御者席からリーゼロッテの声が響く。
「シュラさん、ユリアーナさん、ラタの街が見えてきましたー」
「盗賊たちを一旦出すから、馬車を止めてくれ」
「はい」
快活な声とともに馬車の速度が弱まる。停止すると同時に俺は馬車を飛び降りて、後方に檻で出来た馬車を二台出現させた。
リーゼロッテに聞いて作成したこの地域で使われている護送用の馬車だ。大きめの荷馬車の上に鉄格子の檻が設置されており、罪人の護送、奴隷や魔物の移送に使われているそうだ。
檻馬車を牽かせる馬を八頭出現させると駆け寄ってきたリーゼロッテが馬を連れて檻馬車へと向かう。
「檻馬車に繋ぎますね」
「すまないな、リーゼロッテ」
「ロッテでいいですよー」
返ってきた笑顔は年相応の愛らしさが感じられ、少し前まで見せていた怯えは見当たらなかった。
だいぶ慣れたようだ。
手かせと足かせで拘束し、さるぐつわを噛ませた盗賊たちを空っぽの檻馬車二台に分乗して出現させる。途端、盗賊たちの抗議のうめき声で辺りが騒がしくなった。なかにはこちらを威嚇してくる者もいる。
心配になってロッテを見たが、盗賊たちの威嚇など意に介してはいなかった。
「最初はどうなることかと思ったけど、順応力が高い娘で良かったわ」
出発前に魔道具での実戦を経験しておきたかったので、丸一日森の中に入って魔物狩りをした。
『無理です! 魔物となんて戦えません! ゴブリンとの戦闘経験だって数回しかないんですよ!』
と涙ながらに主張するロッテも、ゴブリンとの戦闘経験が一度しかない俺と並んで魔物と戦った。
最初の数戦は戦闘開始を待たずに気絶。
その後も、泣くわ、喚くわの大騒ぎの末、開始間もなく気絶する始末だった。
だが、そこは順応力の高いロッテ。
俺と並んで次々に魔法で魔物をなぎ倒し、最後の方はショートソードでの接近戦も無表情でこなしていた。「あの様子なら悪代官を前にしても、畏縮することはなさそうだ」
「それどころか、悪代官に攻撃魔法をぶっ放さないか心配よ」
そう言ってユリアーナが笑った。
笑い事ではなく、本当にそれができてしまうだけの力がいまの彼女にはある。
彼女の右手薬指に光る白金の指輪。
地・水・火・風、四つの属性魔法のスキルを付与してあるのだが……、スキル付与は同じスキルを重ねて付与することで、少しずつだが強化できることが分かった。
遭遇した魔物が持っていた魔術スキルは全て剥奪し、三人が持つ指輪に重複付与した。魔術師としてどの程度の位置にいるのかは分からないが、ゴブリンの一個小隊くらいなら単独撃破できるはずだ。
もっとヤバいのは魔力とそれに伴う身体強化。
興味本位で収納した魔物から魔力を剥がしてみたら剥ぎ取れた。別の魔物に剥ぎ取った魔力を付与してみたら、ほんの少しだけ魔力があった。
やることは決まった。
あとは片っ端から魔力を剥ぎ取ってロッテに付与して彼女の魔力量を底上げした。すると、底上げされた魔力量に応じて身体強化も底上げされる。
魔物との最終戦、ゴブリンの顎をミドルキック一発で砕いた。
それが自信になったのだろう、盗賊たちを恐れる様子は微塵もない。
「終わりました。出発の用意をしますね」
檻馬車二台に馬を繋ぎ終えたことを知らせると、先頭の馬車へと駆けていった。
◇
「こんにちわー」
御者席のロッテが門番に手を振ると、門番がもの凄い勢いでこちらに走りだした。
「知り合いか?」
「何年か前の孤児院の出身者なんです。一緒に過ごしたことはありませんが、ときどき孤児院に食べ物をもって顔を出してくれるんですよ」
門番が駆け寄ってきたので馬車を止めると、
「ロッテちゃん、どこに行ってたんだ?」
そう言うと彼女の隣に座っていた俺をもの凄い形相で睨み付けた。
「どこって? あ!」
ロッテが小さく叫んだ。
そうだった……、彼女は行商人の馬車の積荷にこっそり隠れて街から逃げだしたんだ。
「その男は誰だ?」
門番が俺に向けた眼差しは、完全に不審者を見る目だ。
「行商人さんの馬車で眠ってしまって、気付いたら街の外だったんですよー」
「行商人の馬車で?」
そんな間抜けな言い訳が通用するわけないだろ! ロッテが街の外にいる言い訳を考えておけばよかった。
「そうなんですよー」
「ロッテちゃんらしいな」
二人揃って笑いだした。
ロッテ、お前って周りの人からどんな風に見られているんだ?
