「侵入者だ! 第一部隊の倉庫に賊が入り込んだぞ!」
「周囲を囲め! 絶対に逃がすなよ!」
案の定というか、読み通り第二部隊の騎士たちが倉庫を取り囲んで騒ぎだした。
盗賊を討伐して手に入れた戦利品を第一部隊に押収された商人は、第一部隊の不正と自分たち以外から押収した戦利品が騎士団詰所の倉庫にため込まれているのを知った。
不正に集めた押収品である。表ざたに出来ないと考えた強欲な商人は一計を案じた。
自分たちが取り上げられた戦利品だけでなく、倉庫に貯めこまれた他の押収品ごと盗みだしてやれと。
その現場を第二部隊が押え、盗みに入った強欲な商人を捕らえると共に、第一部隊の不正を暴く、と言ったシナリオなのだろう。
「それにしても随分と気合が入っているわねー」
「ここで俺たちを逃がすわけにはいかないだろうから、そりゃ必死だろう」
「大丈夫ですよね? あたしたち捕まったりしませんよね?」
ロッテが不安そうに俺たちを見る。
「安心しなさい。捕まるのは第一部隊と第二部隊の騎士たちよ」
「さっきも言っただろ、第二部隊のさらに外側をロッシュ直属の兵士が囲んでいるって」
「そのお代官様があたしたちも掴まえて魔道具もろとも闇に葬る、とかありませんよね?」
随分と悲観的だな。
「あのロッシュとかいう代官、変態だけど頭は切れるし、損得勘定もちゃんとできるとみたわ」
「あの代官、手持ちの兵力で俺たちを捕らえられるとは思ってないようだしな」
「え? そうんですか?」
ロッテが不思議そうに聞き返した。
「アンデッド・オーガとオーガ数体を瞬殺できる俺を拘束しようとして、領主から預かった兵士を失ったら責任問題だ。それに最悪のシナリオは兵士を失った上、俺たちが第一部隊に寝返ることだ」
「え? 寝返る?」
予想していなかったことのようで、ロッテがキョトンとした顔をした。
「代官の兵士と第一部隊を半壊させた上で、『第二部隊と代官から命令されて止む無く倉庫へ案内した』、と言ったら第一部隊のパウル隊長はどう思うだろうな」
「言い方次第でしょうけど、第二部隊と代官が結託して自分たちを陥れようとしたと思うんじゃないかしら」
「騎士団内のことだし第二部隊は有罪まちがいないだろうなー。代官にしてもあの鏡を第一部隊のパウル隊長に献上したら、悲惨な未来が待ってそうだよな」
「たっくんとパウル隊長、どちらの方があの鏡を持っていた方が自分にとって損害が少ないかなんて考えるまでもないでしょうね」
「そんなことを考えてたんですか……」
引きつった笑みを浮かべるロッテに笑顔で言う。
「何事も対策って大切だろ?」
「シュラさんって、あたしとあまり歳が違いませんよね……?」
「俺が生きてきた世界はロッテが生きてきたような甘く優しい世界じゃないのさ……」
悲哀の表情を垣間見せ、すぐに背を見せる。
うん、ハードボイルドな雰囲気だ。
「シュラさん……、辛い思いをたくさんして来たんですね……」
「よせよ、昔のことだ」
「あたし、何にも知らなくて……」
語尾が咽び声となった。
よし、いい感じに誤解したようだ。
「ロッテは笑顔でいてくれ。ロッテの笑顔が俺に力を与えてくれる」
笑顔で振り返ると、俺の不意打ちに茫然としていた。
「男っていうのは、守るべき女性がいると強くなれるって知ってたか?」
「え……」
「俺を信じろ!」
頬を染めたロッテに力強く言うと、か細い答えが返ってきた。
「……はい」
よし、準備は整った。ボルテージは最高潮だ!
「十五、六歳の子どもが大人の真似をして背伸びしても恰好悪いだけよ」
ユリアーナのささやきが俺のやる気を削ぐ。
「別に格好つけているわけじゃない。俺の気分問題だ。ああいう事を口にすると不思議とやる気が湧いてくるんだよ」
「ほどほどにね。聞いているこっちが恥ずかしくなってくるから」
まるで信じていない眼差しが向けられた。
「分かったよ」
「慌ててこっちへ向かっている一団がある。多分、第一部隊でしょうね」
倉庫エリアに侵入者があって、そこへライバル関係にある第二部隊が先に駆け付けたとあっては生きた心地がしないだろうな。
顔が見られないのが口惜しいかぎりだ。
「その間抜けたちは一先ず措いておくとして、悪そうな笑みを浮かべている第二部隊を制圧する」
俺は口元が自然と綻ぶのを感じながら倉庫の外へと踏み出した。
「コンラート隊長、これはどういう事ですか?」
「たとえ第一部隊に非があろうとも、騎士団に侵入して盗みを働くとは許しがたい!」
俺の言葉はあっさりと無視された。
「私たちを騙したんですか?」
「さて、なんのことかな?」
悪意に満ちた笑みが向けられた。世間知らずの小僧をまんまと嵌めてやったという顔つきだ。
「ふざけるな! 絶対に後悔させてやる! 絶対に復讐してやるからな!」
俺の激高した叫び声にご満悦のようで、薄ら笑いが高笑いに代わった。
「はははは! 誰も貴様の言葉などに耳を貸すものか!」
そう言うと、部下たちに号令する。
「小僧たちを捕らえろ! 倉庫の品は証拠品として押収!」
号令一下、十数人の騎士たちが一斉に倉庫へと押し寄せる。
手にした抜き身の剣にかがり火が反射して幾つもの淡いオレンジ色の光が揺れた。
「大人しくしろ! 抵抗すれば斬り捨てる!」
先頭を走る騎士が言葉と共に剣を振り被る。
その瞬間、倉庫前のスペース数メートル四方を対象にスリープの魔法を発動させた。
すると、まるで何かに足を取られたかのように、駆け寄る騎士たちがその勢いのまま盛大に転ぶ。
地面を二転三転して止まった彼らは、その後はピクリとも動かずに静かに寝息を立てる。
「お見事」
称賛の言葉をユリアーナは『もっと派手な魔法を使うかと思ったわ』、と意外そうに俺を見上げる。
「現在進行形で悪夢を見るのは後ろで偉そうにしているヤツらだけで十分だからな」
下っ端連中は目が覚めたら罪人だ。
「貴様、何をした……」
コンラート隊長が眼前の出来事が信じられない、と言った様子だ。
いい感じに混乱しているな。
「眠っているだけですよ。目が覚めたら色々と証言してもらわないとなりませんからね」
「魔術だと? この、この人数を眠らせた、だと?」
目が見ひらかれ唇が震えている。
真っ青な顔で『ありえない、そんな魔術師など聞いたことがない』、首を横に振りながら後退る。
取り調べでは魔法を使って自白を引き出す予定なんだが。
さて、そんな魔術を目の当たりしたらどんな顔をするんだ?
