夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

 巨体が眼前に迫った。
 五十メートル。
 間に合わない! そう思った瞬間、身体強化とは別の力を感じる。その力に意識を集中すると自分が持つ力を一瞬で理解した。

「これが、俺の力……」

 高揚感が湧き上がる。自然と口元が綻ぶのが分かった。

「……錬金工房」
「たっくん? ちょっと、大丈夫なの!」

 迫る巨体と凶悪な眼光に女神が悲鳴にも似た声を上げた。

「安心しろ。ただの猛獣なんて俺の敵じゃない」

 恐怖心と高揚感がない交ぜとなって襲ってくる。

「来るわよ!」

 巨体に似合わぬスピード。
 瞬く間に距離が詰まる。眼前に迫った猛獣が咆哮を上げて後ろ足で立ち上がった。

「問題ない」

 自分のものとは思えない程落ち着いた声が静かに響いた。
 凶悪な前足が俺へと向かって振り下ろされるタイミングで錬金工房を発動させる。

「消えた!」

 俺たちの眼前から脅威が消えた。
 驚きの声を上げたままその場で硬直するユリアーナに声をかける。

「さ、片付いたぞ」
「何を、したの……?」

 疑問と狼狽がない交ぜとなった表情がうかがえる。

「錬金工房の中にクマみたいなヤツを収納した。さっきユリアーナが口にした異空間収納も同じような機能なんじゃないのか?」

 錬金工房の能力を理解した瞬間、ゲームによくある『アイテムボックス』や『ストレージ』と呼ばれる機能を連想していた。
 更に意識を集中することでそれ以上の機能があることも瞬時に分かった。

「異空間収納は生きたまま収納することはできないけどね」
「生きたまま収納できるのは珍しいのか?」
「あたしが知る限り、たっくんの錬金工房以外にないわ」

 生きたまま収納できるというだけでも驚愕に値するようだな。

 俺だけが使える能力。
 俺だけの力。

 額に汗を浮かべたユリアーナが続ける。

「錬金工房のスキルで何ができるのか、実験してみる必要がありそうね」
「賛成だ。色々と試してみたいこともあるしな」

 錬金工房の持つ他の能力に思いを馳せながら俺はそう口にした。
 能力の詳細は追々確認するにしても、現状の戦力把握は必要だよな。俺は現時点で自分が理解している範囲の能力を伝えることにした。

「錬金工房の中を幾つもの空間に区切って、その空間毎に時間を止めることも加速することもできるし、自在に重力を制御することもできる」

 錬金工房の中でクマが宇宙遊泳をするようにジタバタしている様子を彼女に告げた。

「自由自在ね」

 どこか感情が消え失せたような声のトーンだ。

「あと、取り込んだモノの鑑定と解体ができる」
「至れり尽くせりのスキルで心強いわ」

 乾いた笑いを漏らしている彼女に聞く。

「異空間収納の上位互換って感じなのかな?」
「まったくの別ものよ。異空間収納は魔力量に応じて収納できる重量が増し、内部の時間は停止している状態。機能はそれだけよ」

 異空間収納との違いを理解した俺は錬金部分について触れた。

「錬金工房のスキルで何か作成するには、錬金工房に素材を取り込んでその中で作成するしかないらしい」
「ちょっと、信じられないスキルね……」

 ユリアーナがどこか疲れ切ったような表情を浮かべて頭を振った。

「百聞は一見にしかず、だ。早速試しに何か作成してみよう」

 俺自身、錬金工房の力を試してみたくて仕方がなかったのもあって提案するが即座に反対された。

「錬金術のようにどんなものが作成できるのかも知りたいけど、真っ先に知りたいのは攻撃手段としての錬金工房の能力よ」
 
 もっともだ。
 優先順位は生き残るのに最も必要な能力の確認なのは間違いない。

「それじゃ、あの大岩とこの硬い木を同時に取り込んでみる」

 数メートル先にあった直径一メートル程の大岩と傍らに生えていた大木が瞬時に消え、大木に巻き付いていた蔦が地面に落ちた。
 バランスを失なった鳥が、なんとか空中で姿勢を正して飛び去って行く。
 それを目で追っていたユリアーナが、

「見事に消えたわね」

 大木が生えていた場所に空いた大きな穴を、呆れたような表情で覗き込んだ。
「そして、出来上がり」

 俺は鋼の短いナイフを錬成し、それを右手に取り出してみせた。

「それ……」
「錬金工房の能力で作成した。岩から鋼と軟鉄を抽出して刀身を造り、木で造った柄にはなめしたクマの革を巻き付けてある」
「クマの革?」
「錬金工房内でクマを解体した」
「まさか、生きたまま……」

