夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

 使用できる魔法は元の使用者が使うことができた魔法。つまり、より優れた魔術師から魔法スキルを剥奪すれば、魔道具の使用者は労せずに優れた魔法を使えることになる。

「この辺りに高位の魔法スキルを持ったドラゴンとかいないかな?」

 スキルを剥奪してアイテムに付与できれば、魔法のド素人でも一夜にして世界最高峰の魔術師になれる。
 胸の高鳴りが止まらない。

「探しましょう、ドラゴン! 最強クラスの属性魔法を自由自在に使えれば神聖石の回収も楽になるわね!」

 ユリアーナの瞳が輝く。

「罪深い罪人や悪しき魔物からスキルを奪いましょう。何も魔法スキルに限定する必要はないわ。他に何ができるのか、どんどん実験しましょう!」

 一理ある。罪人や魔物から奪うなら心も痛まない。
 俺は魔道具による己と彼女の強化プランに思いを馳せようとした。だが、昨夜から気になっていたことが不意に脳裏をよぎる。
『楽しくなってきたわー』、と妙に浮かれているユリアーナに言う。

「ところで、昨夜から気になっていたんだが……、入り口のところあった馬車を、中に隠れている盗賊ごと収納しただろ?」
「それがどうしたの?」
「隠れていた場所が積荷の中なんだ」
「は?」
「女の子なんだよ。何て言うか、村娘っぽい恰好をしているんだ。もしかしたら襲われた行商人の同行者じゃないかな?」

 盗賊に襲われたときに積荷の中に隠れた可能性……。状況からしてその線がかなり濃厚な気がしてきた。

「もっと早く言いなさいよ。ともかく、その女の子を一旦出しましょう」

 その顔に浮かれた様子はもうなかった。
 馬車の中に隠れていた少女をベッドの上に横たえた。年の頃は十二、三歳。北欧系の彫りの深い顔立ちで、きめの細かい白い肌と淡い水色の髪が目を惹く。
 端的に言って美少女だ。どことなくホンワカとした感じのする女の子で保護欲をそそられる。ただし、服装はこの上なくみすぼらしい。ツギハギどころが、ところどころ穴の開いたボロ服を着ていた。
 ベッドの上で眠っている少女を覗き込んでいたユリアーナが不意に顔を上げる。

「何で眠っているのよ」

 疑いの眼差しが俺に向けられた。
 錬金工房内の時間を停止せず、隠れていた少女が一晩中怯え、泣きつかれて眠ってしまったと思われたようだ。
 気持ちは分かる。俺も少女が眠っていることが信じられない。

「時間は停止していた」
「もしそうなら、相当図太いわよ、この娘」

 つまり、盗賊に馬車を襲われ仲間が皆殺しにされる中、積荷の中で息を潜めて隠れていたのではなく、隠れて居眠りをしていたことになる。
 ユリアーナが寝息を立てる少女に再び向きなる。

「もしもーし。お嬢さん、起きてください」
「う、ん……」
「起きなさい」

 ユリアーナの語調が強まるが、一向に起きる気配がない。相変わらず幸せそうな寝顔だ。
 少女を起こそうと揺すること数回、ユリアーナがキレた。

「いい加減に起きないさい! これ以上眠り続けると神罰下すわよ!」
「ふぇ……」

 能天気そうな声を発して少女が目を覚ました。
 寝ぼけ眼の少女にユリアーナが聞く。

「あなたは誰?」
「誰! 誰ですか!」

 俺とユリアーナに気付いた少女は驚きと恐怖の表情を浮かべると、怯えたようにベッドの上を後退る。

「君に危害を加えるつもりはないから安心してくれ。俺は神薙修羅、この娘はユリアーナ・ノイマン」

 俺の魂の名前と昨夜急遽決めたユリアーナの偽名を告げた。次いで、簡単に現状を説明しようとする矢先、再びユリアーナが問う。

「あなたは誰?」
「ごめんなさい。悪気はなかったんです」

 引きつった顔で小さな悲鳴を上げたと思ったら、そのままベッドの上で泣き崩れる。
 俺とユリアーナは互いに顔を見合わせた。
「信じられないな」
「信じられないわね」

 俺とユリアーナの声が重なった。

「本当です、嘘は吐いていません」
「嘘を言っているとは思ってない」

 信じられないのはそこじゃない。

「街から逃げだすのに行商人さんの馬車に無断で潜り込んだのは反省しています。信じてください、悪気はなかったんです。他に方法が思いつかなくて……」

 隣街まで三日。三日分の食料を抱えて馬車に潜り込む後先を考えない行動力も信じ難いが、信じられないのは、盗賊に襲撃されたにもかかわらず、積荷に隠れたまま眠ってしまう神経の方だ。
 泣き崩れる少女を落ち着かせてようやく話を聞きだすことができたのが十数分前のこと。
 少女の名はリーゼロッテ・フェルマー。ここから半日の距離にあるラタの街の住民で三日前に十四歳になったばかりだという。
 十一歳のときに両親に先立たれて以来、地元の孤児院で暮らしていたそうだ。だが、最近赴任してきた代官に目を付けられ、身の危険を感じて街からの脱出を図ったのだそうだ。