コンラート隊長の眼の前で部下たちが次々と自白していくシーンと、そんな部下たちを見て取り乱すコンラート隊長の顔が目に浮かんだ。
「驚くのはまだこれからですよ」
いや、絶望するのは、の間違いかな。
「捕らえろ! あの小僧を捕らえろ!」
狂気を孕んだような表情でコンラート隊長が叫んだそのとき、
「そこまでだ!」
ロリコン代官の溌剌とした声が夜空に響いた。
だが、コンラート隊長の悪あがきは収まらない。ロリコン代官が名乗りを上げる前に部下に指示を出した。
「侵入者だ! 警笛を鳴らせ! 他の部隊を呼び寄せろ!」
警笛が夜空に鳴り響くなか、ロリコン代官が名乗りを上げた。
「カール・ロッシュである! 周囲は我が兵士と騎士団・第三、第四部隊が包囲した。抵抗すれば斬り捨てる!」
ここでも『斬り捨てる』かよ。
この世界、俺が考えている以上に人の命が軽いようだ。
「これで一段落ってとこかしら」
「まだ司祭だったか司教だったかの問題が残っているだろ?」
「司教よ」
ユリアーナは短く訂正すると、
「現時点で限りなく黒いけど、それでもあたしの信徒なんだからちゃんと確認しないと」
信徒じゃなければ確認は適当でいいのかよ。
そう口に仕掛けたが、『そうよ』と軽く返されそうな気がしてセリフを飲み込んだ。
「あの、シュラさん? もう終わったんですか?」
ロッテが扉の陰から恐る恐る顔を覗かせた。
「俺たちを嵌めようとした第二部隊はご覧の通り終わった」
下っ端連中も包み隠さず白状したところで余罪もあるだろうし、強制労働は免れないだろうな。
「第一部隊も取り押さえられたみたいよ」
魔力感知で離れた場所の様子を探っていたユリアーナが満足そうに微笑んだタイミングでロッシュが声をかけてきた。
「君たちのお陰で騎士団に巣食う悪を一条打尽にできた。改めて礼を言おう」
「お礼の言葉なんて必要ありませんよ」
「そうそう、約束さえ守ってくれればそれで十分よ」
「君たちならそう言うと思っていたよ」
笑みを引きつらせたロッシュが申し訳なさそうな表情を見せると、
「実は取り調べにも協力して欲しい。君たちの証言が必要だし、その、可能なら色々と証拠を用意してもらえると助かる」
それって、証拠の捏造か?
まあ、手っ取り早く済ませられるならそれに越したことはないか。
「欲しい証拠があれば言ってくださ、ゴフッ!」
セリフの途中でユリアーナの肘が俺の脇腹にめり込んだ。
「証拠は後でお持ちします。今夜は休ませて頂けませんか?」
「そうだな、分かった。明日の朝、宿屋に迎えの者を行かせる」
俺たち三人はコンラート隊長の心地よい罵声を背に受けて騎士団の詰所を後にした。
事件が落着したので証拠品として騎士団が預かっていた、第一部隊に横取りされた盗賊からの押収品の返却をする。
ついては騎士団の詰所まで来て欲しいとの連絡を受けたのが昨夜。
騎士団の第一部隊と第二部隊が揃って捕縛されていから五日後のことだった。
『意外と早かったですね』、とは孤児院の医院長』、『騎士団だからこそ、厳しくしなきゃって、ってのはさすがだよね』、とは宿屋のおかみさんの言葉だ。
街中の噂話に耳を傾けても、現職の騎士団に対して、速やかに厳しい裁定を下した代官のカール・ロッシュに対する評価はうなぎ登りだ。
「ロッシュ代に恩を売り過ぎたかしら」
騎士団の詰所に向かう道すがら、すれ違いざまにカール・ロッシュを褒めそやす声を耳にしたユリアーナが苦笑した。
「大丈夫じゃないか? あの代官のことだ、お膳立てしたのが俺たちだなんてもう忘れているさ」
「それもそうね。都合の悪いことはさっさと忘れるタイプだったわ」
「それどころか、押収品の受け渡しのときにわざわざ出てきて恩着せがましいことを言いそうじゃないか?」
あれは、借りた金のことはすぐに忘れても、貸した金のことは返済後も忘れないタイプだ。
「恩着せがましいことを言ったらガツンと言ってやりましょう」
「ロッシュも立場があるだろうし、騎士たちもいるだろうから、そこは適当に濁して伝えるくらいの配慮はしよう」
俺とユリアーナの会話を聞いていたロッテが心配そうに口を開いた。
「穏便にお願いしますね、穏便に」
「やーねー、あたしは慈愛に満ちた女神よ。敬虔《けいけん》な信者や協力した者に不利益なようなことはなるべくしないわよ」
何とも微妙な言い回しだな。
ロッテもその微妙なニュアンスを理解したか乾いた笑いを力なく漏らすと、懇願するような顔を俺に向けた。
「シュラさん、くれぐれもよろしくお願いします」
「分かってるって」
最後は俺を頼る当たり、可愛らしいじゃないか。
「証拠の捏造を頼まれてもやっちゃダメよ」
ささやかな幸せに浸っている俺にユリアーナの冷ややかな一言が浴びせられた。
騎士団捕縛事件の夜だけでなく、ロッシュからは何度も証拠の捏造ができないかと問い掛けられた。
それも巧妙なことに捏造という言葉は使わないし、こちらから証拠品の捏造を持ち掛けやすいよう、言葉巧みにだ。
ユリアーナ曰く。
『あたしたちが証拠品の捏造をする、或いは、簡単にできると証明されれば、ロッシュはあの鏡の魔道具に記録した自白を捏造だと主張するつもりよ』
ロッシュの口車に乗って、迂闊《うかつ》に証拠の捏造を申し出ようとした自分が恨めしい。
「分かってる」
「目的も悟られないようにお願いね」
「慎重に対応する」
