夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「誰かに使い方を教えてもらうこともできないから自力で何とかするしかないわね」
「頼むから俺の前途に不安の影を落とさないでくれ」
「落ち込みたいのはこっちよ」

 ユリアーナが憂わしげな表情を浮かべた。悩みは俺と同じ、多難そうな前途のようだ。

「でも、普通は誰かに教えてもらうまでもなく、自分のスキルなら直感である程度分かるはずなのよねー」
「やめてくれ。心が折れそうだ」
「先ずは魔道具ね。試行錯誤して何とか魔道具を作れるようになりましょう」

 立ち直ったユリアーナが当面の目標を打ち出した。俺に自作の魔道具を装備させた戦わせようという計画だ。

「根本的に無理がある。俺は運動神経があまりよろしくないんだ」
「運動音痴なんて気にしなくても大丈夫」

 オブラートに包んだのに、俺のブライドを一言で打ち砕いてくれたな。
 言葉に詰まっている俺を置き去りにしてユリアーナが続ける。

「魔力による身体強化が可能よ。たっくんの魔力は容量も出力もこの世界の住人とは比べものにならないくらい大きいの。魔法による身体強化で上位の戦闘職以上の肉体能力は簡単に得られるわ」
「つまり、俺は十分に強いってことか?」

 俺の中で一度は失われた意欲が再び頭をもたげた。そのタイミングでユリアーナがさらに持ち上げる。

「そうよ、たっくんは強いわよー。悪人どころか魔物だって簡単に倒せるくらいなんだから」

 可愛らしい笑顔。あの笑顔に騙されたんだよなー。
 当面どうするのか聴こうとする矢先、俺は視界の端に動く影を捉えた。
 影に視線を向けると巨大な黒毛の猛獣と目が合う。

「魔物?」
「魔物じゃないわ。普通に猛獣よ」

 後退りながら『たっくん、頑張って』、とささやくような声援。

「いやいや、無理だろ。動物園でも見たヒグマの三倍はあるぞ、あれ。だいたい武器の一つもないのにどうやって戦うんだよ」
「錬金工房で武器は作れないの?」
「無理だ。使い方が分からない」
「魔力で身体強化を図りましょう。武器はその辺の岩で大丈夫なんじゃないかしら? あ、怪我しても光魔法で治してあげるから安心して」

 明るく振舞っているが声が切迫している。
 これはかなりヤバい状況だ。

「属性魔法が使えるって言ったよな? 魔法でチャチャっと片付けられないのか?」
「それこそ無理よ。力がほとんど失われているんだから、属性魔法なんて申し訳程度のことしかできないわ」
「それじゃ怪我したって直せないんじゃないのか?」
「それは大丈夫。光魔法だけは健在よ」

 どこまで信じていいのか怪しいな。だが、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。

 突如、猛獣が駆けだした。
 速い! 距離が一気に詰まる。まずい! 百メートルを切った!

「魔力による身体強化ってどうやるんだ? 身体強化の方法を教えてくれ!」

 俺の言葉が終わらないうちに、彼女の左手が俺の背中に触れた。
 刹那、身体中に何かが流れ込んでくる。

「分かる? いま、強制的に魔力を身体中に循環させて身体強化を図ったわ」

 猛獣が咆哮を上げた。
 鼓動が早まる。
 全身から汗が噴きだしたような錯覚を覚える。
 巨体が眼前に迫った。
 五十メートル。
 間に合わない! そう思った瞬間、身体強化とは別の力を感じる。その力に意識を集中すると自分が持つ力を一瞬で理解した。

