夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「これからどうするの?」
「ロッテのいた孤児院へ行こうと思う」
「え?」
「どうした?」
「やっぱり孤児院に帰されるんですか?」

 なぜ、帰されないと思った?
 孤児院から脱走した少女を保護したんだから、普通に考えたら孤児院まで送り届けるだろ。
 だが、俺もユリアーナもその点に関して言えば普通じゃないし、何よりも今のロッテをそのまま孤児院に帰すのは危険だ。

「ロッテには孤児院へ戻らないで、行商人として俺たちと一緒に来て欲しい」
「え? いいんんですか!」

 ロッテの表情が明るくなった。

「孤児院に挨拶に行く目的の一つはロッテを引き取るためだ」
「そんなー……」

 赤く染まった頬を両手で覆い、ニヤニヤとしだした。
 チョロいなー。滅茶苦茶チョロいぞ、こいつ。
 だが、下手なことして変に警戒されるのも嫌だし、何よりユリアーナにバレたら神罰を下されそうだ。
 ここは世界の救世主、女神の助手として振舞としよう。
 奥底に湧きあがった邪な考えを振り払って言う。

「俺たちの商会で雇いたい、と正式に話をする」
「え?」

 何、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているんだ。

「手土産を用意したいから市場か商店が並ぶ通りに案内してくれ」
「じゃあ、市場がいいです。にぎやかですよ」

 楽しそうにそう言うと、足早に先を歩きだす。

「立ち直りが早いのは助かるわ」
「まだまだ子どもだよな」
「言っとくけど、たっくんとロッテちゃんは二歳しか違わないんだからね」

 年上ぶるなとクギを刺したいらしい。
 そう、二歳しか違わない。
 セーフだよなー……。
 いや、ダメだ。
 再び湧き上がった雑念を振り払ってロッテの後姿を探した。

 人通りがそれ程多くない道を足取り軽く走っている。浮かれて走るロッテの後を追って、出店や屋台が並ぶ市場へと向かった。
「ここが市場です」
「随分と大きいのね」
「凄いな……」
「普段はこの十分の一くらいの規模なんですけど、今日は十日に一度の特別市の日ですからお店もたくさん出ているんです」

 この世界の市場の規模がどの程度のものなのか知らないが、眼の前に広がる光景は俺が想像していた規模を遥かに超えている。
 テレビで見た後進国の市場を想像していた。
 それ程広くもない道の両側に無許可の屋台が雑然と並び、大勢の人が忙しそうに行き来する様子だ。
 だが、俺の眼の前に広がる光景はまったく違う。
 東西へ真っすぐに延びる大通り。
 人込みのせいで道がどこまで続いているのか判然としないが、それでもゆうに二キロメートル以上の直線道路だというのは分かった。
 道幅は馬車四台が並んで通れる程で、大通りの両側に幾つもの屋台が雑然と並ぶ。
 活気に溢れる人々に目を奪われた。
 広い通りにもかかわらず大勢の人々が押し合いへし合いしている。

「他の街の市場も同じくらいの規模なのか?」
「行商人さんたちのお話だと、ラタの街の市場は近隣の街に比べて十倍以上の規模だそうです」

 その言葉を裏付けるように、日用品や食料品、衣類、アクセサリー、さらには武器や防具など日常生活で使われるであろう、思いつく限りの品物が売られていた。
「市場が十倍なら人口もそれなりってことだな」
「それだけ大きな街の代官となると、相応の権力を持っているでしょうね」

 十数歩前を歩くロッテに聞こえないよう、小声で会話を始めた。

「衝突せずに逃げるのも手だよな」
「平和的に懐柔って方法もあるわよ」

 賄賂か……。盗賊のお宝からなにか適当なものを渡して解決するならそれに越したことはない。

「平和的な解決策を模索しよう」
「それでも無理なら逃亡しましょう」
「いいのか?」
「衝突して犯罪者に仕立て上げられても面倒だし、これだけの規模の街を任される代官が仕事を放りだして小娘一人に執着するとも思えないわ」

 まったくだ。
 ロッテは確かに美少女だが、彼女と同程度の容姿の女性は他にもいる。
 事実、騎士団の詰所からここまで来る間、何人もの目を惹かれる女性とすれ違ったし、いまも美人とすれ違った。

「そうなると厄介なのは中年オヤジの方か」

 強欲そうな中年騎士の顔が浮かんだ。

「馬車九台分の盗賊のお宝を、そう簡単に諦めないでしょうね」
「対策は後で考えよう」

 ユリアーナをうながして屋台を覗き込んでいるロッテのもとへ駆け寄った。
 市場で買い込んだのは、塩と穀物などの保存のきく食料、わずかばかりの肉と野菜、そして大量の古着である。