 ユリアーナがちょっと引き気味に後退る。

「そんな残酷なことはしないって。窒息死させてから解体したんだよ」

 多少の忌避感はあったが、それでも剣や斧で倒すことを考えればずっと少ないはずだ。
 続いて錬金工房内のクマの状態を告げる。

「肉と内臓、骨に皮とちゃんと分類もできている」

『驚くばかりだわ』、とのつぶやきに続いて言う。

「異空間収納と錬金術、両方の上位互換を兼ね備えたスキルなのは間違いなさそうね」
「次は収納容量がどれくらいあるか確かめたいんだけど、この辺りの岩や木を適当に取り込めばいいかな?」
「収納力は魔力量に比例するから、この世界の住人がもつ異空間収納なんて足元にも及ばないはずよ」
「世界トップクラスの性能ってことか」
「ええ、恐らくあたしと同程度……。ううん、それ以上の収納力があるはずよ」

 そう言って、無駄に岩や木を収納することを止められた。

「桁外れの異空間収納持ちが二人。これで異世界を巡る旅も大分楽になりそうだな」
「戦闘もね」
「俺の錬金工房なら、遠距離からの狙撃や不意討ちさえ対処できれば無敵なんじゃないか?」
「どんな特殊なスキルを所持している相手が敵になるか分からないのよ。あんまり調子に乗らいでね」

 ユリアーナが心配そうに諫めた。

「慎重に行動するよ。俺も死にたくないからな」
「身体強化の訓練をする間にクマの血抜きをしようと思っていたけどそれも必要なさそうね」
「血抜き?」
「そうしないと臭くて食べられないでしょ?」
「ちょっと待て。女神なのにクマを食べるのか?」
「女神だってお腹くらい空くわよ。できればクマよりも美味しいものが食べたいけど、贅沢が言える状況じゃないでしょう?」
「随分と人間臭い女神だな」

 いや、神様って供物を要求するよな。
 やっぱり人間と同じように美味いものを食べたいと思うものかもしれないな。
「神界にいればお腹が空くこともないわよ。そもそも不老不死だからね」

 違った。今の状況が特殊なのか。

「もしかして、人間界に降臨した今の状態だと、怪我したり、その、死んだりするのか?」
「そうなるかしら」

 どこか困ったような曖昧な微笑みを浮かべた。彼女の表情に俺は言葉を詰まらせる。

「自己犠牲とかじゃないから。その、誰かがやらないとならないでしょ?」

 慌てたユリアーナが不意に視線を逸らした。

「……元気出せよ。俺も頑張るからさ」
「ありがとう」

 世界を守るために頑張る少女。眼前の健気な少女の味方が自分だけだと思うと、胸が締め付けられるような気がした。

「その、なんだ……俺がここにいる状況には納得できないところもあるけど、ユリアーナがそんな危険を冒してまで頑張ってるんだ。男の俺がいつまでもクダクダ言っていられないかならな」
「たっくんのそういうところ、大好きよ」

 不意討ちの笑みに心臓が大きく波打つ。

「お、おう」

 ゆっくりと歩きだした彼女の背中を視線で追う。

「それじゃ、そろそろ身体強化の練習をしましょうか」

 そう言って不意に振り返った。

「錬金工房が十分に戦力になることは分かったけど、魔物が脅威であることは変わりないわ。自分の身を守るうえでも身体強化は重要よ」
「手を抜くつもりはないから安心してくれ」

 当面は二人の能力を活かして戦う。
 本格的に武器や防具、アイテムが作成できるようになったら、それぞれの弱点を補うアイテムを作成する。隙が少なくなれば生存確率は上がるはずだ。
 そんなことを考えた瞬間、俺の中で何かが閃いた。
「さっき、飛行能力があるとか言ってたろ? なら、俺を抱えて飛べば魔物に遭遇しなくてすむんじゃないのか?」
「空を飛ぶ魔物だっているわよ。それにたっくんを抱えて飛ぶなんて無理よ。今のあたしが持っているのは低レベルの飛行能力だもの」
「でも、上空から街を探すくらいはできるんじゃないのか?」