「それでそっちの男は?」
門番の視線が俺へと移る。
「街道で途方に暮れていたところを、こちらの親切なご兄妹に助けて頂いたんです」
「兄妹?」
「ハーイ」
衛兵が疑惑の視線を再び俺に向けるのと同時に、相変わらずのゴスロリ姿のユリアーナが馬車から顔を出した。
「ハ、ハーイ」
釣られて鼻の下を伸ばす衛兵にロッテが説明をする。
「こちらのご兄弟は旅の商人さんなんです」
「奴隷商人か?」
門番の言葉に俺が即答する。
「違いますよ、普通の商人です。檻馬車の中は、ここから半日ほど行ったところに巣食っていた盗賊たちです」
「盗賊だって!」
「全部で三十一人います」
「本当ですよ。だから騎士団の方を呼んできてもらえますか?」
ロッテが助け舟をだした。
門からそれ程離れていないところにある騎士団の詰所で待たされること三時間余。俺たち三人は六畳ほどの一室に閉じ込められ、部屋から出ることを禁じられていた。
「街に入る前に昼食を済ませて正解だったな」
天井を仰いでどうでも言ことをつぶやくと、ようやく扉が開き中年の騎士と若い騎士が入ってきた。
「仲間はどこだ?」
中年の騎士は部屋に入るなりそう切り出した。
「盗賊団は引き渡した三十一人で全員です。少なくともヤツラのアジトに他の仲間はいませんでした」
「頭の悪ヤツだな」
苛ついた様子で舌打ちをすると語調を強めた。
「私が聞いているのは、お前たちの仲間がどこにいるか、だ」
「俺たちに仲間なんていませんよ」
「三十一人からの盗賊団をお前らのようなガキが、たった二人でどうにかできるわけがないだろ!」
口調や態度に腹は立つが、疑いたくなる気持ちは分からないでもない。幸い催眠の腕輪もあることだし、魔法で眠らせたことにするか……、などと思案しているとさらに高圧的になった。
「正直に話した方が身のためだぞ」
「仲間はいないわよ」
ユリアーナの否定の言葉に続いて、それらしい言い訳を並べる。
「野営をしていたところに、七人の盗賊が近付いてきました。脅し文句と風体から盗賊だと判断し、手元にあった睡眠の魔道具を使って運良く眠らせることができました」
若い騎士が書類を読みながらうなずく。
盗賊の証言と俺の言葉との差異を確認しているのか?