ロッシュの目的は押収品の受け渡しとロッシュの自白が記録されている鏡の魔道具が表にでないようにとの念押し。
あわよくば鏡の魔道具を入手するなり、記録された自白の信憑性に疑いが生じる言質を俺から取ることだろう。
こちらの目的は新たに赴任してくる司教の排除にロッシュが自発的に動くようにけしかけること。最悪でも排除に協力させることだ。
盗賊からの押収品の受け取りは口実でしかない。
「あ、第三部隊の騎士様ですよ」
詰所の門の前で待っていた騎士にロッテが笑顔で手を振った。
◇
俺たち三人は騎士団の詰所の一室に通された。対応するのはカール・ロッシュ一人。
「押収品の返却が遅くなってしまい申し訳なかった」
人払いを済ませたその部屋でロッシュが書類の束をテーブルの上に置くと、
「押収品の目録だ」
と告げた。
「わざわざ目録まで作成くださったんですね。ありがとうございます」
「書類の確認はいいのか?」
目録の確認をせずに錬金工房へと収納するとロッシュが驚いた顔をした。押収品はそれなりの金額になる。当然確認すると思っていたのだろう。
「第一部隊に掠め取られたのは盗賊のアジトに放置してきた品々です。私たちにとっては大した価値はありません」
「なるほどな。あれだけの魔道具を気前良く献上するくらいだ、盗賊の盗品程度には価値を見出せないと言うことか」
「そこでご提案があります」
「提案?」
ロッシュがたちまち警戒する表情を浮かべた。
鏡の魔道具を使って騙し討ちのように自白させたんだから警戒もするか?
『そう警戒しないでください』と前置いて話を切り出す。
「押収品ですが、この街の住人の品物、遺品と分かる代物については無償で返却いたします」
「何を企んでいる?」
狡猾そうに目が輝く。
記憶にある罠を眼の前にして、どうやってエサのニワトリだけを取ってやろうかと、思案しながら罠の周りをうろつく狐のような目つきだ。
「それを赴任してきたばかりのフランツ・オットー助祭の嘆願に心を打たれた私たちが聞き入れた、とう体で実現させたい。ロッシュ代官にはその仕切りをお願いしたいのです」
「益々意味が分からないな」
ロッシュが探るように俺からユリアーナ、ロッテへと視線を巡らせる。
その表情からも何も読み取れなかったのだろう、諦めたような顔をみせると視線で俺に先を促した。
「フランツ・オットー助祭はとても評判がいいようですね」
赴任して直ぐは神聖石を使って『女神の奇跡』と噂になるほどの治癒魔法を使っていた。富裕層にはそれなりの金額を請求するが、貧困層に対しては無償で対応していた。
それは神聖石を返してもらう代わりに、女神の祝福の名の下、彼の持つ光魔法と魔力の底上げをした今も変わらずに行われていた。
「最初こそ富裕層から少なくない反発はあったが、今では富裕層も理解を示しているよ」
助祭は、スラムや貧困層の住民が疫病にかかり、そこから街全体に蔓延することの方が恐ろしいのだと言うことを、中流層を中心に説いて回った。
そしてその成果が現在では富裕層にまで広がってる。
陰ながら後押しをしたのが代官のカール・ロッシュなのだが、見事に素知らぬ顔を決め込んでいた。
「彼のような人材が教会内で力をつけ、発言力を持ってくれるのは、ご領主様や代官様としても望ましいでしょうね」
「陰から応援したくなる人材ですよね」
俺に続くユリアーナの笑みで、
「そう、だな……」
ロッシュの警戒心がマックスになった。
「逆に今度赴任してくる司教。名前は忘れてしまいましたが、彼のような人物が教会の上層部に居座ると苦労しそうですよね?」
俺の言葉にロッシュの顔が歪んだ。
司教もオットー助祭同様、『女神の奇跡』を行えると人々の口の端に上っている。
為人に問題があっても高い治癒能力と政治力を有しているとなれば、赴任後ほどなく教会内での地盤が固まり強大な発言力を有するのは想像に難くない。
「その司教の力を削ぐことができるかもしれないと言ったら……?」
「その手の苦労はやむを得ないと心得ている。だが、しなくていい苦労なら避けたいとも思っている」
ロッシュの顔から警戒心が薄れ、初めて会った夜に見せた爽やかな笑みが戻ってきた。
「詳しいお話を――」
「聞こうか」
ロッシュが身を乗り出した。
司教を排除ないしは失脚させる提案を持ってきたと受け取ったようだ。
「うわー、盛大な歓迎ですねー」
歓迎も盛大だが、司教一行の行列も盛大だ。ラタの街へ到着した司教一行をラタの街の住民たちが盛大に出迎えていた。
歓迎の理由は新任の司教がここまでの道中で、この街の助祭であるフランツ・オットーと同じく『女神の奇跡』を起こしたとの噂からだ。
「今度の司祭様はオットー助祭様と同じように女神の奇跡を起こせるらしいじゃないか」
「心強い限りだねー」
住民たちの噂話があちらこちらから聞こえてくる。どれも司教に対して好意的なものだ。
「新任の司教もオットー助祭と同じように慈悲深いと思い込んでいるようね」
ユリアーナの視線以上に冷ややかな口調。
「期待をするのは勝手だが、真実を知ったときの住民たちの落胆ぶりが気の毒でならないな」
「もしかしたら良い方かもしれませんよ」
「ないわね」
ロッテの希望的な観測をユリアーナがスパっと切って捨てた。
