夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

 程なく街道に到着した俺たちは路面の様子を確認すると、幾つもの馬蹄と轍の跡がすぐに目に付いた。

「割と新しい轍の跡が幾つもあるから、頻繁に使われている街道みたいだな」
「轍の跡も結構深いし、隊商か行商が最近通ったのかもしれないわね」

 そのことから、ユリアーナはそう離れていないところに、ある程度の大きさの街があると推測した。

「今夜はあの辺りで野営しましょう」

 街道から百メートル程離れたところにある平地を指さした。

「野営の準備って何をすればいいんだ?」
「先ず火よ」

 ユリアーナはそう言うと、昼食でクマの肉を焼くのに作った、石でできた釜戸と薪の残りを異空間収納から取り出した。
 そして、石の釜戸に薪をくべながら言う。

「たっくんは寝床を用意して」
「寝床? 街道脇の草でも集めるのか?」
「錬金工房でベッドを作って頂戴。それが終わったら椅子とテーブルをお願いね」
「OK」

 道中、狩った鳥やイノシシはもちろん、目に付いた巨木や岩など幾つも収納していた。俺は錬金工房内にあるそれらの素材に意識を集中して作成を始める。

「料理はあたしに任せなさない。夕食は鳥肉よ」
「焼いただけの肉だろ」

 昼食がまさにそれだった。料理でも何でもない。何の味付けもせずにクマ肉を焼いただけだ。

「贅沢は敵よ。少なくとも街で塩を手に入れるまでは我慢しなさい」
「街に着いたら料理屋に入らないか?」

 この世界の標準的な料理を口にしてみたい、という好奇心が不意に湧きあがった。

「その前に金策ね」
「もしかして無一文なのか?」
「今はお金がないけど、そのベッドを売れば当面の生活費くらいにはなりそうね」

 クマの毛皮と大木を素材に錬金工房で作成した二台のベッドを見ながら満足げに言った。

 俺としてはベッドよりも食欲をそそる鳥肉の焼ける音と匂いが気になる。
 昼食のクマ肉よりは期待できそうだ。
 たったいま作成した椅子とテーブルを取り出し、同じように木から削りだした皿とコップ、スプーンとフォークを並べた。

 鳥肉を皿に取り分けながら、思いだしたようにユリアーナが口にした。

「途中で食べられそうな野草や果物を採取してくるんだったわ」
「それを言うなら、せめて香草だけでも取ってくるんだった」

 素材の味しかしない鳥肉にかぶり付いた。
 食事を終えたタイミグで、俺はゴブリンが持っていた碁石程の大きさの石をテーブルに置いた。

「鑑定で『闇属性の魔石』とでた」

 正確には錬金工房の能力の一つで、収納したモノを鑑定することができた。利用用途を聞こうとする矢先、彼女が先回りするように答える。

「闇魔法の魔道具が作れるわ」
「例えば?」
「剣に毒の魔法を付与すれば、斬り付けた敵を毒状態にできる」

 準備や後始末など多少の面倒はあるが、剣に毒を塗れば十分な気がする。

「毒だけなのか?」
「魔石の質や大きさにもよるけど、この大きさなら毒の他に、麻痺や睡眠も可能かもね」

 あまり魅力は感じられないが、錬金工房の実験にはなる。

「昼間収納したゴブリンにスキルを持っている個体が三匹いた。火魔法、頑強、そして狙撃と頑強の二つだ」
「頑強は先天的なスキルね。魔法と狙撃はどちらも後天的なスキルよ」
「ちょっと待ってくれ。魔法は生まれ持った才能やスキルじゃなく、後から習得できるのか?」
「できるわよ。ただし、『魔法の才』がないと習得に時間もかかるし、たとえ習得しても発動効果はたかが知れているわね」

 先天的な魔法の才能がなくても魔法は習得できるが才能のある者には遠く及ばない。

「般的に生活魔法と呼ばれている、魔力さえあれば使える魔法がそれね。魔術師と呼ばれる人たちは、何らかの魔法の才を持って生まれた人たちよ」

 戦うのに不十分でも魔法が使えると言うだけで十分に魅力的だ。
 あとで魔法を教えてもらおう。

「そこで発達したのが魔道具よ。魔力さえあれば何の訓練なしで属性魔法が使えるわ。しかも、強力な魔道具ならスキル所持者とそん色ない魔法を使うことも可能よ。ただし、強力な魔道具は簡単には作れないから希少で高額だけどね」