これは下手な嘘は吐かない方がよさそうだな。
俺は気付かない振りをして話を続ける。
「そのときに捕らえた盗賊の一人からアジトの場所を聞き出して恐る恐る偵察に行くと、見張りは少数でアジトからは宴会のような騒ぎが聞こえてきました。盗賊たちは行商人を襲った直後らしく、見張りを以外の全員が酒盛りをしていました。盗賊たちが油断していたのでここでも睡眠の魔道具で彼らを眠らせることができました」
全てが幸運と睡眠の魔道具のお陰とした。
「盗賊の証言と概ね一致しています」
若い騎士が中年の騎士に耳打ちした。
「盗品はどこだ」
「馬車の中に」
「盗賊たちの盗品をどこに隠したと聞いているんだ!」
「ですから、馬車の中に積んであります」
「盗賊たちの証言から、盗品があの十倍はある事は分かっているんだ!」
盗賊たちめ、よけいなことを言いやがって。
「全部を持ちだすことはできませんでしたから、目ぼしいものだけを馬車に積んで残りは盗賊たちのアジトに置いてきました」
中年オヤジがいやらしい笑みを浮かべた。
「盗品を放置してきたと言うことは、所有権を放棄したということになるな」
「おっしゃる通りです」
中年オヤジの問いに若い騎士が即答した。
なるほど、そう言うことか。
盗品をどこかに隠してあったとしたら、それは所有権放棄とみなして着服するつもりなのか。腐ってやがる。
中年オヤジは満足げにうなずいて俺に言う。
「そのアジトの検分も必要だな。アジトに案内をしろ」
「ここから馬車で半日以上かるので、いまから行っても到着するのは夜中になります。案内は明日で構いませんか?」
ロッテの問題が解決したら、こんな街はさっさとおさらばしよう。
「明日の朝一番で見習い騎士を何人か集めておきます」
若い騎士の言葉に中年オヤジがうなずくと俺に向きなおり、
「明日朝一番で騎士団に出頭しろ。遅れたら拘束するからそのつもりでいろよ」
口角をつり上げた顔でそう告げた。
騎士団の詰所を出て、街中を適当に歩くこと数分。
詰所から離れたことで安心したのか、
「それにしても頭にくるわね、あのオヤジ!」
ユリアーナはそう吐き出すと見えない相手を殴るように拳を振り回した。
「いけ好かないヤツだったが、部下を従えていたし、騎士団の中ではそれなりの地位にありそうな中年オヤジだったから……」
中年オヤジは盗賊のアジトには盗品の残りがあると信じ込んで上機嫌だった。空っぽのアジトを目の当たりにしたら矛先はこっちに向くよな。
「明日は揉めるかもしれないな」
「どうするつもり?」
「俺たちが移動している間に、知らない誰かが持っていたことにしよう」
自分で言っておいて何だが、あの横暴な中年オヤジが納得するとは思えない。別の手立てを考えておく必要があるな。
「この街の騎士団って、皆あんなに横暴なの?」
ユリアーナがロッテに訊いた。
「普段、騎士様とお話することはありませんから」
「孤児院の少女が騎士と接点がある方が不自然よね」
二人の会話を背中で聞きながら街並みと道行く人々に意識を向ける。
改めて街を見回すと図書館でみたイラストを彷彿とさせるような街並みが広がっていた。
石造りの頑丈そうな建造物と木造の建造物が入り混じり、雑然とした感じはするが人通りも多く賑わっている。
ファンタジー世界に登場する亜人と呼ばれる人と異なる種族ともすれ違った。
「このラタの街は周辺の街と比べて人口は多いのか?」
「他の街に行ったことがないのでよく分かりませんが、大人の人たちの話だと同じくらいの規模のようです」
この街から出たことがないのに行商人の馬車に潜り込んで逃げだしたのか。
大した度胸と行動力だ。
「これからどうするの?」
「ロッテのいた孤児院へ行こうと思う」
「え?」
「どうした?」
「やっぱり孤児院に帰されるんですか?」
なぜ、帰されないと思った?