「本当にこれだけでいいのか? こんな機会はめったにないだろうし、もっと肉を買って行ったらどうだ?」
「ありがとうございます。十分に甘えさせて頂いてます。なかなか手に入らないお肉をたくさん買っていくと後が辛くなりますから」

 屈託のない笑みで答えた。

「そうか……」

 俺が言葉を詰まらせていると、ロッテが古びた建物を指さした。

「あそこです! あれがあたしのお世話になっている孤児院です」
「教会みたいだな」

 途中、女神ユリアーナを崇めているという教会の前を通った。建物の造りや規模はまったく違うが、施された意匠がそっくりだ。

「五十年くらい前までは教会として使われていたんですよ」

 教会の払い下げか。

「ロッテちゃん、孤児院と教会って何かつながりがあるの?」
「孤児院は教会の下部組織です」

 教会が孤児院の運営をしているが、最大の目的は、未来の犯罪者を減らし、やがてもたらされる税収を増やすことだという。

 孤児院で最低限の食事を与えることで、スラムや犯罪組織に子どもが流れるのを防ぐことができる。子どもたちが働けるようになれば国力も上がり税収も増える。
 それも経済的に余裕のある領地でなければ無理な話だ。
「孤児院のない貧しい領地ではあたしたちのような身寄りのない子どもは生きていけないか、スラム街に流れ込むしかないんです」
「教会の目的がどうであれ、孤児院のお陰で生き延びられているのも事実ですから、女神ユリアーナ様と教会にはどれ程感謝しても感謝し足りません」
「その割にはあっさりと脱走したじゃないか」
「それは、それ。これは、これですよー」

 眼が泳いでいるぞ。

「ところで、野菜や穀物の種を随分とたくさん買い込んでいたけど、孤児院に畑でも作るつもりだったの?」

 とユリアーナ。

「半分正解だ」
「半分?」

 ユリアーナが怪訝そうな表情をした。

「錬金工房の中に畑を作ってみたんだ」
「畑を作る、ですって? 収穫までどれくらいかかるのよ……」
「畑まで作れちゃうんですか!」

 言葉半ばで顔から表情が消えたユリアーナの隣でロッテが能天気に感心した。俺は途切れたユリアーナの質問に静かに答える。

「さっき撒いた種、もういつでも収穫できるぞ」
 
 時間を加速して作った腐葉土と土を混ぜ合わせた畑に種を撒き、再び時間を加速させる。
 ほんの何分間かのことだ。
 錬金工房の中は収穫の時期を迎えていた。
 孤児院に到着すると、ロッテが戻ったことで院内は大騒ぎとなった。
 ただの失踪でも大ごとだが、権力者から付け狙われた挙句、誘拐未遂事件にまで発展した直後の失踪事件である。
 真っ先に疑う相手はロリコン悪代官。

 立場の弱い孤児院は、頼るところもなく絶望していたのだろう。
 そこへ当の本人がお土産を抱えて戻ってきた。
 真っ先にロッテに駆け寄った若い女性神官など、涙を流して彼女の無事を喜んでいた。
 だが、それも束の間。

 一分後には鬼の形相に豹変し、『お土産、お土産があるんですよー』と必死に話を逸らそうとするロッテを教会の奥へと引きずっていった。
 ロッテは泣きながら俺とユリアーナに助けを求めていたが、シスターの気持ちを考えると手を差し伸べるのは躊躇われた。

 ユリアーナに至っては、「少しは思慮深くなると助かるわー」と声が遠退いていくロッテに手を振りながらほほ笑んでいた。

 叱られたくらいで思慮深くなるなら、ロッテはこの上なく思慮深い少女になっていたはずだ。
 ロッテと入れ替わるように現れたのは三十歳前後と思われる落ち着いた雰囲気の女性神官で、名前をシスター・イーリスという。

 神聖教会の助祭であり、この孤児院の院長であると自己紹介された。彼女の案内で院長室へ通され、ことの詳細を説明することとなった。

「襲われた行商人一行の皆さんはお気の毒ですが、襲撃が成功したことで盗賊も油断していたのでしょう。馬車の積荷の確認もせずに酒盛りをしていました」

 騎士団へ報告した内容との食い違いがあると後々面倒なことになり兼ねないので、俺とユリアーナが不利になりそうなことを伏せて、できる限り本当のことを話した。

「そうですか……、積荷の中で眠っていたことが幸いしたのですか……」

 院長が疲れた表情でうつむいた。盗賊が襲撃してきたことすら気付かずに眠り続けていたことも伝えたが、院長は敢えてそのことには触れない。
 院長室を気まずい沈黙が支配した。
「これも女神ユリアーナ様のご加護ですよ」
「そうですね。ユリアーナ様はとても寛大な女神様ですから」