 強力な魔道具を自作すれば解決するわけだ。
 湧きあがる高揚感を抑えて話題を戻す。
「ゴブリンが持っていたスキルを錬金工房のスキルで剥ぎ取ることができた」
「え……?」
「剥ぎ取ったスキルは素材として保管できる」
「なに言ってんの? そんなことできる訳ないでしょ……」

 生きた魔物からスキルを奪って他のアイテムや生物に付与しなおす。
 薄々予想していたが、普通ではないらしい。

「他のゴブリンに付与しなおすこともできた」
「もしそれが本当だとしたら、とんでもない能力ね。怪物を作りだすことが出来てしまうわ」

 ユリアーナの表情が強ばる。
 彼女が何を心配しているのか直感的に分かった。力を求めて力におぼれる、心の弱い者の未来。

「怪物を作ることは出来るかもしれないけど、俺自身が怪物になることは出来ないんだ。付与できるのは錬金工房の中だけで、俺自身は錬金工房の中に入れないからな」

『残念』と少しおどけて微笑む。

「本当残念ね。最強の助手を手に入れ損ねたわ」

 彼女が胸を撫で下ろした。
「人が近づいてくるわ。人数は七人」

 ユリアーナが東へと延びる街道の先に視線を向けた。俺もそちらを見るが、それらしい人影は見えない。

「二キロメートル以上先よ」

 人間は魔力があるから魔力感知に引っかかったのか。

「魔力感知で魔物と人間の区別がつくんだな」
「人間と亜人族との区別はつかないけど、魔物か人族かくらいは何となくね」
「結構な速度で近づいてくるから馬に乗っているのかも」
「こっちの世界の人間との初めての接触か」
「こんな時間に馬を駆けさせているってことは何かあったのかしら……?」

 声音から警戒しているのが分かる。

「この状況は不味いんじゃないのか?」

 旅人が持ち歩きそうにない、椅子とテーブル、ベッドや釜戸を視線で示す。
 異空間収納はレアなスキルだと言っていたし、収納量は魔力量に比例するとも言っていた。相手がどんな人間なのか分からない以上、不用意に情報を与えるのは避けた方がいいだろう。

「ひと先ず、ベッドやテーブルは片付けた方がよさそうね」
「OK」

 旅人が持ち歩きそうにない椅子とテーブル、ベッドを片付け、イノシシの皮を加工してリュックサックを二つ作成する。
 その間にユリアーナが釜戸を片付け、それらしい焚火を用意した。
 甚だ軽装だが、二人の旅人の出来上がりである。

 程なくして馬蹄の音が響き、騎乗した七人の男たちが姿を現した。
 男たちは全員が剣や槍で武装している。

「盗賊ね」

 ユリアーナが言い切った。
 人を外見で判断するのは反対だが、今回ばかりは彼女に賛成だ。七人の男たちは抜き身の剣を手に俺たちに近付いてくる。

 対する俺とユリアーナは丸腰だ。

 焚火の明かりで盗賊たちの表情が見て取れる。
 下卑た笑いと言うのはあんなのを言うんだろうな。見本のような笑みに嫌悪感を覚える。

「こりゃ大当たりだ」

 焚火の炎に照らしだされたユリアーナを見た男たちが、口々に下品な言葉を並べ立てる。

「ちょっと若すぎるが美人じゃねぇか」
「若すぎるのが趣味だっていう貴族や金持ちは大勢いるから大丈夫だ」
「むしろそっちの方が高く売れるってもんだ」

 これまで感じたことのない感情が俺を襲う。
 自分の連れの女の子に下品な言葉を投げかけられることが、これ程までに不快なことだと初めて知った。
「さっき攫った村娘みたいに、なぶり殺したりするんじゃねえぞ」
「アジトに連れ帰って数日楽しもうとおもったのによー」
「まったくだ。お前はやり過ぎるんだよ」