「それでリーゼロッテはこれからどうするつもりなんだ?」
「取り敢えず隣の街に逃げ込んで、落ち着いたらどこかの商家か商業ギルドの職員として働かせてもらおうと思っていました」

 十四歳の少女がそんな簡単に職に付けるものなのか、と疑問に思っていると、

「あたし、文字の読み書きと計算ができるんです」

 そう言ってリーゼロッテがほほ笑む。
 俺と目が合ったユリアーナがリーゼロッテの言葉を肯定するように小さくうなずいた。
 なるほど、この国では文字の読み書きと計算ができる人材というのは貴重なのか。一応、考えてはいるようだが……。

「目を付けられた相手は街の代官なんだろ? 隣町に逃げたくらいで何とかなるものなのか?」
「どうでしょう? あたしもお代官様から逃げるのはこれが初めてなのでよく分かりません」

 あまり考えていないようだ。

「街の一つや二つ離れたくらいで逃げ切れるとは思えないけどな」
「その代官の執着度合いにもよるでしょうけど、本気で追いかけてくるようなら逃げきれないでしょうね」
「隣町でなく隣国に逃げ込むなら、その代官からも逃げきれるかもしれないな」

 街を一つ二つ隔てたくらいで逃げ切れるなら、世の中は犯罪者で溢れ返るだろう。

「そんな!」

 計画が根底から覆り、絶望がリーゼロッテを襲ったところにユリアーナが追い打ちをかける。

「そもそも、その代官は本当にあなたを狙っているの?」

 それはあんまりじゃないのか?
 もし、彼女の勘違いだったら、この逃亡計画そのものが喜劇にしかならない。
 リーゼロッテが恥ずかしそうに頬を染め、うつむき加減で話しだす。

「孤児院の帳簿確認を手伝っているときもやたらと身体を触られました」

 二歳しか違わない俺ならともかく、大人ならロリコン確定だ。

「お屋敷に来るよう言われたり、無理やり馬車に連れ込まれそうになったりしたのも一度や二度じゃありません」

 世界が変わっても権力者のやることは汚い。俺の中の正義感を何かが刺激する。
「それに、昨夜は怪しい男の人たちにさらわれそうになりました」

 そう言って涙を流しだした。
 決まりだ。悪代官、許すまじ。

「リーゼロッテ、君には三つの選択肢がある。一つは、ここで俺たちと別れて隣国を目指す。もう一つは隣街へと向かう。もう一つは俺たちと一緒にラタの街に戻る」
「お二人と一緒に隣国に向かう、という選択肢はありませんか?」
「あなたねー、慈悲深いあたしでも限界があるわよ」
「ごめんなさい! 希望です、希望を行ってみただけなんです」
「それで、どうするつもり?」
「どうしましょう?」

 小首を傾げるリーゼロッテに、ユリアーナがため息交じりに返した。

「聞いてるのはこっちよ」
「ヒッ、ごめんなさい」
「俺たちは三十一人の盗賊を簡単に倒せる力がある。その悪代官がリーゼロッテに迫ってきても俺が守ってやる」
「え?」

 驚くリーゼロッテの頬がわずかに赤らんだ。
 おや? これは脈ありか?

「このままじゃ他国に逃げない限り、常に悪代官の追手に怯えて暮らさないとならないぞ」
「それは……」
「必ず守る」

 彼女の手を取ると、頬の赤みが増した。
 もう一押しだな。

「リーゼロッテも故郷を離れたくはないだろ?」
「それはそうです、が……」
「俺を信じてくれ。もし、途中で信じられないと思ったら逃げだしてくれて構わない」

 彼女に金貨の入った皮袋を投げる。

「これは?」
「信じられないと思ったときに逃げるための逃亡資金だ」
「信じます! あたし、シュラさんを信じます!」

 身を乗りだして俺の手を強く握り返した。

 背後から聞こえるユリアーナの『ばっかじゃないの』という言葉は聞かなかったことにしよう。
 こうして俺たちの次の目的地が決まった。
 次の目的地向かうにしても事前準備は必要だ。錬金工房から出した椅子を二人に勧めテーブルの上に作成し終えたばかりの装飾品を並べる。

