夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「さっき、飛行能力があるとか言ってたろ? なら、俺を抱えて飛べば魔物に遭遇しなくてすむんじゃないのか?」
「空を飛ぶ魔物だっているわよ。それにたっくんを抱えて飛ぶなんて無理よ。今のあたしが持っているのは低レベルの飛行能力だもの」
「でも、上空から街を探すくらいはできるんじゃないのか?」

 大まかな方向が分かるだけでも、無闇に森の中を歩き回るより安全で確実だ。

「エッチ」
「何を言っているんだ?」
「あたしを宙に浮かせて、下から覗くつもりなんでしょ」

 恥ずかしそうに頬を染めるユリアーナに俺の心臓が再び大きく跳ねた。

「しないって! そんなことする訳ないだろ!」
「ふーん。怪しい……」

 ほんのりと頬を染めた彼女が上目遣いで見つめる。
 疑惑の眼差しだと分かっていても、心臓がまるで早鐘を打つように高鳴る。

「違うから。やましいことは考えてないからな。俺は純粋にお互いの弱点を補えあればと考えただけだから」

 自分でもしどろもどろになっているのが分かる。

「そう言うことにしておいてあげる」
「そう言うこと、ってなんだよ」

 なおも抗弁しようとする俺の言葉を遮る。

「この話はここまでよ。少し離れているけど雑魚が集まってきたわ」
「魔物か?」

 ユリアーナが神妙な顔でうなずいた。
 ユリアーナの視線の先に意識を集中する。

「無理よ。まだ視認できる距離じゃないわ」
「どうして分かったんだ?」
「魔力感知よ。さっきのクマは魔力がなかったから、近付かれるまで分からなかったけど、魔物は魔力があるから分かるの」

 魔力専用のセンサーみたいなものか。

「距離は?」
「およそ一キロメートル。敵はまだこちらに気付いていない、と思う」

 俺は取り込んだ樹木で全身が隠れる大きさの盾を二つ作成し、一つをユリアーナに差しだす。

「少しはマシだろ」
「ありがとう」

 お礼の言葉に続いて彼女が言う。

「隠れてやり過ごすか先制攻撃をかけるかよ」
「先制攻撃を仕掛けよう」
「敵の正体が分からないのに?」
「こちらが敵の正体を確認する手段は視認しかないんだ。もし敵が犬やオオカミみたいに鼻が利く魔物だったり、聴覚が異様に優れた魔物だったりしたら、隠れても発見される可能性が高いんじゃないのか?」
「ええ、それはそうだけど……」

 ユリアーナが不安そうに言い淀む。

「だったら見えるところまで近づこう」
「その選択肢は身体強化をそれなりに使えるようになってからにして欲しかったわ」
「百メートルだ。百メートルまで近寄ることができれば、錬金工房に収納することができる」

 クマを生きたまま収納できたのだ。それが魔物だとしても生きた状態で収納できるはずだ。
 俺の言わんとしていることを理解したのか、ユリアーナが静かに首肯する。

「いいわ、やりましょう」

 俺たち二人は、ユリアーナの魔力感知を頼りに風下から敵の側面へと回り込むように近付いて行く。
 しばらく進んだところで彼女の動きが止まった。

「ゴブリンよ」

 その視線の先を見ると、深緑色の皮膚をした小柄な魔物が周囲を警戒しながら進んでいた。

「数は分かるか?」
「魔力感知に引っ掛かったのは十二匹」
 自分自身が敵の位置を把握できていないことに多少の不安はあったが、恐怖で足がすくむこともなければ混乱することもなかった。
 普段以上に頭が冴えているのが分かる。

「本当に一人で大丈夫?」
「問題ない」
「弓矢を持っているのが三匹と片手剣を手にしているのが二匹」

 彼女の視線の先に目を凝らした。

「その五匹を視認した」

 言葉と同時に錬金工房を発動させる。
 弓矢を手にした三匹のゴブリンとその両側を歩いていた二匹のゴブリンを瞬時に取り込んだ。
 成功したことに俺は胸を撫で下ろす。

「鮮やかなものね」

 感嘆の声に続いて、ゴブリンの位置を知らせるささやきが耳に届く。

「左の方に三匹。もうすぐ茂みから出てくる」

 的確な指示だ。
 すぐに三匹のゴブリンが茂みから姿を現し、そして消える。
 突然ゴブリンたちが騒ぎ出した。

「異変に気付いたようね」

「ユリアーナはゴブリンだけでなく、周辺を警戒してくれ」
「言うじゃないの」

 そう言って口角を吊り上げると、

「任せてちょうだい」

 愛くるしい大きな目でウィンクをした。それとほぼ同時に四匹のゴブリンが姿を現す。
 残ったゴブリンたちは周囲を警戒しているというよりも、何が起きたのか分からずに慌てふためいているように見える。