 院長の口から乾いた笑いが漏れた。
 ユリアーナが寛大かどうかはさておき、ロッテが普段どんな態度で女神ユリアーナを信仰していたのか想像がつく。

 横でユリアーナが『あんにゃろー』とつぶやいたが、俺も院長も聞こえなかった振りをした。
 寛大さとは縁遠いことを改めて露呈させたユリアーナが本題を切りだす。

「リーゼロッテさんを引き取らせて頂くお話ですけど」
「私どもとしは大変ありがたいお話ですが、本当にロッテでよろしいのでしょうか?」
「リーゼロッテさんがこちらの孤児院を脱走するに至った経緯は本人から聞いています」

 ロッテが悪代官にロックオンされ、誘拐されかけたことを含め、すべてを承知の上でロッテを守るつもりであることを告げた。
 院長が突然涙を浮かべる。

「カンナギ様、お心遣いに感謝申し上げます」
「それ以上、何も言う必要はありません」

 少しの間、院長の咽び泣く声が静かに流れた。
 落ち着いたところで院長が話を戻す。

「ところで、ロッテがお役に立ったと伺いましたが?」

 扉の外で子どもたちが聞き耳を立てているのに配慮して院長が声を潜めた。
 とことん信用がないな、あいつ……。

「私も妹もこの国には疎く、リーゼロッテさんには多くのことを教えて頂き、とても感謝しております」
 俺は続けて院長に語りかける。

「教えてもらったのはこの地域の一般的な常識についてです。特別な知識などではありませんでしたので十分に助かりました」
「たとえば、どのようなことでしょう?」
「この地域の商人が着る、一般的な服装などです」

 院長がユリアーナをチラリと見る。
 黒を基調にしたフリルのたくさん付いた、いつものゴスロリ服をまとった彼女がいた。

「もしよろしければ妹さんの服をお見立ていたしましょうか?」

 俺が返事をするよりも早く、ユリアーナが頬を引きつらせて言う。

「それにはおよびませんわ。これは故郷の服で、あたしが好んで着ているものですから」
「あら、失礼いたしました。てっきりロッテが自分のセンスで選んだのかと勘違いしてしましました」

 院長とユリアーナの笑い声が辺りを包む。二人の間に立ちはだかる理解の壁と微妙な空気を感じ取った俺は話を早々に切り上げることにした。

「私と妹の気持ちは固まっています。リーゼロッテさんを引き取らせて頂くのに何か不都合や不足があればおっしゃってください」

 結果、ロッテは俺とユリアーナが引き取ることとなった。

 孤児を引き取るのに必要な条件のうち、『この国に三年以上定住している』という条件を満たしていなかった。しかし、来年成人を迎えるというロッテの年齢と本人の強い希望が決定だとなり、彼女を引き取ることが認められた。

「この街はいつ頃出発されるご予定ですか?」

 すべての書類のサインを確認し終えた院長が訊ねた。
 ここまで口にしなかったが、外国人の俺たちがロッテを引き取るのを認めた最たる理由は、『強硬手段に及ぶような権力者に狙われている彼女を何とか助けたい』といういう思いからだろう。

「盗賊の騎士団への引き渡し手続きなどが終わったら出発するつもりです」
「少し時間がかかりそうですね」

 声のトーンが落ちた院長に『御心配にはおよびませんよ』、と微笑みかけて言う。
「少女趣味の悪代官を黙らせる程度に価値のある魔道具を、眼の前に並べるくらい造作もないことです」
「差し出がましいようですが、希少な品や高価な品をお持ちになっていることはあまり口にしない方がよろしいですよ」
「ここだけのお話です」
「そうですね、私も忘れることにいたしましょう」

 席を立つ直前、俺は街中で気になったことを訊ねた。

「教会の付近がとても賑やかでしたが何かあるのでしょうか?」

 この街の住人であるロッテですら驚くくらいに教会の前に人が集まっていた。それも、老若男女を問わずに教会の外からお祈りを捧げていた。

「昨日赴任していらした助祭様が、とても徳の高い方で着任早々、数々の奇跡を起こされたとか。それで一目見ようと大勢の住民が集まっています」

 ロッテの脱走後に着任したのか。
 廊下を走る音が急速に大きくなり、勢いよく扉が開かれると若いシスターが廊下で聞き耳を立てていた子どもたちと一緒に院長室に転がり込んできた。

「院長! 大変です!」
「何事ですか」
「魔物です! 魔物に襲われてシスター・アンジェラが重傷です! 一緒に薬草採取に森に行った子どもたちも、怪我をしたと知らせがありました!」

 おいおい。
 この街じゃ、シスターが子どもと一緒に魔物のいる森に出掛けるのかよ。