 大まかな方向が分かるだけでも、無闇に森の中を歩き回るより安全で確実だ。

「エッチ」
「何を言っているんだ?」
「あたしを宙に浮かせて、下から覗くつもりなんでしょ」

 恥ずかしそうに頬を染めるユリアーナに俺の心臓が再び大きく跳ねた。

「しないって! そんなことする訳ないだろ!」
「ふーん。怪しい……」

 ほんのりと頬を染めた彼女が上目遣いで見つめる。
 疑惑の眼差しだと分かっていても、心臓がまるで早鐘を打つように高鳴る。

「違うから。やましいことは考えてないからな。俺は純粋にお互いの弱点を補えあればと考えただけだから」

 自分でもしどろもどろになっているのが分かる。

「そう言うことにしておいてあげる」
「そう言うこと、ってなんだよ」

 なおも抗弁しようとする俺の言葉を遮る。

「この話はここまでよ。少し離れているけど雑魚が集まってきたわ」
「魔物か?」

 ユリアーナが神妙な顔でうなずいた。
 ユリアーナの視線の先に意識を集中する。

「無理よ。まだ視認できる距離じゃないわ」
「どうして分かったんだ?」
「魔力感知よ。さっきのクマは魔力がなかったから、近付かれるまで分からなかったけど、魔物は魔力があるから分かるの」

 魔力専用のセンサーみたいなものか。

「距離は?」
「およそ一キロメートル。敵はまだこちらに気付いていない、と思う」

 俺は取り込んだ樹木で全身が隠れる大きさの盾を二つ作成し、一つをユリアーナに差しだす。

「少しはマシだろ」
「ありがとう」

 お礼の言葉に続いて彼女が言う。

「隠れてやり過ごすか先制攻撃をかけるかよ」
「先制攻撃を仕掛けよう」
「敵の正体が分からないのに?」
「こちらが敵の正体を確認する手段は視認しかないんだ。もし敵が犬やオオカミみたいに鼻が利く魔物だったり、聴覚が異様に優れた魔物だったりしたら、隠れても発見される可能性が高いんじゃないのか?」
「ええ、それはそうだけど……」

 ユリアーナが不安そうに言い淀む。

「だったら見えるところまで近づこう」
「その選択肢は身体強化をそれなりに使えるようになってからにして欲しかったわ」
「百メートルだ。百メートルまで近寄ることができれば、錬金工房に収納することができる」

 クマを生きたまま収納できたのだ。それが魔物だとしても生きた状態で収納できるはずだ。
 俺の言わんとしていることを理解したのか、ユリアーナが静かに首肯する。

「いいわ、やりましょう」

 俺たち二人は、ユリアーナの魔力感知を頼りに風下から敵の側面へと回り込むように近付いて行く。
 しばらく進んだところで彼女の動きが止まった。

「ゴブリンよ」

 その視線の先を見ると、深緑色の皮膚をした小柄な魔物が周囲を警戒しながら進んでいた。

「数は分かるか?」
「魔力感知に引っ掛かったのは十二匹」
 自分自身が敵の位置を把握できていないことに多少の不安はあったが、恐怖で足がすくむこともなければ混乱することもなかった。
 普段以上に頭が冴えているのが分かる。

「本当に一人で大丈夫?」
「問題ない」
「弓矢を持っているのが三匹と片手剣を手にしているのが二匹」

 彼女の視線の先に目を凝らした。

「その五匹を視認した」

 言葉と同時に錬金工房を発動させる。
 弓矢を手にした三匹のゴブリンとその両側を歩いていた二匹のゴブリンを瞬時に取り込んだ。
 成功したことに俺は胸を撫で下ろす。

「鮮やかなものね」

 感嘆の声に続いて、ゴブリンの位置を知らせるささやきが耳に届く。

「左の方に三匹。もうすぐ茂みから出てくる」

 的確な指示だ。
 すぐに三匹のゴブリンが茂みから姿を現し、そして消える。
 突然ゴブリンたちが騒ぎ出した。

「異変に気付いたようね」

「ユリアーナはゴブリンだけでなく、周辺を警戒してくれ」
「言うじゃないの」

 そう言って口角を吊り上げると、

「任せてちょうだい」

 愛くるしい大きな目でウィンクをした。それとほぼ同時に四匹のゴブリンが姿を現す。
 残ったゴブリンたちは周囲を警戒しているというよりも、何が起きたのか分からずに慌てふためいているように見える。

