俺と目が合ったユリアーナがリーゼロッテの言葉を肯定するように小さくうなずいた。
 なるほど、この国では文字の読み書きと計算ができる人材というのは貴重なのか。一応、考えてはいるようだが……。

「目を付けられた相手は街の代官なんだろ? 隣町に逃げたくらいで何とかなるものなのか?」
「どうでしょう? あたしもお代官様から逃げるのはこれが初めてなのでよく分かりません」

 あまり考えていないようだ。

「街の一つや二つ離れたくらいで逃げ切れるとは思えないけどな」
「その代官の執着度合いにもよるでしょうけど、本気で追いかけてくるようなら逃げきれないでしょうね」
「隣町でなく隣国に逃げ込むなら、その代官からも逃げきれるかもしれないな」

 街を一つ二つ隔てたくらいで逃げ切れるなら、世の中は犯罪者で溢れ返るだろう。

「そんな!」

 計画が根底から覆り、絶望がリーゼロッテを襲ったところにユリアーナが追い打ちをかける。

「そもそも、その代官は本当にあなたを狙っているの?」

 それはあんまりじゃないのか?
 もし、彼女の勘違いだったら、この逃亡計画そのものが喜劇にしかならない。
 リーゼロッテが恥ずかしそうに頬を染め、うつむき加減で話しだす。

「孤児院の帳簿確認を手伝っているときもやたらと身体を触られました」

 二歳しか違わない俺ならともかく、大人ならロリコン確定だ。

「お屋敷に来るよう言われたり、無理やり馬車に連れ込まれそうになったりしたのも一度や二度じゃありません」

 世界が変わっても権力者のやることは汚い。俺の中の正義感を何かが刺激する。