「警戒していても慌てふためいても一緒なんだけどな」

 独り言を口にしながら残る四匹のゴブリンを錬金工房へと取り込んだ。
「街道よ、見える?」

 耳元でユリアーナの軽やかな声が響いた。
 彼女が指さす先、樹々の間から明らかに森や草原とは違う、乾いたむき出しの地面がわずかに見える。あと十数分も歩けば到着する距離だ。

「最初はどうなることかと思ったが、日が暮れる前に森を抜けられるな」

 移動を開始する直前、飛行能力で上空から周囲を確認したユリアーナとの会話が蘇る。

 地上から百メートル程の高さで、フワフワと浮いているユリアーナが言う。

「町も村も見えないわねー」
「もっと高く飛べないのか!」

 地上から声を張り上げた。

「低レベルの飛行能力、って言ったでしょ。これが限界なの」
「山小屋とか街道も見えないのか」
「ちょっと! のぞかない、って約束したでしょ」
「微妙に見えないから安心しろ」

 風でスカートが揺れるが膝の上あたりまでしか見えない。想像は掻き立てられるが充分セーフの範囲だ。

「本当でしょうね?」

 ゆっくりと降下してきた彼女が疑わしげな眼差しを向けた。

「俺だって、のぞき見で神罰なんか下されたくないからな」

 これは本音だ。
 彼女は『まあいいわ』、と軽く流すと、

「取り敢えず樹々がまばらになっている南を目指しましょう」

 迷いなく言い切ったのが数時間前のこと。

「随分と時間がかかったな」

 赤く染まりだした西の空を見る。

「身体強化を使わなかったら、今日中にたどり着けなかったでしょうね」
「終始発動させっぱなしっていうは、精神的にも疲れるんだな」
「精神的な疲労感は魔法障壁を展開しているからよ」

 道中、俺は魔力による身体強化と同時に、魔力で身体全体を覆う練習も並行して行っていた。
 それが魔法障壁だ。魔法障壁は魔法攻撃と物理攻撃の両方に対してダメージを軽減する効果がある。
 一般的には戦闘時に展開するものなのだが、今回は訓練を兼ねて身体強化と一緒に終始発動させて移動していた。
 程なく街道に到着した俺たちは路面の様子を確認すると、幾つもの馬蹄と轍の跡がすぐに目に付いた。