「リーゼロッテは魔法が使えるのか?」
「いえ、使えません」
「そんな君に朗報だ。この指輪をはめるだけで、誰でも属性魔法が使えるようになる」

 テーブルの上から白金の指輪を手に取り、彼女の指にはめた。

「あたし、お金なんて持ってません!」
「お金は要らない。対価は知識。俺たちの知らない事を色々と教えてく欲しい」

 湧きあがった邪な想像を頭の片隅に追いやる。

「え!」
「ちょっと!」

 怯えた表情でリーゼロッテが手を引っ込め、ユリアーナが怒りの形相でテーブルを叩くのが同時だった。

「どうした?」
「いたいけな少女に何を要求するつもりだったの?」

 立ち上ったユリアーナが、椅子の上で震えているリーゼロッテを抱きかかえた。

「誤解しないでくれ、やましい気持ちもなければ、下心もない。本当だ」

 一瞬だけよぎったが口にはだしていないからセーフだ。

「いま、ものすごくいやらしそうな顔をしていたわよ」
「御代官様を思いだしました」

 悪徳代官と一緒かよ! 酷い言われようだな。

「誤解だ。その指輪の説明を聞いてリーゼロッテが驚く顔を想像しただけだ」
「本当でしょうね?」
「女神様に誓う」

 左手を上げてドラマで見た宣誓のポーズをした。
「いいわ、信用しましょう」
「疑ってしまってごめんなさい! あたし、神経質になっていたみたいです。許してください!」

 まだ疑惑を捨てきれていない眼差しのユリアーナとは対照的に、リーゼロッテは心底反省したようで何度も謝罪の言葉を口にした。

「それじゃ、俺の信用が回復したところで話を再開しよう」

 リーゼロッテを真正面から見据える。

「その指輪には地・水・火・風、四種類の属性魔法が付与されている」
「四つ魔法が使えるんですか!」
「四つじゃない。四種類の属性魔法が使えるようになる。一般に出回っている魔道具のように固定された魔法が使えるんじゃなく、属性魔法の才能を持って生まれた人のように、訓練次第で幾つもの魔法が使えるようになる」

 付与したのは盗賊たちから剥奪した地・水・火・風の属性魔法のスキル。

「えーと、よく分かりません」

 この世界に存在しない性能の魔道具なので、すぐには理解できないのも無理はない。

「魔道具は属性魔石を使って、その属性ごとに何か一つの魔法が使えるようになるものだ。だが、この魔道具は特別なものだ」

 俺はリーゼロッテに理解できるよう説明を始めた。

「持っていることも秘密にしないといけないような魔道具だと理解してくれ」
「……シュラさんは神器が作れるんですね」
 
 抑揚のない語調だ。それに目の焦点があっていない。いまなら何を言っても疑問の声をあげることなく受け入れてくれそうだ。
 ユリアーナに視線を向けると、同意するように小さくうなずいた。
「そんな便利な指輪があと二つある」

 一つをユリアーナに指輪を差しだす。
 これで属性魔法のスキルがない俺とリーゼロッテは魔道具の力を借りて属性魔法が使えるようになる。ユリアーナは失われた女神の力に頼らずに強力な属性魔法が使えるようになる。

「でも、よく同じ形のものが三つもあったわね」
「形状を変えた。元の持ち主の関係者が現れて、盗賊に奪われた品だなんて騒がれても嫌だからな」

 犯罪組織が盗んだ宝石を加工しなおして足がつかないようにするのと同じだ。

「この世界じゃ、盗賊が奪った品の所有権が討伐者に移るのは普通のことよ」
「俺の気分の問題だ」

 ユリアーナの『小心者ね』との言葉を聞かなかったことにして話題を変える。

「そんなことよりも、試しみなくていいのか?」

 結果。

「予想通りだ」

 口では平静を装っているが、内心では今にも歓喜の叫び声を上げそうだ。対してユリアーナは驚愕を隠せずにいる。
 リーゼロッテに至っては殻を閉ざしたようにブツブツとなにかつぶやいて自分の世界に入り込んでいた。

「予想通りって……、これを予想していたっていうの?」

 錬金工房の主である俺だけが予想できたことなのだろう。
 事実、魔道具を使用するまで、ユリアーナでさえ予想していなかったのがその表情と口調から分かる。

 指輪に付与した魔法スキルは地・水・火・風の四つの属性魔法のスキル。
 属性魔石と違い魔法スキルの付与では、地・水・火・風それぞれの属性で複数の魔法が使用できた。