夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~


 ◇

「こんにちわー」

 御者席のロッテが門番に手を振ると、門番がもの凄い勢いでこちらに走りだした。

「知り合いか?」
「何年か前の孤児院の出身者なんです。一緒に過ごしたことはありませんが、ときどき孤児院に食べ物をもって顔を出してくれるんですよ」

 門番が駆け寄ってきたので馬車を止めると、

「ロッテちゃん、どこに行ってたんだ?」

 そう言うと彼女の隣に座っていた俺をもの凄い形相で睨み付けた。

「どこって? あ!」

 ロッテが小さく叫んだ。
 そうだった……、彼女は行商人の馬車の積荷にこっそり隠れて街から逃げだしたんだ。

「その男は誰だ?」

 門番が俺に向けた眼差しは、完全に不審者を見る目だ。

「行商人さんの馬車で眠ってしまって、気付いたら街の外だったんですよー」
「行商人の馬車で?」

 そんな間抜けな言い訳が通用するわけないだろ! ロッテが街の外にいる言い訳を考えておけばよかった。

「そうなんですよー」
「ロッテちゃんらしいな」

 二人揃って笑いだした。
 ロッテ、お前って周りの人からどんな風に見られているんだ?

「それでそっちの男は?」

 門番の視線が俺へと移る。

「街道で途方に暮れていたところを、こちらの親切なご兄妹に助けて頂いたんです」

「兄妹?」
「ハーイ」

 衛兵が疑惑の視線を再び俺に向けるのと同時に、相変わらずのゴスロリ姿のユリアーナが馬車から顔を出した。

「ハ、ハーイ」

 釣られて鼻の下を伸ばす衛兵にロッテが説明をする。

「こちらのご兄弟は旅の商人さんなんです」
「奴隷商人か?」

 門番の言葉に俺が即答する。

「違いますよ、普通の商人です。檻馬車の中は、ここから半日ほど行ったところに巣食っていた盗賊たちです」
「盗賊だって!」
「全部で三十一人います」
「本当ですよ。だから騎士団の方を呼んできてもらえますか?」
 ロッテが助け舟をだした。
 門からそれ程離れていないところにある騎士団の詰所で待たされること三時間余。俺たち三人は六畳ほどの一室に閉じ込められ、部屋から出ることを禁じられていた。

「街に入る前に昼食を済ませて正解だったな」

 天井を仰いでどうでも言ことをつぶやくと、ようやく扉が開き中年の騎士と若い騎士が入ってきた。

「仲間はどこだ?」

 中年の騎士は部屋に入るなりそう切り出した。

「盗賊団は引き渡した三十一人で全員です。少なくともヤツラのアジトに他の仲間はいませんでした」

「頭の悪ヤツだな」

 苛ついた様子で舌打ちをすると語調を強めた。

「私が聞いているのは、お前たちの仲間がどこにいるか、だ」
「俺たちに仲間なんていませんよ」
「三十一人からの盗賊団をお前らのようなガキが、たった二人でどうにかできるわけがないだろ!」

 口調や態度に腹は立つが、疑いたくなる気持ちは分からないでもない。幸い催眠の腕輪もあることだし、魔法で眠らせたことにするか……、などと思案しているとさらに高圧的になった。

「正直に話した方が身のためだぞ」
「仲間はいないわよ」

 ユリアーナの否定の言葉に続いて、それらしい言い訳を並べる。

「野営をしていたところに、七人の盗賊が近付いてきました。脅し文句と風体から盗賊だと判断し、手元にあった睡眠の魔道具を使って運良く眠らせることができました」

 若い騎士が書類を読みながらうなずく。
 盗賊の証言と俺の言葉との差異を確認しているのか?
 これは下手な嘘は吐かない方がよさそうだな。
 俺は気付かない振りをして話を続ける。

「そのときに捕らえた盗賊の一人からアジトの場所を聞き出して恐る恐る偵察に行くと、見張りは少数でアジトからは宴会のような騒ぎが聞こえてきました。盗賊たちは行商人を襲った直後らしく、見張りを以外の全員が酒盛りをしていました。盗賊たちが油断していたのでここでも睡眠の魔道具で彼らを眠らせることができました」

 全てが幸運と睡眠の魔道具のお陰とした。
「盗賊の証言と概ね一致しています」

 若い騎士が中年の騎士に耳打ちした。

「盗品はどこだ」
「馬車の中に」
「盗賊たちの盗品をどこに隠したと聞いているんだ!」
「ですから、馬車の中に積んであります」
「盗賊たちの証言から、盗品があの十倍はある事は分かっているんだ!」

 盗賊たちめ、よけいなことを言いやがって。

「全部を持ちだすことはできませんでしたから、目ぼしいものだけを馬車に積んで残りは盗賊たちのアジトに置いてきました」

 中年オヤジがいやらしい笑みを浮かべた。

「盗品を放置してきたと言うことは、所有権を放棄したということになるな」
「おっしゃる通りです」

 中年オヤジの問いに若い騎士が即答した。

 なるほど、そう言うことか。
 盗品をどこかに隠してあったとしたら、それは所有権放棄とみなして着服するつもりなのか。腐ってやがる。
 中年オヤジは満足げにうなずいて俺に言う。