「これが、俺の力……」

 高揚感が湧き上がる。自然と口元が綻ぶのが分かった。

「……錬金工房」
「たっくん? ちょっと、大丈夫なの!」

 迫る巨体と凶悪な眼光に女神が悲鳴にも似た声を上げた。

「安心しろ。ただの猛獣なんて俺の敵じゃない」

 恐怖心と高揚感がない交ぜとなって襲ってくる。

「来るわよ!」

 巨体に似合わぬスピード。
 瞬く間に距離が詰まる。眼前に迫った猛獣が咆哮を上げて後ろ足で立ち上がった。

「問題ない」

 自分のものとは思えない程落ち着いた声が静かに響いた。
 凶悪な前足が俺へと向かって振り下ろされるタイミングで錬金工房を発動させる。

「消えた!」

 俺たちの眼前から脅威が消えた。
 驚きの声を上げたままその場で硬直するユリアーナに声をかける。

「さ、片付いたぞ」
「何を、したの……?」

 疑問と狼狽がない交ぜとなった表情がうかがえる。

「錬金工房の中にクマみたいなヤツを収納した。さっきユリアーナが口にした異空間収納も同じような機能なんじゃないのか?」

 錬金工房の能力を理解した瞬間、ゲームによくある『アイテムボックス』や『ストレージ』と呼ばれる機能を連想していた。
 更に意識を集中することでそれ以上の機能があることも瞬時に分かった。

「異空間収納は生きたまま収納することはできないけどね」
「生きたまま収納できるのは珍しいのか?」
「あたしが知る限り、たっくんの錬金工房以外にないわ」

 生きたまま収納できるというだけでも驚愕に値するようだな。

 俺だけが使える能力。
 俺だけの力。

 額に汗を浮かべたユリアーナが続ける。

「錬金工房のスキルで何ができるのか、実験してみる必要がありそうね」
「賛成だ。色々と試してみたいこともあるしな」

 錬金工房の持つ他の能力に思いを馳せながら俺はそう口にした。
 能力の詳細は追々確認するにしても、現状の戦力把握は必要だよな。俺は現時点で自分が理解している範囲の能力を伝えることにした。

「錬金工房の中を幾つもの空間に区切って、その空間毎に時間を止めることも加速することもできるし、自在に重力を制御することもできる」

 錬金工房の中でクマが宇宙遊泳をするようにジタバタしている様子を彼女に告げた。

「自由自在ね」

 どこか感情が消え失せたような声のトーンだ。

「あと、取り込んだモノの鑑定と解体ができる」
「至れり尽くせりのスキルで心強いわ」

 乾いた笑いを漏らしている彼女に聞く。

「異空間収納の上位互換って感じなのかな?」
「まったくの別ものよ。異空間収納は魔力量に応じて収納できる重量が増し、内部の時間は停止している状態。機能はそれだけよ」

 異空間収納との違いを理解した俺は錬金部分について触れた。

「錬金工房のスキルで何か作成するには、錬金工房に素材を取り込んでその中で作成するしかないらしい」
「ちょっと、信じられないスキルね……」

 ユリアーナがどこか疲れ切ったような表情を浮かべて頭を振った。

「百聞は一見にしかず、だ。早速試しに何か作成してみよう」

 俺自身、錬金工房の力を試してみたくて仕方がなかったのもあって提案するが即座に反対された。

「錬金術のようにどんなものが作成できるのかも知りたいけど、真っ先に知りたいのは攻撃手段としての錬金工房の能力よ」
 
 もっともだ。
 優先順位は生き残るのに最も必要な能力の確認なのは間違いない。

「それじゃ、あの大岩とこの硬い木を同時に取り込んでみる」

 数メートル先にあった直径一メートル程の大岩と傍らに生えていた大木が瞬時に消え、大木に巻き付いていた蔦が地面に落ちた。
 バランスを失なった鳥が、なんとか空中で姿勢を正して飛び去って行く。
 それを目で追っていたユリアーナが、

「見事に消えたわね」

 大木が生えていた場所に空いた大きな穴を、呆れたような表情で覗き込んだ。
「そして、出来上がり」

 俺は鋼の短いナイフを錬成し、それを右手に取り出してみせた。

「それ……」
「錬金工房の能力で作成した。岩から鋼と軟鉄を抽出して刀身を造り、木で造った柄にはなめしたクマの革を巻き付けてある」
「クマの革?」
「錬金工房内でクマを解体した」
「まさか、生きたまま……」