ロッシュが行った事前調査の報告を見る限り金と権力と色欲に塗《まみ》れた、絵に描いたような悪徳司教だ。その悪徳振りに拍車をかけているのが神聖石で得た力となればユリアーナの不機嫌さも納得できる。
「さて、俺たちも移動するぞ」
俺たち三人はオットー助祭と会うために教会へと向かった。
◇
教会へ到着すると疲れ果てた表情のオットー助祭が出迎えてくれた。
「この度のご厚情、ご遺族の皆様に代わって感謝申し上げます」
第一部隊に押収されていた盗賊の盗品を遺族や元の持ち主に無償で変換することを、オットー助祭の名前で行って欲しい、とロッシュ代官に申し出のだが……。
オットー司祭は、自分の名前ではなく、実際に返還を申し出た俺の名前で行うべきである、と頑なに拒否した。
固辞することは予想できたが、予想以上に頑なで俺とユリアーナ、ロッシュ代官の三人が一晩係で説得した。
いや、できなかった。
最終的には夢枕に立った女神・ユリアーナのお告げで納得してもらった。
経緯はどうあれ、盗品を無償で遺族に返還することをとても喜んでいただけに、眼前の疲れ切った顔は意外だった。
「少し、やつれましたか?」
「そんなことはありません。ご遺族の喜ぶ顔が私に活力を与えてくださっています」
いやいや、顔も疲れ切っているが口調も疲れ切っている。
「助祭様、回復魔法をお掛けしましょうか?」
俺の背後からオットー助祭の顔を覗き込んでいたロッテが心配そうに声をかけた。
「回復魔法?」
「あたし、光魔法を使えるようになったんです」
三日前までは俺の作製した、様々なスキルや魔法を付与した魔道具を使うことで幾つもの魔法が使える状態であったのだが、昨夜、彼女自身にスキルや魔法を付与した。
これにより、土、水、火、風の四大属性魔法だけでなく、闇魔法や光魔法など、主にスラム街で仕入れた様々なスキルを付与した。
目下、ロッテは新たに使えるようになった魔法やスキルの練習中なのだが、適性があったのか比較的容易に使えるようになった光魔法を、嬉しくて仕方がない、といった様子で多用していた。
「女神・ユリアーナ様のご加護ですね。おめでとうございます」
オットー助祭が神聖教会の神官が行う、祝福を与える仕草をした。
「え?」
助祭から祝福されるとは思っていなかったのだろう、戸惑うロッテに向けて助祭が言う。
「ありがとうございます、心優しいお嬢さん。回復魔法でしたら、もう、自分で掛けていますから大丈夫ですよ」
慈愛に満ちた笑顔を浮かべると、既に三回ほどかけているのだと告げた。
まだ昼前だというのに三回の回復魔法か……。
肉体的な疲労というよりも精神的な疲労の方が大きそうだ。
あからさまな人気取り、ポイント稼ぎと、上司や同僚から嫌味を言われているのかもしれない。
ちょうどいい、打ち合わせと称してオットー助祭を少し休ませるとするか。
「ロッシュ代官からの指示で、盗品の返還状況の確認をさせた頂きに参りました。お忙しいとは思いますが少しお時間を割いて頂けませんでしょうか?」
「承知いたしました。少々お待ち頂けますか?」
ロッシュ代官を口実にした俺の申し出に二つ返事で承諾した。
「せっかくだから昼食を摂りながら、あの疲れた顔の原因を聞きだしましょう」
「報告は?」
ユリアーナのセリフにロッテが小首を傾げる。
「報告はオットー助祭をこの場から引き離す口実だ。そもそもロッシュ代官からは何の指示も出ていないだろ?」
「あー! なるほど! それ……もがッ」
ロッテの口を塞いだところで書類の束を抱えたオットー助祭が足早に戻ってくるのが見えた。
◇
「このようなところへご招待頂き恐縮です」
オットー助祭が畏まる。
ロッシュに紹介してもらったラタの街でも一、二を争う高級料理店。その一室へと俺たち四人は来ていた。
「お気になさらないでください。聞かれたくない話もあったのでここを用意しただけです。全て我々の都合です」
オットー助祭の緊張が幾分か解《ほぐ》れたと思ったら、今度は緊張で顔を強ばらせたロッテが聞く。
「あの、あたしも一緒でよかったんですか?」
「当たり前でしょ」
「ロッテは俺たちの家族なんだ。一緒に食事するのは当然だろ」
ユリアーナの足りない言葉を補足する。
「ありがとうございます」
いまにも泣き出しそうなロッテとなおも遠慮を見せるオットー助祭に食事を促す。
「では、食事をしながら報告をお聞きしましょう」
瞬間、ユリアーナの左足が俺の右ふくらはぎにヒットした。
「ごめんなさい、無粋な兄で」
「何だよ」
「報告は食事を済ませてからよ」
そうささやきながら視線でオットー助祭を示した。
何てこった……。
食事を脇によけて、カバンから取り出した書類の束をテーブルの上に置こうとしている。
「オットー助祭。先ずは食事を済ませましょう。報告はその後でゆっくりとうかがわせて頂きます」
一瞬キョトンとした表情を見せるが、
「そうですね。食事をしながらの報告では忙《せわ》しないですよね」
そう言って書類をカバンへと戻した。
◇
「――――という状況なのです」
盗品の返還が始まって三日目。この二日間半の状況を口にしたオットー助祭が深いため息を吐いた。
問題は幾つもあったが、オットー助祭の心労に直結していそうなのは人々の嘘。一つの盗品に複数に人々が所有権を主張するということが頻出しているそうだ。
要は誰かが盗品目当てに嘘をついているという事なのだが、真偽を確かめる術がある訳もなく返還作業が滞っていた。