孤児院から脱走した少女を保護したんだから、普通に考えたら孤児院まで送り届けるだろ。
だが、俺もユリアーナもその点に関して言えば普通じゃないし、何よりも今のロッテをそのまま孤児院に帰すのは危険だ。
「ロッテには孤児院へ戻らないで、行商人として俺たちと一緒に来て欲しい」
「え? いいんんですか!」
ロッテの表情が明るくなった。
「孤児院に挨拶に行く目的の一つはロッテを引き取るためだ」
「そんなー……」
赤く染まった頬を両手で覆い、ニヤニヤとしだした。
チョロいなー。滅茶苦茶チョロいぞ、こいつ。
だが、下手なことして変に警戒されるのも嫌だし、何よりユリアーナにバレたら神罰を下されそうだ。
ここは世界の救世主、女神の助手として振舞としよう。
奥底に湧きあがった邪な考えを振り払って言う。
「俺たちの商会で雇いたい、と正式に話をする」
「え?」
何、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているんだ。
「手土産を用意したいから市場か商店が並ぶ通りに案内してくれ」
「じゃあ、市場がいいです。にぎやかですよ」
楽しそうにそう言うと、足早に先を歩きだす。
「立ち直りが早いのは助かるわ」
「まだまだ子どもだよな」
「言っとくけど、たっくんとロッテちゃんは二歳しか違わないんだからね」
年上ぶるなとクギを刺したいらしい。
そう、二歳しか違わない。
セーフだよなー……。
いや、ダメだ。
再び湧き上がった雑念を振り払ってロッテの後姿を探した。
人通りがそれ程多くない道を足取り軽く走っている。浮かれて走るロッテの後を追って、出店や屋台が並ぶ市場へと向かった。
「ここが市場です」
「随分と大きいのね」
「凄いな……」
「普段はこの十分の一くらいの規模なんですけど、今日は十日に一度の特別市の日ですからお店もたくさん出ているんです」
この世界の市場の規模がどの程度のものなのか知らないが、眼の前に広がる光景は俺が想像していた規模を遥かに超えている。
テレビで見た後進国の市場を想像していた。
それ程広くもない道の両側に無許可の屋台が雑然と並び、大勢の人が忙しそうに行き来する様子だ。
だが、俺の眼の前に広がる光景はまったく違う。
東西へ真っすぐに延びる大通り。
人込みのせいで道がどこまで続いているのか判然としないが、それでもゆうに二キロメートル以上の直線道路だというのは分かった。
道幅は馬車四台が並んで通れる程で、大通りの両側に幾つもの屋台が雑然と並ぶ。
活気に溢れる人々に目を奪われた。
広い通りにもかかわらず大勢の人々が押し合いへし合いしている。
「他の街の市場も同じくらいの規模なのか?」
「行商人さんたちのお話だと、ラタの街の市場は近隣の街に比べて十倍以上の規模だそうです」
その言葉を裏付けるように、日用品や食料品、衣類、アクセサリー、さらには武器や防具など日常生活で使われるであろう、思いつく限りの品物が売られていた。
「市場が十倍なら人口もそれなりってことだな」
「それだけ大きな街の代官となると、相応の権力を持っているでしょうね」
十数歩前を歩くロッテに聞こえないよう、小声で会話を始めた。
「衝突せずに逃げるのも手だよな」
「平和的に懐柔って方法もあるわよ」
賄賂か……。盗賊のお宝からなにか適当なものを渡して解決するならそれに越したことはない。
「平和的な解決策を模索しよう」
「それでも無理なら逃亡しましょう」
「いいのか?」
「衝突して犯罪者に仕立て上げられても面倒だし、これだけの規模の街を任される代官が仕事を放りだして小娘一人に執着するとも思えないわ」
まったくだ。
ロッテは確かに美少女だが、彼女と同程度の容姿の女性は他にもいる。
事実、騎士団の詰所からここまで来る間、何人もの目を惹かれる女性とすれ違ったし、いまも美人とすれ違った。
「そうなると厄介なのは中年オヤジの方か」
強欲そうな中年騎士の顔が浮かんだ。
「馬車九台分の盗賊のお宝を、そう簡単に諦めないでしょうね」
「対策は後で考えよう」
ユリアーナをうながして屋台を覗き込んでいるロッテのもとへ駆け寄った。