「そのアジトの検分も必要だな。アジトに案内をしろ」
「ここから馬車で半日以上かるので、いまから行っても到着するのは夜中になります。案内は明日で構いませんか?」

 ロッテの問題が解決したら、こんな街はさっさとおさらばしよう。

「明日の朝一番で見習い騎士を何人か集めておきます」

 若い騎士の言葉に中年オヤジがうなずくと俺に向きなおり、

「明日朝一番で騎士団に出頭しろ。遅れたら拘束するからそのつもりでいろよ」

 口角をつり上げた顔でそう告げた。
 騎士団の詰所を出て、街中を適当に歩くこと数分。
 詰所から離れたことで安心したのか、

「それにしても頭にくるわね、あのオヤジ!」

 ユリアーナはそう吐き出すと見えない相手を殴るように拳を振り回した。

「いけ好かないヤツだったが、部下を従えていたし、騎士団の中ではそれなりの地位にありそうな中年オヤジだったから……」

 中年オヤジは盗賊のアジトには盗品の残りがあると信じ込んで上機嫌だった。空っぽのアジトを目の当たりにしたら矛先はこっちに向くよな。

「明日は揉めるかもしれないな」
「どうするつもり?」
「俺たちが移動している間に、知らない誰かが持っていたことにしよう」

 自分で言っておいて何だが、あの横暴な中年オヤジが納得するとは思えない。別の手立てを考えておく必要があるな。

「この街の騎士団って、皆あんなに横暴なの?」

 ユリアーナがロッテに訊いた。

「普段、騎士様とお話することはありませんから」
「孤児院の少女が騎士と接点がある方が不自然よね」

 二人の会話を背中で聞きながら街並みと道行く人々に意識を向ける。
 改めて街を見回すと図書館でみたイラストを彷彿とさせるような街並みが広がっていた。
 石造りの頑丈そうな建造物と木造の建造物が入り混じり、雑然とした感じはするが人通りも多く賑わっている。
 ファンタジー世界に登場する亜人と呼ばれる人と異なる種族ともすれ違った。

「このラタの街は周辺の街と比べて人口は多いのか?」
「他の街に行ったことがないのでよく分かりませんが、大人の人たちの話だと同じくらいの規模のようです」

 この街から出たことがないのに行商人の馬車に潜り込んで逃げだしたのか。
 大した度胸と行動力だ。
「これからどうするの?」
「ロッテのいた孤児院へ行こうと思う」
「え?」
「どうした?」
「やっぱり孤児院に帰されるんですか?」

 なぜ、帰されないと思った?
 孤児院から脱走した少女を保護したんだから、普通に考えたら孤児院まで送り届けるだろ。
 だが、俺もユリアーナもその点に関して言えば普通じゃないし、何よりも今のロッテをそのまま孤児院に帰すのは危険だ。

「ロッテには孤児院へ戻らないで、行商人として俺たちと一緒に来て欲しい」
「え? いいんんですか!」

 ロッテの表情が明るくなった。

「孤児院に挨拶に行く目的の一つはロッテを引き取るためだ」
「そんなー……」

 赤く染まった頬を両手で覆い、ニヤニヤとしだした。
 チョロいなー。滅茶苦茶チョロいぞ、こいつ。
 だが、下手なことして変に警戒されるのも嫌だし、何よりユリアーナにバレたら神罰を下されそうだ。
 ここは世界の救世主、女神の助手として振舞としよう。
 奥底に湧きあがった邪な考えを振り払って言う。

「俺たちの商会で雇いたい、と正式に話をする」
「え?」

 何、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているんだ。

「手土産を用意したいから市場か商店が並ぶ通りに案内してくれ」
「じゃあ、市場がいいです。にぎやかですよ」

 楽しそうにそう言うと、足早に先を歩きだす。

「立ち直りが早いのは助かるわ」
「まだまだ子どもだよな」
「言っとくけど、たっくんとロッテちゃんは二歳しか違わないんだからね」

 年上ぶるなとクギを刺したいらしい。
 そう、二歳しか違わない。
 セーフだよなー……。
 いや、ダメだ。
 再び湧き上がった雑念を振り払ってロッテの後姿を探した。

 人通りがそれ程多くない道を足取り軽く走っている。浮かれて走るロッテの後を追って、出店や屋台が並ぶ市場へと向かった。
「ここが市場です」
「随分と大きいのね」
「凄いな……」
「普段はこの十分の一くらいの規模なんですけど、今日は十日に一度の特別市の日ですからお店もたくさん出ているんです」