「嘘をついているとは思いたくありませんが、代官様の思いやりや、シュラさんの善意を食いものにするような行いにほとほと疲れてしまいました」
「少しは返還できたの?」
「他に所有権を主張する者がいない遺品以外はなんとか」
ユリアーナの問いにオットー助祭が力なく答えた。
予想外だ。こんな事態は予想をしていなかった。改めて己の甘さを痛感する。
「真実の鏡を使いましょう」
ユリアーナの言葉にオットー助祭が不思議そうな顔をした。
「真実の鏡?」
「ええ、人の嘘を見抜く鏡です」
これで少しは返還作業も捗ることだろう。
結果から言えば、真実の鏡の効果は絶大だった。
大粒サファイアをあしらったブレスレットの所有権を主張する五つの家族や関係者がいたのだが、彼らの偽りを瞬く間に暴き真実を白日の下にさらけ出した。
慌てたのは偽りを暴かれた者たち。
『――――姉さんのブレスレットじゃないのは一目で分かった。だが、違うと言い切れるのは作った職人とプレゼントした俺くらいのものだ。姉さん一家が盗賊に殺されて一切合切奪われたのは事実なんだ。少しくらい取り返したからって何だってんだ。悪いのは盗賊たちだ! 盗賊をのさばらせておいた領主や代官だ!』
サファイアの指輪の所有権を主張した最後の一人、街でも五指に入るライザー商会の若旦那、カール・ライザーの本音を真実の鏡が語った。
辺りが水を打ったように静まり返る。
先に嘘を暴かれた四人の関係者だけでなく、手伝いのために同席した数人の神官たちもこの結果に驚き気を隠せずにいた。
当然だろう。
一つの盗品に五人の関係者が名乗りを上げ、四人ではそれが嘘であることが暴かれた。のこる一人が本物だ、と誰もが思ったはずだ。
ところが蓋を開けてみれば全員が嘘吐きである。
「フランツ・ライザーさん。この真実の鏡が語った内容に間違いはありませんね?」
茫然とする当人に俺はこれまでの四人の関係者と同じように聞いた。
「違う! 何かの間違いだ!」
ここまでの四人と同様の反応だ。
「まさかライザー商会の若旦那様まで嘘を吐くなんて……」
ささやいたのはロッテだけだったが、同席した神官たちの誰もが嘘吐きの五人に対して冷ややかな視線を向けていた。
今回、名乗をあげた五人は何れも有力者であり富裕層である。普段はお上品にしている連中が金目当てで嘘を吐き、それを暴かれるという大恥をかいたのだ。
このことが外に漏れれば退屈した住民たちの格好の話題となるのは間違いなだろう。
首を横に振りながら後退るライザーに言う。
「この鏡に映った貴方が語ったことこそ真実だ、とあなた自身が一番よく知っているはずですよ」
「違う! 違うんだ! これは、俺が姉さんに贈ったブレスレットだ! 嘘じゃない! 信じてくれ!」
いまにも泣きそうな顔をしていたカールだったが、突然、怒涛の自己弁護を始め、神官たちに向かって必死の形相で訴える。
「私が真面目な商人なのは皆さんご存知ですよね? それに我が家は裕福だ。こんな安物のブレスレットのために嘘なんか吐くものか!」
これに呼応して先の四人の関係者が口々に自分たちも騙されたのだと、嵌められたのだと訴え出した。
「このインチキ魔道具を信じるなんてどうかしていたんだ。そうだ、これはインチキだ! この魔道具が真実の鏡だなんてバカげている!」
「これは陰謀だ! 我々を陥れようとしているんだ!」
「おい、小僧! いったいどういう心算だ!」
矛先がこちらに向いた。
「この真実の鏡が偽物だとでも言うのですか?」
俺のセリフに下級貴族の執事だと名乗った男が真っ先に反応した。
「何が真実の鏡だ! とんだペテンの鏡じゃないか! こんなものを使って我々を陥れようとするなど、許されると思うなよ!」
「では、今度は街中で試してみましょうか? そうですね、住民の皆さんにわざと嘘を吐いてもらって、それが嘘であることを暴けるかを試してみましょう」
俺の提案に騒ぎだした四人が一斉に口を閉ざした。
周囲の者たちに聞こえないよう、黙りこくる彼らにささやく。
「真実の鏡が本物であることはロッシュ代官様が証明してくださるでしょう。ここで騒ぎ立てても恥の上塗りにしかなりませんよ。まして、このことが外に漏れでもしたら……」
最後までは語らずに下級貴族の肩を叩くと、力が抜けたかのようにドサリと椅子に腰を下ろした。
さて、静かになったようだな。力なくうな垂れる嘘吐きの四人に向け、件のブレスレットを掲げて満面の笑みで告げる。
「こちらの盗品ですが、いまのところ所有者が不明です。そこで、皆さんのうちのどなたかに買い取って頂きます」
「買い取るだと?」
卸問屋の主人が怪訝な表情で聞き返した。
「はい、この場で競売にかけさせて頂きます。競売で所有者が決まれば、少なくともどなたかがブレスレットを持ち帰ることが出来ます。このままだと全員が手ぶらで帰ることになってしまいます。そうなるとあらぬ噂が流れないとも限りません」
「そんなもの、全員が見間違えたといえばすむだろう」
下級貴族の執事が力なく反論した。
分かってないな。そのあらぬ噂を俺が流すと言っているんだよ。
「所有権を名乗り出た五人が嘘を吐いた、というの噂が流れるとお困りになりませんか?」
「競売に参加しよう」
大手商会の商会長が真っ先に理解し、続いて、卸問屋の主人、農場主、ライザー商会の若旦那と続く。
「私もだ」