「割と新しい轍の跡が幾つもあるから、頻繁に使われている街道みたいだな」
「轍の跡も結構深いし、隊商か行商が最近通ったのかもしれないわね」

 そのことから、ユリアーナはそう離れていないところに、ある程度の大きさの街があると推測した。

「今夜はあの辺りで野営しましょう」

 街道から百メートル程離れたところにある平地を指さした。

「野営の準備って何をすればいいんだ?」
「先ず火よ」

 ユリアーナはそう言うと、昼食でクマの肉を焼くのに作った、石でできた釜戸と薪の残りを異空間収納から取り出した。
 そして、石の釜戸に薪をくべながら言う。

「たっくんは寝床を用意して」
「寝床? 街道脇の草でも集めるのか?」
「錬金工房でベッドを作って頂戴。それが終わったら椅子とテーブルをお願いね」
「OK」

 道中、狩った鳥やイノシシはもちろん、目に付いた巨木や岩など幾つも収納していた。俺は錬金工房内にあるそれらの素材に意識を集中して作成を始める。

「料理はあたしに任せなさない。夕食は鳥肉よ」
「焼いただけの肉だろ」

 昼食がまさにそれだった。料理でも何でもない。何の味付けもせずにクマ肉を焼いただけだ。

「贅沢は敵よ。少なくとも街で塩を手に入れるまでは我慢しなさい」
「街に着いたら料理屋に入らないか?」

 この世界の標準的な料理を口にしてみたい、という好奇心が不意に湧きあがった。

「その前に金策ね」
「もしかして無一文なのか?」
「今はお金がないけど、そのベッドを売れば当面の生活費くらいにはなりそうね」

 クマの毛皮と大木を素材に錬金工房で作成した二台のベッドを見ながら満足げに言った。

 俺としてはベッドよりも食欲をそそる鳥肉の焼ける音と匂いが気になる。
 昼食のクマ肉よりは期待できそうだ。
 たったいま作成した椅子とテーブルを取り出し、同じように木から削りだした皿とコップ、スプーンとフォークを並べた。

 鳥肉を皿に取り分けながら、思いだしたようにユリアーナが口にした。

「途中で食べられそうな野草や果物を採取してくるんだったわ」
「それを言うなら、せめて香草だけでも取ってくるんだった」

 素材の味しかしない鳥肉にかぶり付いた。
 食事を終えたタイミグで、俺はゴブリンが持っていた碁石程の大きさの石をテーブルに置いた。

「鑑定で『闇属性の魔石』とでた」

 正確には錬金工房の能力の一つで、収納したモノを鑑定することができた。利用用途を聞こうとする矢先、彼女が先回りするように答える。

「闇魔法の魔道具が作れるわ」
「例えば?」
「剣に毒の魔法を付与すれば、斬り付けた敵を毒状態にできる」

 準備や後始末など多少の面倒はあるが、剣に毒を塗れば十分な気がする。

「毒だけなのか?」
「魔石の質や大きさにもよるけど、この大きさなら毒の他に、麻痺や睡眠も可能かもね」

 あまり魅力は感じられないが、錬金工房の実験にはなる。

「昼間収納したゴブリンにスキルを持っている個体が三匹いた。火魔法、頑強、そして狙撃と頑強の二つだ」
「頑強は先天的なスキルね。魔法と狙撃はどちらも後天的なスキルよ」
「ちょっと待ってくれ。魔法は生まれ持った才能やスキルじゃなく、後から習得できるのか?」
「できるわよ。ただし、『魔法の才』がないと習得に時間もかかるし、たとえ習得しても発動効果はたかが知れているわね」

 先天的な魔法の才能がなくても魔法は習得できるが才能のある者には遠く及ばない。

「般的に生活魔法と呼ばれている、魔力さえあれば使える魔法がそれね。魔術師と呼ばれる人たちは、何らかの魔法の才を持って生まれた人たちよ」

 戦うのに不十分でも魔法が使えると言うだけで十分に魅力的だ。
 あとで魔法を教えてもらおう。

「そこで発達したのが魔道具よ。魔力さえあれば何の訓練なしで属性魔法が使えるわ。しかも、強力な魔道具ならスキル所持者とそん色ない魔法を使うことも可能よ。ただし、強力な魔道具は簡単には作れないから希少で高額だけどね」

 強力な魔道具を自作すれば解決するわけだ。
 湧きあがる高揚感を抑えて話題を戻す。
「ゴブリンが持っていたスキルを錬金工房のスキルで剥ぎ取ることができた」
「え……?」
「剥ぎ取ったスキルは素材として保管できる」
「なに言ってんの? そんなことできる訳ないでしょ……」

 生きた魔物からスキルを奪って他のアイテムや生物に付与しなおす。
 薄々予想していたが、普通ではないらしい。

「他のゴブリンに付与しなおすこともできた」
「もしそれが本当だとしたら、とんでもない能力ね。怪物を作りだすことが出来てしまうわ」

 ユリアーナの表情が強ばる。
 彼女が何を心配しているのか直感的に分かった。力を求めて力におぼれる、心の弱い者の未来。

「怪物を作ることは出来るかもしれないけど、俺自身が怪物になることは出来ないんだ。付与できるのは錬金工房の中だけで、俺自身は錬金工房の中に入れないからな」

『残念』と少しおどけて微笑む。

「本当残念ね。最強の助手を手に入れ損ねたわ」

 彼女が胸を撫で下ろした。
「人が近づいてくるわ。人数は七人」

 ユリアーナが東へと延びる街道の先に視線を向けた。俺もそちらを見るが、それらしい人影は見えない。

「二キロメートル以上先よ」

 人間は魔力があるから魔力感知に引っかかったのか。

「魔力感知で魔物と人間の区別がつくんだな」
「人間と亜人族との区別はつかないけど、魔物か人族かくらいは何となくね」
「結構な速度で近づいてくるから馬に乗っているのかも」
「こっちの世界の人間との初めての接触か」
「こんな時間に馬を駆けさせているってことは何かあったのかしら……?」