 ユリアーナがちょっと引き気味に後退る。

「そんな残酷なことはしないって。窒息死させてから解体したんだよ」

 多少の忌避感はあったが、それでも剣や斧で倒すことを考えればずっと少ないはずだ。
 続いて錬金工房内のクマの状態を告げる。

「肉と内臓、骨に皮とちゃんと分類もできている」

『驚くばかりだわ』、とのつぶやきに続いて言う。

「異空間収納と錬金術、両方の上位互換を兼ね備えたスキルなのは間違いなさそうね」
「次は収納容量がどれくらいあるか確かめたいんだけど、この辺りの岩や木を適当に取り込めばいいかな?」
「収納力は魔力量に比例するから、この世界の住人がもつ異空間収納なんて足元にも及ばないはずよ」
「世界トップクラスの性能ってことか」
「ええ、恐らくあたしと同程度……。ううん、それ以上の収納力があるはずよ」

 そう言って、無駄に岩や木を収納することを止められた。

「桁外れの異空間収納持ちが二人。これで異世界を巡る旅も大分楽になりそうだな」
「戦闘もね」
「俺の錬金工房なら、遠距離からの狙撃や不意討ちさえ対処できれば無敵なんじゃないか?」
「どんな特殊なスキルを所持している相手が敵になるか分からないのよ。あんまり調子に乗らいでね」

 ユリアーナが心配そうに諫めた。

「慎重に行動するよ。俺も死にたくないからな」
「身体強化の訓練をする間にクマの血抜きをしようと思っていたけどそれも必要なさそうね」
「血抜き?」
「そうしないと臭くて食べられないでしょ?」
「ちょっと待て。女神なのにクマを食べるのか?」
「女神だってお腹くらい空くわよ。できればクマよりも美味しいものが食べたいけど、贅沢が言える状況じゃないでしょう?」
「随分と人間臭い女神だな」

 いや、神様って供物を要求するよな。
 やっぱり人間と同じように美味いものを食べたいと思うものかもしれないな。
「神界にいればお腹が空くこともないわよ。そもそも不老不死だからね」

 違った。今の状況が特殊なのか。

「もしかして、人間界に降臨した今の状態だと、怪我したり、その、死んだりするのか?」
「そうなるかしら」

 どこか困ったような曖昧な微笑みを浮かべた。彼女の表情に俺は言葉を詰まらせる。

「自己犠牲とかじゃないから。その、誰かがやらないとならないでしょ?」

 慌てたユリアーナが不意に視線を逸らした。

「……元気出せよ。俺も頑張るからさ」
「ありがとう」

 世界を守るために頑張る少女。眼前の健気な少女の味方が自分だけだと思うと、胸が締め付けられるような気がした。

「その、なんだ……俺がここにいる状況には納得できないところもあるけど、ユリアーナがそんな危険を冒してまで頑張ってるんだ。男の俺がいつまでもクダクダ言っていられないかならな」
「たっくんのそういうところ、大好きよ」

 不意討ちの笑みに心臓が大きく波打つ。

「お、おう」

 ゆっくりと歩きだした彼女の背中を視線で追う。

「それじゃ、そろそろ身体強化の練習をしましょうか」

 そう言って不意に振り返った。

「錬金工房が十分に戦力になることは分かったけど、魔物が脅威であることは変わりないわ。自分の身を守るうえでも身体強化は重要よ」
「手を抜くつもりはないから安心してくれ」

 当面は二人の能力を活かして戦う。
 本格的に武器や防具、アイテムが作成できるようになったら、それぞれの弱点を補うアイテムを作成する。隙が少なくなれば生存確率は上がるはずだ。
 そんなことを考えた瞬間、俺の中で何かが閃いた。
「さっき、飛行能力があるとか言ってたろ? なら、俺を抱えて飛べば魔物に遭遇しなくてすむんじゃないのか?」
「空を飛ぶ魔物だっているわよ。それにたっくんを抱えて飛ぶなんて無理よ。今のあたしが持っているのは低レベルの飛行能力だもの」
「でも、上空から街を探すくらいはできるんじゃないのか?」