「すぐに始めようじゃないか」
「不本意ですが私も参加します」
彼らの反応を見てようやく自分たちの置かれた状況に気付いた下級貴族の執事が、こちらを睨みながらも理解を示してくれた。
「落札価格の下限と上限を私が提示いたしますので、皆さん、この場で紙に金額をお書きください」
「一番高額を提示した者が落札だな?」
と商会長。
俺は商会長にその通りであると伝え、
「皆様にお支払い頂いた金額の八割を教会に、残りの二割を孤児院に落札された方の名義で寄付をさせて頂きます」
と付け加えた。
恥をかかずにすむだけでなく『慈善活動をした』、という好い評判が買えるのだ。あながち悪い取引でもないだろう。
それに、落札価格の下限は相場よりも少し安い程度するつもりだ。
嘘吐き連中とは言っても、肉親や関係者が盗賊の被害者であることに変わりはないその被害者の関係者を相手に、あまりアコギなことをするのはさすがに良心がとがめるからな。
何事も加減は大切だ。
俺はその場で競売を始めるのだった。
シンプルな入札方法を取った。
こちらの用意した紙に各自が名前と金額を書いて箱に入れる。全員が入札を終わったところで、その紙を俺が開封していくというものだ。
各自が名前と金額を書く間、俺たち関係者は部屋の外で待機することにした。
部屋のなかは入札者のみ。
これなら不正も可能だ。
特に談合にはうってつけのシチュエーションである。
「うわー。案の定、あのいけ好かない執事が談合を持ち掛けたわ」
扉の外で聞き耳を立ててたユリアーナが満面の笑みを浮かべた。
その隣でユリアーナに盗み聞きを止めるように涙ながらに諭すロッテ。ときおり、俺に助けを求める視線を向けるが、俺もユリアーナを説得する自信はない。必然的に目を逸らすことになる。
因みに、オットー助祭はというと。何も見なかったことにしようというのか、壁に向かって何やら祈りを捧げていた。
その祈りを捧げている相手が、扉に耳を付けて盗み聞きをしているとは夢にも思っていないんだろうな。
何だか、女神・ユリアーナを信仰するこの世界の人たちが気の毒に思えてくる絵面だ。
「たっくん、終わったようよ」
瞳を輝かせたユリアーナが扉を指さした。
獲物を見つけた肉食獣の目のように思えるのは気のせいだと思いたい。
◇
「それではこれより入札の結果を発表いたします」
「勿体付けるな。どうせ全員、最低価格なのだろ? さっさと価格を下げてやり直せ」
下級貴族に仕える執事が意地の悪そうな笑みを口元に浮かべた。
お前が主人である貴族の名前を臭わせて、他の入札者たちに最低価格で入札するよう圧力を掛けたことを女神様は知っているぞ。
女神・ユリアーナが盗み聞きした不正の内容は、全員が最低価格で入札し、価格を下げさせて再入札に持ち込もうというものだ。だが、残念ながらお前の企みに乗ってくる人はいなかったようだな。
皆の眼の前で全ての紙を開封した。
入札価格の下限を書いたのは執事だけだ。誰一人として彼の企てに加担するものはいなかった。
「ギルベルト商会のオイゲン・ギルベルト様が落札されました」
落札者は早々に競売への参加を承諾した大手商会の商会長。紙には上限の落札価格が記されていた。
オイゲン・ギルベルト商会長がホッとした様子で椅子の背もたれに体重を掛ける。その様子から自分と同じように上限価格で入札してくる者が他にもいると心配していたようだ。
「バカな!」
執事が椅子を倒して勢いよく立ち上がると、彼の指示通りに動かなかった入札者を次々と睨み付け、その視線はギルベルト商会長のところで止まった。
だが、睨み付ける執事など意に介さず、ギルベルト商会長が言う。
「では、このブレスレットは私の弟が所有者であった、と言うことでよろしいかな?」
「お好きなように主張なさってください」
俺がそう言うと、全ての決着が付いたことを察した農場主が口を開いた。
「どうも私の勘違いだったようです」
続いて、ライザー商会の若旦那と問屋の主が互いに苦笑いを浮かべる。
「世の中にはよく似た品がありますからね」
「まったくです」
だが、一人だけ納得していない者がいた。執事である。彼は理解できないと言った様子でギルベル商会の会長を見る。
「何故こんなバカげた金額を……」
「信用と評判を買ったと思えば安いものですよ」
商会長の言葉に執事を除いた他の参加者が顔をしかめた。してやられた、と言った表情だ。執事派と言うと憤りを隠さずにギルベルト商会長に噛みつく。
「提案通りの額で入札していれば最低価格を下げざるを得なかったんだぞ! そうすればお前の言う信用と評判はもっと安く買うことが出来たんだ!」
俺のことを指さすと、
「こんな小僧に無駄金を払うなど、どうやらギルベルト商会の商会長も評判ほどのやり手ではないようだな!」
ギルベルト商会長に向かって吐き捨てた。だが、当のギルベルト会長は執事に憐れみの視線を向けるだけだ。予想外の反応に執事が地団太を踏む。
「本当に分からないの? 知能が足りないようね」
ユリアーナが煽るように溜息を吐く。
隣で蒼ざめているロッテとオットー助祭が気の毒になってくる展開だ。
「何を言っているんだ?」
執事の矛先がユリアーナに変わった。
放っておいたら何を言い出すか分からない。俺は背後からユリアーナの口を押え、彼が納得できるよう説明することにした。
