常識についてです。特別な知識などではありませんでしたので十分に助かりました」
「たとえば、どのようなことでしょう?」
「この地域の商人が着る、一般的な服装などです」

 院長がユリアーナをチラリと見る。
 黒を基調にしたフリルのたくさん付いた、いつものゴスロリ服をまとった彼女がいた。

「もしよろしければ妹さんの服をお見立ていたしましょうか?」

 俺が返事をするよりも早く、ユリアーナが頬を引きつらせて言う。

「それにはおよびませんわ。これは故郷の服で、あたしが好んで着ているものですから」
「あら、失礼いたしました。てっきりロッテが自分のセンスで選んだのかと勘違いしてしましました」

 院長とユリアーナの笑い声が辺りを包む。二人の間に立ちはだかる理解の壁と微妙な空気を感じ取った俺は話を早々に切り上げることにした。

「私と妹の気持ちは固まっています。リーゼロッテさんを引き取らせて頂くのに何か不都合や不足があればおっしゃってください」

 結果、ロッテは俺とユリアーナが引き取ることとなった。

 孤児を引き取るのに必要な条件のうち、『この国に三年以上定住している』という条件を満たしていなかった。しかし、来年成人を迎えるというロッテの年齢と本人の強い希望が決定だとなり、彼女を引き取ることが認められた。

「この街はいつ頃出発されるご予定ですか?」

 すべての書類のサインを確認し終えた院長が訊ねた。
 ここまで口にしなかったが、外国人の俺たちがロッテを引き取るのを認めた最たる理由は、『強硬手段に及ぶような権力者に狙われている彼女を何とか助けたい』といういう思いからだろう。

「盗賊の騎士団への引き渡し手続きなどが終わったら出発するつもりです」
「少し時間がかかりそうですね」

 声のトーンが落ちた院長に『御心配にはおよびませんよ』、と微笑みかけて言う。
「少女趣味の悪代官を黙らせる程度に価値のある魔道具を、眼の前に並べるくらい造作もないことです」
「差し出がましいようですが、希少な品や高価な品をお持ちになっていることはあまり口にしない方がよろしいですよ」
「ここだけのお話です」
「そうですね、私も忘れることにいたしましょう」

 席を立つ直前、俺は街中で気になったことを訊ねた。

「教会の付近がとても賑やかでしたが何かあるのでしょうか?」

 この街の住人であるロッテですら驚くくらいに教会の前に人が集まっていた。それも、老若男女を問わずに教会の外からお祈りを捧げていた。

「昨日赴任していらした助祭様が、とても徳の高い方で着任早々、数々の奇跡を起こされたとか。それで一目見ようと大勢の住民が集まっています」

 ロッテの脱走後に着任したのか。
 廊下を走る音が急速に大きくなり、勢いよく扉が開かれると若いシスターが廊下で聞き耳を立てていた子どもたちと一緒に院長室に転がり込んできた。

「院長! 大変です!」
「何事ですか」
「魔物です! 魔物に襲われてシスター・アンジェラが重傷です! 一緒に薬草採取に森に行った子どもたちも、怪我をしたと知らせがありました!」

 おいおい。
 この街じゃ、シスターが子どもと一緒に魔物のいる森に出掛けるのかよ。
 重傷を負ったシスター・アンジェラと子どもたちは神聖教会に運び込まれてるとのことだったので、若いシスターに説教されている最中のロッテを伴って教会へと向かうことにした。
 大通りをしばらく走ると、いままで黙り込んでいたロッテが泣き出しそうな顔で俺を見た。

「シスター・アンジェラを助けてくれますよね?」

 答えたのはユリアーナ。

「シスターや子どもたちだけじゃなく、他にも怪我人は大勢いるんでしょ? 助けられるなら全員助けるわ」

 孤児院を出るときは、『あまり目立つ真似はしたくないのよね』と言っていたユリアーナだが、力をセーブするつもりはないようだ。
 ロッテが再び黙り込んだので、彼女の気を紛らわすついでに訊く。

「シスターが孤児院の子どもと一緒に、魔物の出現するような森に出掛けるのは普通のことなのか?」
「割とよくありますよ。住民たちでお金を出し合って冒険者を護衛に雇うんです」

