放心するロッテに向かってユリアーナが話を続ける。

「で、たっくんはあたしの助手として、こことは違う世界から召喚した異世界人なの」
「あたしのこと、からかっていますよね……?」

 そう返すロッテにユリアーナがヤレヤレといった様子で頭を横に振りながら言う。

「正真正銘、女神ユリアーナとその助手よ」
「冗談、ですよ、ね?」

 俺へと視線を巡らせたロッテの頬を汗が伝っている。

「ユリアーナが女神か悪魔なのかは俺には判断のしようがないが、俺が異世界から連れて来られた人間だというのは本当だ」
「本物の女神よ! 失礼なこと言わないでくれる!」
「え? え、え、え?」

 ユリアーナの声を聞き流して混乱するロッテに言う。

「俺はこことは異なる世界から来た。いや、ユリアーナに呼ばれたというべきだな」
「ユリアーナさんが女神ユリアーナ様でシュラさんが女神の使徒様ですか……?」
「使徒なんて偉そうなものじゃないけど、概ねその通りね」
「あの、女神ユリアーナ様と使徒様がなぜ地上に顕現されたのでしょうか?」

 ロッテの疑問に答える形でユリアーナが語りだす。

「天界でちょっとした事故が起きて神聖石と呼ばれる神の力を秘めた石がこの世界の各地に散らばってしまったの。砕け散った石、一つ一つに大した力はないわ。それでも、この世界のパワーバランスを崩す程度の力は秘められているわね」

 神聖石が百余に砕けてこの世界の各地に散ってしまったこと。そして、その神聖石を回収しなければならないことを告げる。

「神聖石は人の手に余るものよ。手に余る力は災いを呼ぶでしょう。悪意ある者が手にしたらどうなると思う?」

 息を飲んだロッテの顔が瞬時に蒼ざめた。

「もしかして、オットー助祭の奇蹟の力やアンデッド・オーガも?」

 賢い娘だ。
 違和感を覚えた出来事といま聞いたわずかな情報だけでそれを紐づけるのか。
 俺は内心で感心しながらうなずく。

「神聖石の力を得れば、ただのオーガがアンデッド・オーガになる。一介の助祭が奇跡の力を使えるようにもなれる」

 唇を固く引き結んでいたロッテが恐々と口を開く。

「不信心な腹黒司教でも奇跡の力が使えるようになる、ということですね」
「理解が早くて助かるわ」
「奇跡の力が使えるだけならいいが、力が使えることを利用して高い地位に着けば下の者たちが不幸になる」

 ユリアーナと俺の言葉にロッテがうなずく。

「ユリアーナ様の目的はその石を取り返すという理解であっているでしょうか?」
「天界のものは天界に。神のものは神の手に」

 肯定するユリアーナにロッテが抗議の声を上げる。

「それじゃ、助祭様は奇跡の力を使えなくなってしまうんですか? 助祭様の力は人々のために、ユリアーナ様の信者のためになっています! いいえ、これからも信者を助ける力になります!」

 悪徳司祭が眼中にない辺り、助手としての素養は十分だな。

「オットー助祭から神聖石は返してもらったわ。でも、神聖石の力で行使できた『女神の奇跡』は別の手段で使えるようにしてあるから大丈夫よ」
「別の手段?」
「別の手段というか、別の力、でね」

 ユリアーナが意味ありげな視線を俺に向け、それを追うようにロッテの視線が俺に注がれた。

「シュラさん?」
「俺が魔道具を作れるのは知ってるな?」
「奇跡の力が使える魔道具をオットー助祭に差し上げたんですか?」

 俺はゆっくりと首を横に振る。

「武器や防具、アクセサリーに魔法を付与するだけじゃなく、人や動物にもスキルや魔法を付与することができる。もちろん、逆も可能だ。魔物や人のスキルを奪うこともできる」

 その先を予想したのだろう、ロッテは小さく震えながら目を閉じ、両手で耳を塞いだ。
 だが、それでも俺の声は届く。

「スラムに巣食う犯罪者から奪った光魔法のスキルを幾重にも重ね、奇跡の力と同程度の能力にしてオットー助祭に与えた」
「そんなこと、人に出来るはずありません。もしできるとしたら、それは……」

 神の御業と言いたかったのか、悪魔の所業と言いたかったか……。
 目を閉じたままのロッテにユリアーナがキッパリと言い切った。

「たっくんは女神である私の助手よ」

 ユリアーナが自分の指示でやったことだと言外に告げた。

「それじゃ……」

 言葉を詰まらせるロッテに向けて俺は静かに告げる。

「神聖石の力を借りなければ行使できなかった女神の奇蹟をオットー助祭の力だけで使うことができるようにした」

「怖い?」

 ユリアーナの質問にロッテは「いいえ」、とゆっくり首を振って笑みを浮かべた。

「信者のことや善い行いをする者のことをちゃんと見てくださっているのだと分かり、安心しました」
「改めて聞くわ。ロッテ、あたしたちと一緒に来てくれるかしら?」
「あたしもシュラさんのような力を持つことになるのでしょうか?」
「たっくんほどの力は無理ね。どんなに頑張っても、人の範疇を超えることはないでしょうね」
「それを聞いて安心しました。是非お二人とご一緒させてください」

 ロッテが安堵の笑みを浮かべた。

「と言うことだから、たっくんの助手よ。ちゃんと面倒見なさいよね」
「分かってる」
「あの、よろしくお願いします」
「よろしくな、ロッテ」

 俺の差し出した手を取ったロッテが恐る恐る聞く。

「あのー、半分冗談だと思って聞き流していましたが、盗賊から公用語のスキルを奪って馬に付与したというのは……」
「事実だ」
「事実よ」

 俺とユリアーナの返事が重なった。
 一瞬、ロッテの顔に後悔の表情がよぎった気がしたが気のせいだろう。

「さあ、それじゃあ本題よ。腹黒司教に神罰を下す算段をしましょうか!」

 ユリアーナの揚々とした声を合図に俺たちは話し合いを再開した。