「皆様方と同じようにご自身、或いは肉親や知人の所有物だった、と盗品の返還を求める方々が外に溢れています。それこそ、皆様と同じように一つの品物に複数の方が返還を求めているのです。なかには、勘違いなどではなく、嘘を吐いている方もいらっしゃるかもしれません」
俺が一拍おいたタイミングで、突然、ギルベルト会長が核心を突く。
「嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かるものだよ。つまり、名乗りを上げておいて品物を持ち帰らなかったら……、さて、嘘吐きたちはそんな者たちをどんな目で見るかな?」
いや、どんな目で見るか、もないだろ。あんた、『嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かる』。って最初に言ったじゃないか。
「それは……」
執事の顔がみるみる曇った。
「理解できたようだな」
ギルベルト商会長はそう言うと、ブレスレットを手に立ち上がった。そして俺たちと他の入札差に軽く会釈をすると出口へと向かう。
「待て! いや、待ってくれ! 倍だ! 倍の金額を出す。それを譲ってくれ!」
執事がギルベルト商会長に追いすがるようにして部屋を出て行った。
◇
入札者全員が退出すると、オットー助祭が誰にと話に沈痛な面持ちでつぶやく。
「果たしてあそこまでする必要があったのでしょうか?」
「そうですね、少しやり過ぎたかもしれませんね」
オットー助祭に同情したのか、入札者たちに同情したのかは分からないが、ロッテも悲し気な表情を浮かべた。だが、そんな二人をユリアーナが一蹴する。
「嘘を吐く方が悪いのよ」
「ですが、これであの人たちが街に住めなくなったりしたら、それはそれでかわいそうじゃないですか」
「嘘つきが減って街もよくなるんじゃないかしら」
間髪容れずにユリアーナが返した。
話が逸れたので元に戻すか。
「さた、次の盗品の所有権を主張する人たちに入ってもらおうか」
「また同じことをするんですね」
肩を落としたロッテに言う。
「もう、入札は行わない」
「え?」
「どういうことですか?」
茶番が繰り返されると思っていたのだろう、ロッテとオットー助祭の顔から陰鬱とした表情が消え、期待で頬が好調している。
「真実の鏡が嘘を暴いたところから、入札、悔しがる執事までの一連の出来事を事前に説明してから、改めて所有権を主張するか聞くから揉めることもないと思うぞ」
「えええー!」
「冗談ですよね?」
ロッテとオットー助祭の驚きの声が返ってきた。そんな彼らの様子をユリアーナが面白そうに見ている姿を俺は視界の片隅で捉えていた。
返還を求めて殺到した人々は全て退出した。用意された教会の一室、いまここに残っているのは俺たちと、手伝いをしてくれた五人の若い神官だけである。
「皆さんのお陰で盗品を持ち主に返還することが出来ました。ありがとうございます」
手伝ってくれた若い神官にお礼を述べた。
「いえ、その、お手伝い出来て光栄です」
「後片付けは私たちがするので、皆さんは別室で少しお休みください」
若い神官たちは形容しがたい笑みを浮かべる。
「テーブルや椅子を部外者や助祭に運ばせるようなことはしたくありませんので」
そう言って、俺とユリアーナ、ロッテ、オットー助祭を二つほど隔てた部屋へと案内してくれた。
結果的には俺のプランは効果絶大だった。盗品の返還を求める人々の列に向けて、真実の鏡が嘘を暴いたところから始まり、入札と入札金額、ダメ押しに悔しがる執事までの一連の出来事を事細かに説明した。
すると瞬く間に列に並んだ人々は散り散りとなり、三百人以上いた長蛇の列も二十人弱となる始末だ。そして残った二十人弱の人々も例外なく真実の鏡の前で告白してもらった。
『清い心の持ち主が大勢いたことに感謝を』、そう口にしたのはオットー助祭。
ロッテは『あの農場主がこの街に住めなくなったらどうしましょう』、と一見、農場主の心配するようなことを口にしていたが実情は違う。
孤児院に小麦を寄付してくれた農場主が街に住めなくなって、教会の食料事情が悪化することを心配していた。
それを容易く見抜いたオットー助祭のロッテを見る目が変わったのはまた別の話だ。
「終わったわねー」
椅子に倒れ込むように腰かけると、ユリアーナが大きく伸びをした。
「ええ、終わりましたね……」
「色々なことが終わった気がします」
オットー助祭が椅子に座ったまま頭を抱え込み、その隣でロッテが肩を落とした。そんな二人を横目に発したユリアーナの言葉が俺の胸を抉る。
「オットー助祭の名前で主催したのは拙《まず》かったかもしれないわね」
「確かに思惑とずれたかも、な……」
当初の目的はオットー助祭の人気取りだった。着任早々、奇跡の力のお陰で住民からの支持が高いオットー助祭の人気を不動のものにするために画策したイベントである。
ユリアーナの言う通り、もしかしたら失敗したかもしれない。だが、やってしまったことは仕方がない。
「後悔するよりも巻き返しの策を考えよう」
「賛成よ。で、何か考えはあるの?」
俺の言葉にユリアーナが即答した。だが、ロッテとオットー助祭は違う。
「え? まだ何かするつもりなんですか?」
「あの、出来れば私抜きでお願いできませんでしょうか……」
その発言は聖職者としてどうなんだ?
