「街道よ、見える?」

 耳元でユリアーナの軽やかな声が響いた。
 彼女が指さす先、樹々の間から明らかに森や草原とは違う、乾いたむき出しの地面がわずかに見える。あと十数分も歩けば到着する距離だ。

「最初はどうなることかと思ったが、日が暮れる前に森を抜けられるな」

 移動を開始する直前、飛行能力で上空から周囲を確認したユリアーナとの会話が蘇る。

 地上から百メートル程の高さで、フワフワと浮いているユリアーナが言う。

「町も村も見えないわねー」
「もっと高く飛べないのか!」

 地上から声を張り上げた。

「低レベルの飛行能力、って言ったでしょ。これが限界なの」
「山小屋とか街道も見えないのか」
「ちょっと! のぞかない、って約束したでしょ」
「微妙に見えないから安心しろ」

 風でスカートが揺れるが膝の上あたりまでしか見えない。想像は掻き立てられるが充分セーフの範囲だ。

「本当でしょうね?」

 ゆっくりと降下してきた彼女が疑わしげな眼差しを向けた。

「俺だって、のぞき見で神罰なんか下されたくないからな」

 これは本音だ。
 彼女は『まあいいわ』、と軽く流すと、

「取り敢えず樹々がまばらになっている南を目指しましょう」

 迷いなく言い切ったのが数時間前のこと。

「随分と時間がかかったな」

 赤く染まりだした西の空を見る。

「身体強化を使わなかったら、今日中にたどり着けなかったでしょうね」
「終始発動させっぱなしっていうは、精神的にも疲れるんだな」
「精神的な疲労感は魔法障壁を展開しているからよ」

 道中、俺は魔力による身体強化と同時に、魔力で身体全体を覆う練習も並行して行っていた。
 それが魔法障壁だ。魔法障壁は魔法攻撃と物理攻撃の両方に対してダメージを軽減する効果がある。
 一般的には戦闘時に展開するものなのだが、今回は訓練を兼ねて身体強化と一緒に終始発動させて移動していた。