 これに孤児院のシスターや子どもたちも同行させてもらっていた。森の浅いところにある薬草や野草を採取するのは日常のことだという。
 採取した薬草を錬金術師ギルドに卸すことで貴重な臨時収入となるし、果物や野草は普段の食卓に上る。

「年長者の何人かは弓や槍を使えるので、鳥やウサギを狩ることもあるんです」

 随分とたくましいな。
 年に何人かの死人や怪我人がでるのは織り込み済みのことだが、それでもここ数年は孤児院の人間が被害に遭うことはなかった。例年にない甚大な被害で他のシスターたちも気が動転してしまったのだろう。
「教会です」

 ロッテが緊張した様子で口にした。
 教会に着くと行きがけに通りかかったとき以上に大勢の人々で溢れ返っていた。

「怪我人です! 怪我人を通しますから道を開けてください!」

 冒険者らしき人たちが運び込まれ、辺りは痛みを訴える声と肉親や知人を心配する悲痛な声とが入り混じっていた。

「孤児院の者です! 通してください! シスターや子どもたちが教会の中にいるんです!」

 ロッテの声が周囲の喧騒に掻き消された。

「光魔法が使えます! 治療の手伝いをするので通してください!」

 人々の視線が俺に集まり眼前に道が拓けた。
 効果抜群だな。

「行くぞ!」

 ユリアーナとロッテを伴って教会へと飛び込んだ。
 教会の中も混乱をしていた。怪我人たちが無造作に横たえられ、教会の神父やシスターたちが悲壮な面持ちで走り回っている。

「重傷者と軽傷者の区別をする余裕もないみたいね」
「妹は光魔法が使えます。治療のお手伝いをさせてください」

 治療を申し出る傍ら、ロッテにシスター・アンジェラと子どもたちを探すように指示する。

「見つけたらすぐに知らせろ」

 小さくうなずいてロッテが足早に奥へと向かった。
「何があったの?」

 ユリアーナが比較的軽傷の冒険者を治療しながら訊ねた。

「オーガの群れだ」

 八体のオーガとそれを追いかけるアンデッド・オーガに襲われたのだという。

「ギルドが募った冒険者が足止めしているが数が足りない。戦える者をもっと集めなきゃだめだ」
「騎士団は何をしているんだ?」
「街の外壁を突破されないよう、防備を固めている」

 最後の砦ということか。
 続いて隣の男からも答えが返ってきた。

「大型兵器を用意していた」
「投石機やバリスタか?」
「運ばれるときに攻撃魔法が使える部隊とすれ違ったから、街への侵入はしばらく防げるはずだ」

 投入された戦力がどの程度か判然としないが、安心できる状況じゃないと言うことか。

「八体のオーガは冒険者と騎士団でなんとでもなるだろうが、アンデッド・オーガを倒すには火力が足りねえ」
「攻撃魔法が使える魔術師が必要と言うことか?」
「回復も追い付かねえはずだ」

 それはこの状況を見れば想像がつく。できるだけ早めに駆け付けた方が良さそうだな。
 俺とユリアーナの目が合った。互いに小さくうなずいたタイミングで、よく通るロッテの声が響く。

「シュラさん、ユリアーナさん、こっちです!」

 声のする方を振り向くと、二十代半ばと思われる女性の傍らにしゃがみ込むロッテがいた。俺とユリアーナはロッテの下へと足早に駆け寄った。
 横たわるシスターを見たユリアーナが優しい声で言う。

「大丈夫よ、この程度の傷ならすぐに治るわ」
「ありがとうございます。私よりも子どもたちを先にお願いします」
「子どもたちなら心配ないわ」

 子どもたちは軽傷なので後回しにされているのだがそのことは適当にごまかして、シスター・アンジェラの治療を開始した。
 細かな裂傷が瞬く間に消え、背中にあった大きな傷もみるみる塞がっていく。それに伴って血の気が失せていた顔にも生気が戻る。
「シスター!」