「警戒していても慌てふためいても一緒なんだけどな」

 独り言を口にしながら残る四匹のゴブリンを錬金工房へと取り込んだ。
「街道よ、見える?」

 耳元でユリアーナの軽やかな声が響いた。
 彼女が指さす先、樹々の間から明らかに森や草原とは違う、乾いたむき出しの地面がわずかに見える。あと十数分も歩けば到着する距離だ。

「最初はどうなることかと思ったが、日が暮れる前に森を抜けられるな」

 移動を開始する直前、飛行能力で上空から周囲を確認したユリアーナとの会話が蘇る。

 地上から百メートル程の高さで、フワフワと浮いているユリアーナが言う。

「町も村も見えないわねー」
「もっと高く飛べないのか!」

 地上から声を張り上げた。

「低レベルの飛行能力、って言ったでしょ。これが限界なの」
「山小屋とか街道も見えないのか」
「ちょっと! のぞかない、って約束したでしょ」
「微妙に見えないから安心しろ」

 風でスカートが揺れるが膝の上あたりまでしか見えない。想像は掻き立てられるが充分セーフの範囲だ。

「本当でしょうね?」

 ゆっくりと降下してきた彼女が疑わしげな眼差しを向けた。

「俺だって、のぞき見で神罰なんか下されたくないからな」

 これは本音だ。
 彼女は『まあいいわ』、と軽く流すと、

「取り敢えず樹々がまばらになっている南を目指しましょう」

 迷いなく言い切ったのが数時間前のこと。

「随分と時間がかかったな」

 赤く染まりだした西の空を見る。

「身体強化を使わなかったら、今日中にたどり着けなかったでしょうね」
「終始発動させっぱなしっていうは、精神的にも疲れるんだな」
「精神的な疲労感は魔法障壁を展開しているからよ」

 道中、俺は魔力による身体強化と同時に、魔力で身体全体を覆う練習も並行して行っていた。
 それが魔法障壁だ。魔法障壁は魔法攻撃と物理攻撃の両方に対してダメージを軽減する効果がある。
 一般的には戦闘時に展開するものなのだが、今回は訓練を兼ねて身体強化と一緒に終始発動させて移動していた。
 程なく街道に到着した俺たちは路面の様子を確認すると、幾つもの馬蹄と轍の跡がすぐに目に付いた。

「割と新しい轍の跡が幾つもあるから、頻繁に使われている街道みたいだな」
「轍の跡も結構深いし、隊商か行商が最近通ったのかもしれないわね」

 そのことから、ユリアーナはそう離れていないところに、ある程度の大きさの街があると推測した。

「今夜はあの辺りで野営しましょう」

 街道から百メートル程離れたところにある平地を指さした。

「野営の準備って何をすればいいんだ?」
「先ず火よ」

 ユリアーナはそう言うと、昼食でクマの肉を焼くのに作った、石でできた釜戸と薪の残りを異空間収納から取り出した。
 そして、石の釜戸に薪をくべながら言う。

「たっくんは寝床を用意して」
「寝床? 街道脇の草でも集めるのか?」
「錬金工房でベッドを作って頂戴。それが終わったら椅子とテーブルをお願いね」
「OK」

 道中、狩った鳥やイノシシはもちろん、目に付いた巨木や岩など幾つも収納していた。俺は錬金工房内にあるそれらの素材に意識を集中して作成を始める。

「料理はあたしに任せなさない。夕食は鳥肉よ」
「焼いただけの肉だろ」

 昼食がまさにそれだった。料理でも何でもない。何の味付けもせずにクマ肉を焼いただけだ。

「贅沢は敵よ。少なくとも街で塩を手に入れるまでは我慢しなさい」
「街に着いたら料理屋に入らないか?」

 この世界の標準的な料理を口にしてみたい、という好奇心が不意に湧きあがった。

「その前に金策ね」
「もしかして無一文なのか?」
「今はお金がないけど、そのベッドを売れば当面の生活費くらいにはなりそうね」

 クマの毛皮と大木を素材に錬金工房で作成した二台のベッドを見ながら満足げに言った。

 俺としてはベッドよりも食欲をそそる鳥肉の焼ける音と匂いが気になる。
 昼食のクマ肉よりは期待できそうだ。
 たったいま作成した椅子とテーブルを取り出し、同じように木から削りだした皿とコップ、スプーンとフォークを並べた。

 鳥肉を皿に取り分けながら、思いだしたようにユリアーナが口にした。

「途中で食べられそうな野草や果物を採取してくるんだったわ」
「それを言うなら、せめて香草だけでも取ってくるんだった」

 素材の味しかしない鳥肉にかぶり付いた。