俺は続けて院長に語りかける。

「教えてもらったのはこの地域の一般的な常識についてです。特別な知識などではありませんでしたので十分に助かりました」
「たとえば、どのようなことでしょう?」
「この地域の商人が着る、一般的な服装などです」

 院長がユリアーナをチラリと見る。
 黒を基調にしたフリルのたくさん付いた、いつものゴスロリ服をまとった彼女がいた。

「もしよろしければ妹さんの服をお見立ていたしましょうか?」

 俺が返事をするよりも早く、ユリアーナが頬を引きつらせて言う。

「それにはおよびませんわ。これは故郷の服で、あたしが好んで着ているものですから」
「あら、失礼いたしました。てっきりロッテが自分のセンスで選んだのかと勘違いしてしましました」

 院長とユリアーナの笑い声が辺りを包む。二人の間に立ちはだかる理解の壁と微妙な空気を感じ取った俺は話を早々に切り上げることにした。

「私と妹の気持ちは固まっています。リーゼロッテさんを引き取らせて頂くのに何か不都合や不足があればおっしゃってください」

 結果、ロッテは俺とユリアーナが引き取ることとなった。

 孤児を引き取るのに必要な条件のうち、『この国に三年以上定住している』という条件を満たしていなかった。しかし、来年成人を迎えるというロッテの年齢と本人の強い希望が決定だとなり、彼女を引き取ることが認められた。

「この街はいつ頃出発されるご予定ですか?」

 すべての書類のサインを確認し終えた院長が訊ねた。
 ここまで口にしなかったが、外国人の俺たちがロッテを引き取るのを認めた最たる理由は、『強硬手段に及ぶような権力者に狙われている彼女を何とか助けたい』といういう思いからだろう。

「盗賊の騎士団への引き渡し手続きなどが終わったら出発するつもりです」
「少し時間がかかりそうですね」

 声のトーンが落ちた院長に『御心配にはおよびませんよ』、と微笑みかけて言う。