 声音から警戒しているのが分かる。

「この状況は不味いんじゃないのか?」

 旅人が持ち歩きそうにない、椅子とテーブル、ベッドや釜戸を視線で示す。
 異空間収納はレアなスキルだと言っていたし、収納量は魔力量に比例するとも言っていた。相手がどんな人間なのか分からない以上、不用意に情報を与えるのは避けた方がいいだろう。

「ひと先ず、ベッドやテーブルは片付けた方がよさそうね」
「OK」

 旅人が持ち歩きそうにない椅子とテーブル、ベッドを片付け、イノシシの皮を加工してリュックサックを二つ作成する。
 その間にユリアーナが釜戸を片付け、それらしい焚火を用意した。
 甚だ軽装だが、二人の旅人の出来上がりである。

 程なくして馬蹄の音が響き、騎乗した七人の男たちが姿を現した。
 男たちは全員が剣や槍で武装している。

「盗賊ね」

 ユリアーナが言い切った。
 人を外見で判断するのは反対だが、今回ばかりは彼女に賛成だ。七人の男たちは抜き身の剣を手に俺たちに近付いてくる。

 対する俺とユリアーナは丸腰だ。

 焚火の明かりで盗賊たちの表情が見て取れる。
 下卑た笑いと言うのはあんなのを言うんだろうな。見本のような笑みに嫌悪感を覚える。

「こりゃ大当たりだ」

 焚火の炎に照らしだされたユリアーナを見た男たちが、口々に下品な言葉を並べ立てる。

「ちょっと若すぎるが美人じゃねぇか」
「若すぎるのが趣味だっていう貴族や金持ちは大勢いるから大丈夫だ」
「むしろそっちの方が高く売れるってもんだ」

 これまで感じたことのない感情が俺を襲う。
 自分の連れの女の子に下品な言葉を投げかけられることが、これ程までに不快なことだと初めて知った。
「さっき攫った村娘みたいに、なぶり殺したりするんじゃねえぞ」
「アジトに連れ帰って数日楽しもうとおもったのによー」
「まったくだ。お前はやり過ぎるんだよ」

 頭の禿げあがった年配の男が左の頬に傷のある若い男を小突くと、

「勘弁してくださいよ。今度は殺さないようにしますから」

 そう言って悪びれるようすもなく笑った。
 こいつら、近隣の村から娘を攫ってなぶり殺しにしたのかよ。

 沸々と怒りが込み上げてくる。
 それはユリアーナも同じだった。

「神罰を下しましょう」
「俺たちに何か用ですか?」

 彼女の抑揚のない静かなささやきと、爆発しそうになる感情を抑えた俺の声とが重なった。

「このガキ、大人に対する口の利き方も知らねえみてえだな」
「ちーっと、躾をしてやるか」

 男たちの間から下品な笑い声が上がった。

「それじゃ、逃げらんねえように脚を切り落とすか!」

 突然、一人が大声を上げると、これ見よがしに剣で焚火の明かりを反射させた。
 威嚇のつもりなんだろうな。
 視線でユリアーナに合図を催促するのと別の男が声を上げるのが同時だった。

「待てよ、男の方も可愛らしい顔してんじゃねか」
「傷物にするなよ、値が下がるからな」
「どっちも高く売れそうじゃねえか」

 男たちが上機嫌で笑う。

「たっくん、大丈夫?」
「問題ない」

 七人全員、いつでも錬金工房に収納できることを告げた。

 初めて生きた人間を収納することになりそうだが、俺の精神状態は極めて落ち着いている。
 むしろ『さっさと視界から消したい』、という感情が急速に膨れ上がっていく。

「たっくん、顔が怖いわよ」

 俺は口元を引き締めて彼女にささやく。