 この世界の市場の規模がどの程度のものなのか知らないが、眼の前に広がる光景は俺が想像していた規模を遥かに超えている。
 テレビで見た後進国の市場を想像していた。
 それ程広くもない道の両側に無許可の屋台が雑然と並び、大勢の人が忙しそうに行き来する様子だ。
 だが、俺の眼の前に広がる光景はまったく違う。
 東西へ真っすぐに延びる大通り。
 人込みのせいで道がどこまで続いているのか判然としないが、それでもゆうに二キロメートル以上の直線道路だというのは分かった。
 道幅は馬車四台が並んで通れる程で、大通りの両側に幾つもの屋台が雑然と並ぶ。
 活気に溢れる人々に目を奪われた。
 広い通りにもかかわらず大勢の人々が押し合いへし合いしている。

「他の街の市場も同じくらいの規模なのか?」
「行商人さんたちのお話だと、ラタの街の市場は近隣の街に比べて十倍以上の規模だそうです」

 その言葉を裏付けるように、日用品や食料品、衣類、アクセサリー、さらには武器や防具など日常生活で使われるであろう、思いつく限りの品物が売られていた。
「市場が十倍なら人口もそれなりってことだな」
「それだけ大きな街の代官となると、相応の権力を持っているでしょうね」

 十数歩前を歩くロッテに聞こえないよう、小声で会話を始めた。

「衝突せずに逃げるのも手だよな」
「平和的に懐柔って方法もあるわよ」

 賄賂か……。盗賊のお宝からなにか適当なものを渡して解決するならそれに越したことはない。

「平和的な解決策を模索しよう」
「それでも無理なら逃亡しましょう」
「いいのか?」
「衝突して犯罪者に仕立て上げられても面倒だし、これだけの規模の街を任される代官が仕事を放りだして小娘一人に執着するとも思えないわ」

 まったくだ。
 ロッテは確かに美少女だが、彼女と同程度の容姿の女性は他にもいる。
 事実、騎士団の詰所からここまで来る間、何人もの目を惹かれる女性とすれ違ったし、いまも美人とすれ違った。

「そうなると厄介なのは中年オヤジの方か」

 強欲そうな中年騎士の顔が浮かんだ。

「馬車九台分の盗賊のお宝を、そう簡単に諦めないでしょうね」
「対策は後で考えよう」

 ユリアーナをうながして屋台を覗き込んでいるロッテのもとへ駆け寄った。
 市場で買い込んだのは、塩と穀物などの保存のきく食料、わずかばかりの肉と野菜、そして大量の古着である。

「本当にこれだけでいいのか? こんな機会はめったにないだろうし、もっと肉を買って行ったらどうだ?」
「ありがとうございます。十分に甘えさせて頂いてます。なかなか手に入らないお肉をたくさん買っていくと後が辛くなりますから」

 屈託のない笑みで答えた。

「そうか……」

 俺が言葉を詰まらせていると、ロッテが古びた建物を指さした。

「あそこです! あれがあたしのお世話になっている孤児院です」
「教会みたいだな」

 途中、女神ユリアーナを崇めているという教会の前を通った。建物の造りや規模はまったく違うが、施された意匠がそっくりだ。

「五十年くらい前までは教会として使われていたんですよ」

 教会の払い下げか。

「ロッテちゃん、孤児院と教会って何かつながりがあるの?」
「孤児院は教会の下部組織です」

 教会が孤児院の運営をしているが、最大の目的は、未来の犯罪者を減らし、やがてもたらされる税収を増やすことだという。

 孤児院で最低限の食事を与えることで、スラムや犯罪組織に子どもが流れるのを防ぐことができる。子どもたちが働けるようになれば国力も上がり税収も増える。
 それも経済的に余裕のある領地でなければ無理な話だ。
「孤児院のない貧しい領地ではあたしたちのような身寄りのない子どもは生きていけないか、スラム街に流れ込むしかないんです」
「教会の目的がどうであれ、孤児院のお陰で生き延びられているのも事実ですから、女神ユリアーナ様と教会にはどれ程感謝しても感謝し足りません」
「その割にはあっさりと脱走したじゃないか」
「それは、それ。これは、これですよー」

 眼が泳いでいるぞ。

「ところで、野菜や穀物の種を随分とたくさん買い込んでいたけど、孤児院に畑でも作るつもりだったの?」

 とユリアーナ。

「半分正解だ」
「半分?」

 ユリアーナが怪訝そうな表情をした。

「錬金工房の中に畑を作ってみたんだ」
「畑を作る、ですって? 収穫までどれくらいかかるのよ……」
「畑まで作れちゃうんですか!」

 言葉半ばで顔から表情が消えたユリアーナの隣でロッテが能天気に感心した。俺は途切れたユリアーナの質問に静かに答える。

「さっき撒いた種、もういつでも収穫できるぞ」
 
 時間を加速して作った腐葉土と土を混ぜ合わせた畑に種を撒き、再び時間を加速させる。
 ほんの何分間かのことだ。
 錬金工房の中は収穫の時期を迎えていた。