 大まかな方向が分かるだけでも、無闇に森の中を歩き回るより安全で確実だ。

「エッチ」
「何を言っているんだ?」
「あたしを宙に浮かせて、下から覗くつもりなんでしょ」

 恥ずかしそうに頬を染めるユリアーナに俺の心臓が再び大きく跳ねた。

「しないって! そんなことする訳ないだろ!」
「ふーん。怪しい……」

 ほんのりと頬を染めた彼女が上目遣いで見つめる。
 疑惑の眼差しだと分かっていても、心臓がまるで早鐘を打つように高鳴る。

「違うから。やましいことは考えてないからな。俺は純粋にお互いの弱点を補えあればと考えただけだから」

 自分でもしどろもどろになっているのが分かる。

「そう言うことにしておいてあげる」
「そう言うこと、ってなんだよ」

 なおも抗弁しようとする俺の言葉を遮る。

「この話はここまでよ。少し離れているけど雑魚が集まってきたわ」
「魔物か?」

 ユリアーナが神妙な顔でうなずいた。
 ユリアーナの視線の先に意識を集中する。

「無理よ。まだ視認できる距離じゃないわ」
「どうして分かったんだ?」
「魔力感知よ。さっきのクマは魔力がなかったから、近付かれるまで分からなかったけど、魔物は魔力があるから分かるの」

 魔力専用のセンサーみたいなものか。

「距離は?」
「およそ一キロメートル。敵はまだこちらに気付いていない、と思う」

 俺は取り込んだ樹木で全身が隠れる大きさの盾を二つ作成し、一つをユリアーナに差しだす。

「少しはマシだろ」
「ありがとう」

 お礼の言葉に続いて彼女が言う。

「隠れてやり過ごすか先制攻撃をかけるかよ」
「先制攻撃を仕掛けよう」
「敵の正体が分からないのに?」
「こちらが敵の正体を確認する手段は視認しかないんだ。もし敵が犬やオオカミみたいに鼻が利く魔物だったり、聴覚が異様に優れた魔物だったりしたら、隠れても発見される可能性が高いんじゃないのか?」
「ええ、それはそうだけど……」

 ユリアーナが不安そうに言い淀む。

「だったら見えるところまで近づこう」
「その選択肢は身体強化をそれなりに使えるようになってからにして欲しかったわ」
「百メートルだ。百メートルまで近寄ることができれば、錬金工房に収納することができる」

 クマを生きたまま収納できたのだ。それが魔物だとしても生きた状態で収納できるはずだ。
 俺の言わんとしていることを理解したのか、ユリアーナが静かに首肯する。

「いいわ、やりましょう」

 俺たち二人は、ユリアーナの魔力感知を頼りに風下から敵の側面へと回り込むように近付いて行く。
 しばらく進んだところで彼女の動きが止まった。

「ゴブリンよ」

 その視線の先を見ると、深緑色の皮膚をした小柄な魔物が周囲を警戒しながら進んでいた。

「数は分かるか?」
「魔力感知に引っ掛かったのは十二匹」
 自分自身が敵の位置を把握できていないことに多少の不安はあったが、恐怖で足がすくむこともなければ混乱することもなかった。
 普段以上に頭が冴えているのが分かる。

「本当に一人で大丈夫?」
「問題ない」
「弓矢を持っているのが三匹と片手剣を手にしているのが二匹」

 彼女の視線の先に目を凝らした。

「その五匹を視認した」

 言葉と同時に錬金工房を発動させる。
 弓矢を手にした三匹のゴブリンとその両側を歩いていた二匹のゴブリンを瞬時に取り込んだ。
 成功したことに俺は胸を撫で下ろす。

「鮮やかなものね」

 感嘆の声に続いて、ゴブリンの位置を知らせるささやきが耳に届く。

「左の方に三匹。もうすぐ茂みから出てくる」

 的確な指示だ。
 すぐに三匹のゴブリンが茂みから姿を現し、そして消える。
 突然ゴブリンたちが騒ぎ出した。

「異変に気付いたようね」

「ユリアーナはゴブリンだけでなく、周辺を警戒してくれ」
「言うじゃないの」

 そう言って口角を吊り上げると、

「任せてちょうだい」

 愛くるしい大きな目でウィンクをした。それとほぼ同時に四匹のゴブリンが姿を現す。
 残ったゴブリンたちは周囲を警戒しているというよりも、何が起きたのか分からずに慌てふためいているように見える。

「警戒していても慌てふためいても一緒なんだけどな」

 独り言を口にしながら残る四匹のゴブリンを錬金工房へと取り込んだ。