 頭の禿げあがった年配の男が左の頬に傷のある若い男を小突くと、

「勘弁してくださいよ。今度は殺さないようにしますから」

 そう言って悪びれるようすもなく笑った。
 こいつら、近隣の村から娘を攫ってなぶり殺しにしたのかよ。

 沸々と怒りが込み上げてくる。
 それはユリアーナも同じだった。

「神罰を下しましょう」
「俺たちに何か用ですか?」

 彼女の抑揚のない静かなささやきと、爆発しそうになる感情を抑えた俺の声とが重なった。

「このガキ、大人に対する口の利き方も知らねえみてえだな」
「ちーっと、躾をしてやるか」

 男たちの間から下品な笑い声が上がった。

「それじゃ、逃げらんねえように脚を切り落とすか!」

 突然、一人が大声を上げると、これ見よがしに剣で焚火の明かりを反射させた。
 威嚇のつもりなんだろうな。
 視線でユリアーナに合図を催促するのと別の男が声を上げるのが同時だった。

「待てよ、男の方も可愛らしい顔してんじゃねか」
「傷物にするなよ、値が下がるからな」
「どっちも高く売れそうじゃねえか」

 男たちが上機嫌で笑う。

「たっくん、大丈夫?」
「問題ない」

 七人全員、いつでも錬金工房に収納できることを告げた。

 初めて生きた人間を収納することになりそうだが、俺の精神状態は極めて落ち着いている。
 むしろ『さっさと視界から消したい』、という感情が急速に膨れ上がっていく。

「たっくん、顔が怖いわよ」

 俺は口元を引き締めて彼女にささやく。
「もう十分だろ?」
「まだよ。言質を取ってからね」

 文字通り女神様の愛らしい笑みだ。

「あたしたちをどうする気かしら?」

 そう言葉を発したときには、たった今、俺に向けられた愛らしい笑みは消えていた。そこにあったのは酷薄な笑み。

「まずは俺たちのお屋敷にご招待だ。そこでたっぷりと楽しんでもらったら街へ連れてってやるよ」

 何が待ち受けているのか容易に想像ができるような言葉をわざと選んでいる。
 彼女が怯えるのを見て楽しむつもりなのだろう。

「そっから先は貴族や金持ちの商人のところだ」
「もしかしたら外国に連れてってもらえるかもな」

 盗賊たちの下品な笑い声が沸き起こる。
 大声で笑う盗賊たちにユリアーナが冷笑を浴びせた。

「あなたたちは人さらいね? あたしたちを奴隷商人に売るつもりなんでしょ?」
「良くできました」
「お嬢ちゃんはこっちのガキと違って賢いな」
「たっくん、やっちゃって」

 盗賊たちの笑い声が響くかな、ユリアーナのささやきが俺の耳に届いた。
 次の瞬間、笑い声もろとも盗賊たちが消える。

「終わったよ」
「ご苦労様」
「こいつらどうする?」
「情報を聞き出したいから、取り敢えず拘束した状態で一人吐き出してくれる?」
「アジトを襲撃するのか?」

 自分でも声が弾んでいるのが分かる。
 俺は武装解除した盗賊の一人を手枷と足枷をで身動きできない状態にして地面に転がした。

「なんだ? てめえら、何をしやがった!」
「これからあなたに質問をするから正直に答えてね」

 ユリアーナが楽しそうに告げた。

「おい、お前らこいつらを痛めつけろ!」

 自由にならない手足を必死に動かして大声を張り上げた。
 状況が把握できていないようだな。
 この男にある最後の記憶は、武装した仲間たちで俺とユリアーナを囲んで笑っていた瞬間なのだから無理もない。