 ロッタの喜びの悲鳴と同時に周囲からどよめきが沸き起こる。
 やはりユリアーナの光魔法は驚愕に値するようだ。

 覚悟はしていたがこれは後が大変そうだ。そう思った瞬間、俺たちの周囲で湧きおこったどよめきを遥かに凌駕する歓声が上がった。

「奇跡だ!」
「助祭様が奇跡を起こされた!」

 歓声の中、確かに聞き取れた。
 人混みの隙間から見えたのは二十代後半の青年。恐らく彼が赴任してきたばかりの助祭なのだろう。
 ユリアーナに集まりかけた注目を攫ってくれたことに内心で感謝しながらユリアーナへと視線を戻す。

「このシスターはもう大丈夫なのか?」
「ええ、問題ないわ」
「ありがとうございます。ありがとうございます!」

 涙で顔をグチャグチャしたロッテが何度も頭をさげた。

「他の重傷者の手当てをするから、ロッテちゃんはこの女性の側を離れないでね」

 ロッテにそう告げながら立ち上がり際に俺に耳打ちをした。

「あの助祭、神聖石の恩恵を受けているわ」
「分かるのか?」

 ユリアーナがうなずいた。
 俺とユリアーナの最大の目的である、この世界に散った百余個の神聖石の回収。その一つが早くも見つかった。
 思いもよらぬ幸運に鼓動が早まる。
 手が震える。
 自分でも緊張しているのが分かった。

 いますぐ行動を起こすつもりなのだろうか、とユリアーナを見つめると彼女は穏やかな笑みを浮かべた。

「穏便に返してもらう算段も考えないとならないし、細かいことは後で話し合いましょう」
「分かった」

 神聖教会の助祭だからといって、話し合いをするつもりということはないよな。
 乱暴に扉が開かれる音で俺の思考が中断される。視線を巡らせると、そこには傷だらけの冒険者と衛兵がいた。
 どうやら新たな怪我人たちが運び込まれてきたようだ。

「怪我人だ!」
「重傷者なんだ! 優先してくれ!」
「冒険者と衛兵に怪我人が続出している! 頼む! 光魔法が使える魔術師を門へ派遣してくれ!」

 そんな悲痛な叫びと共に次々と怪我人が運び込まれてくる。

「ユリアーナ、ここは任せていいか?」
「まさかアンデッド・オーガを仕留めに行くつもり?」
「元を断たないとキリがないだろ」
「錬金工房を頼らずに戦えるの?」

 作成した魔道具だけでアンデッド・オーガを倒せるかは分からないが、錬金工房を使えば楽に倒せる自信はある。だが、錬金工房の能力を知られるのは避けたい。
 特に生きた魔物を百メートル以上離れた位置から収納できることは秘匿する必要がある。
「錬金工房は俺のスキルだ。存分に利用するつもりだ」
「大勢の見ている前で?」
「安心しろ。魔道具による攻撃と併用して錬金工房の能力を悟られないように戦って見せる」
「できるの?」
「問題ない」

 実践するのは初めてだが脳内シミュレーションは十分だ。
 自身満々に言い切る迫力に気圧されたのか、ユリアーナは何かを言いかけて口をつぐんだ。

「俺だってバカじゃないんだ。自信のないことは口にしない」
「信用しましょう。でも、念のためあたしも同行するわ」

 こいつ、信用してないな。

「あたしも行きます。一緒につれて行ってください」

 そう口にしたロッテの目に涙はなかった。

「よし! アンデッド・オーガを倒しに行くぞ!」

 俺は教会の外へと駆けだした。

 ◇

 門にたどり着くと既にバリケードが築かれ、防壁の内と外とに二重の防衛ラインが構築されていた。
 防壁の外は冒険者と思しき臨時戦力を中心に騎士団の下部組織である衛兵たちで、馬防柵のような簡易なバリケードに取り付いたオーガと交戦中だった。
 防壁の内側は騎士団が中心で、防壁の上からの攻撃魔法や弓矢での遠距離攻撃による援護に終始している。

「二体だけ、随分と後方にいるが……」
「オーガがオーガを食べてますよ!」

 俺の横でロッテが悲鳴を上げた。
 黒ずんだ皮膚の不健康そうなオーガが褐色の健康そうなオーガの内臓をむさぼり繰っている。あの不健康そうなオーガがアンデッド・オーガで間違いなさそうだ。