「誰もいないぞ」

 地面に転がった男は初めて周囲を見回す。

「皆、あなたを見捨てて逃げていったわよ」

 男が顔を蒼ざめさせた。
 自分が独り取り残され、拘束されていることをようやく理解したようだ。
 盗賊はアジトの場所と戦力をあっさりと白状した。

「所詮、盗賊。命を対価に脅せば、義理も根性も罪の意識すらないから簡単に口を割るわよ」

 彼女の言葉通りだった。自分の命惜しさにベラベラとしゃべる。
 こちらが聞いてもいない情報まで教えてくれた。

「さあ、盗賊のアジトに乗り込むわよ!」

 盗賊のアジトを急襲しようとかけ声をかけたのが十分程前のこと。
 俺とユリアーナの口から洩れたのは諦めの言葉だった。

「そろそろやめないか? これ以上時間を無駄にするわけにはいかない」
「そうね、ちょっとハードルが高かったかもね」

 荒ぶる二頭の馬を錬金工房に収納した。
 聞きだした連中のアジトに馬で駆け付けようとしたのだが……、それが大きな間違いだった。一度も乗馬なんてしたことがないのに何故乗れると思ったのだろう。
 他人のせいにするつもりはないが、ユリアーナの軽いノリに惑わされた気がしてならない。
『乗ったことはないけど、見たことはあるんだし、何とかなるでしょ』とはユリアーナ。
 結局、なんともならなかった。

「歩くしかなさそうね」

 盗賊たちのアジトはここから五キロメートル程先にある洞窟。
「ユリアーナ、提案と言うか相談がある」
「歩くのが嫌だとか言わないでよ。盗賊を掴まえて騎士団に突きだしたら報奨金が貰えるのよ」

 先程の尋問で、盗賊団のボスを含めた五人の盗賊たちに賞金がかかっていることを聞きだしていた。さらに盗賊が盗んだ財産は討伐した者に所有権が移ることも確認済みだ。

「先立つものは必要だし、善行を積んで大金を得られるんだから反対するつもりはない」
「じゃあ、歩きましょう」
「盗賊の持っているスキル」

 そこで言葉を切ると、案の定ユリアーナが即座に反応した。

「何か面白そうなスキルでもあったの?」
「全員、公用語のスキルを持っていた」
「当たり前じゃない」
「そのスキルを馬に付けられないかな?」

 声帯が違うからしゃべることはできなくても、こちらの命令を正しく理解することができるようになるかもしれない。
 理解できれば俺たちでも馬に乗れるはずだ。
 公用語を理解できなくなった盗賊の末路を想像すると若干の罪悪感を覚えるが、これも因果応報と諦めてもらおう。
 振り返ったユリアーナの口元に笑みが浮かぶ。

「盗賊が公用語を理解できるよりも、馬が公用語を理解できる方がずっと価値があるわ」

 予想はしていたが迷いがない。

「言いだしておいて何だが、反対しないんだな」
「公用語スキルを失った盗賊には、女神であるあたしから感謝の祈りを贈りましょう」

 胸の前で両手を組むと静かに目を閉じる。

「それだけ?」
「過分な同情は禁物よ」

 俺は盗賊の公用語語スキルの剥奪を試みることにした。
「そろそろ馬を降りて歩きましょう」

 馬を並走させるユリアーナの声が馬蹄に交じって響いた。俺は彼女の言葉にうなずいて馬に語りかける。

「よし、もういいぞ。止まってくれ」
「いい子ねー。他の馬よりもたくさんの飼葉を食べさせてあげるからね」

 盗賊から剥ぎ取った公用語スキルを馬に付与することで、乗馬の経験がない俺たちでも容易く馬をあつかえた。

「飼葉は村か街に着いたら買ってやるからな」
「盗賊のアジトに行けば飼葉くらいあるわよねー」

 すると小さないななきを上げて二頭の馬が大きくうなずいた。
 俺は二頭の馬を錬金工房に収納し、盗賊のアジトがあるという岩場に目を凝らす。
 アジトまで一キロメートル余。身体強化で視力を強化しても、月明りの下では有用な情報は得られないか。
 諦める俺の隣でユリアーナが言う。

「二十五人いるわ」
「あの盗賊、嘘を吐いたのか?」

 尋問した盗賊の情報ではアジトにいる仲間は二十四人だと言っていた。

「頭悪そうだったし、単純に人数を数え間違えただけじゃないの」

 そう言いなが彼女は月明りの岩場に目を凝らす。