口をついて出そうになった言葉を飲み込み、オットー助祭をフォローする。
「助祭様が気にすることではありませんよ。これも自業自得です」
「自業自得なのはそうかもしれませんが……」
よし! 聖職者も認めた。悪いのは俺じゃない。すべてあいつらだ。
「名も知らない農場主ですが、毎年のように四種類の小麦と幾つもの果物を孤児院に寄付してくださいました」
聞いたこともない小麦の種類と果物の名前をロッテが次々と上げていく。
どうやら、小麦の種類と果物の名前は知っていても農場主の名前は知らないようだ。だが、この街に来て間もないオットー助祭は知っていた。
「あの農場主はヘッセさんですよ、リーゼロッテさん」
「助祭様、お教えくださり感謝申し上げます」
殊勝にお礼を口にしているが、一晩眠ったら忘れてそうだよな。
そのとき、突然、扉が乱暴に開けられた。振り向くと、開け放たれた扉の向こうから見知らぬ三人の神官がこちらを睨みつけている。
「どちら様でしょうか?」
俺が聞くと不機嫌そうに真中に立っていた肥え太った神官が口を開く。
「何だ、ワシのことも知らんのか?」
「こちらのお方は、この度新たに赴任して来られたルーマン司教でいらっしゃいます」
傍らに立っていた若い神官が肥え太った神官の正体を明かした。
なるほど、これが次の俺たちのターゲットか。
「着任したばかりの新参者なんて知るわけないでしょ」
バッカじゃないの? と言わんばかりの口調でユリアーナが言い放った。
「貴様……!」
「無礼者が!」
ルーマン悪徳司教が顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる横で、お付きの神官その二が俺とユリアーナを睨み付けた。
「まあ、部外者のことなどどうでもいい」
悪徳司教がオットー助祭に視線を向けると勝ち誇った顔で言う。
「真実の鏡とか言うインチキ魔道具を使って街の有力者を陥れたそうだな」
「陥れるなど」
オットー助祭の抗弁を遮る。
「黙れ! 女神・ユリアーナから賜ったという奇跡の力とやらで、少し調子に乗ったのではないかね」
何とも嫌味ったらしい口調だ。
「次の計画を練りたい」
「賛成」
「いい考えです、シュラさん」
ここを早々に退出しようとの俺の提案にユリアーナとロッテ二つ返事で賛成する。
一人、オットー助祭だけが俺たち三人に驚きの視線を向けていた。
オットー司祭と別れた俺たちは作戦会議をするため宿屋の部屋に集まっていた。
「あの豚野郎に神罰を下しましょう」
ユリアーナはそう言うと食卓の中央に置かれた子豚の丸焼き、その心臓があったであろう付近に深々とナイフを突き立てた。
「賛成です! 悪徳司教の正体を暴いてやりましょう」
間髪を容れずにロッテも子豚の丸焼きの腹にナイフを突き立てると、そのまま腹を引き裂く。
詰め込まれた野菜が溢れだした。先程まで美味そうに見えた子豚の丸焼きが、もはやグロテスクなものにしか見えない。
料理人には申し訳ないがあれを食べるのはやめておこう。
手元に置かれたスープにパンを浸しながら言う。
「あの悪徳司教を失脚させるのは俺も賛成だ。それで具体的にはどうしたいんだ?」
「神聖石を取り上げるだけで相当ショックを受けると思います」
ロッテが身を乗りだした。
「教会内部での信用や発言力も低下するだろうな」
「ですよね! あの悪徳司教は調子に乗っていましたから敵も多いはずですよ、きっと。だから力を失えばあとは転げ落ちて行くんじゃないでしょうか?」
割とエグイことをサラリと言うな。
「甘いわねー、二人とも。どうせなら悪徳司教の能力も奪ってやりましょう。そうね、公用語のスキルも頂いちゃいましょう」
と思ったら、もっと酷いことを笑顔で言う女神がここにいた。
「公用語? そんなもの奪えるんですか?」
「奪えるわよ。以前、盗賊から奪って馬に付与したもの」
「もしかして……、あの馬たちがよく言うことを聞くのって……」
得意満面のユリアーナにロッテが恐る恐る聞いた。
「便利でしょ」
「あの、シュラさん? その盗賊ってどうなったんですか?」
「罪人として騎士団に引き渡した」
罪人として引き渡されれば犯罪奴隷となる。
他の盗賊たちは奴隷となった未来に恐怖していたが、公用語スキルを奪った盗賊たちは明らかに異なる恐怖に震えていた。
脳裏に蘇ったその姿と見知らぬ盗賊を憐れむロッテの表情が俺の良心を責める。
「えーと、言葉は?」
「理解できないだろうな」
「じゃあ、言葉の通じない外国に奴隷として売られていく心境でしょうね……」
ロッテが見知らぬ犯罪者に同情を示した。
いや、自分の思考すら脳内で言語化できないと考えると、あるのは恐怖心や絶望だけだろうな。
「犯罪者のことは忘れて、悪徳司教を懲らしめる作戦に話を戻そうか」
「懲らしめると言っても、言葉まで奪うのはやり過ぎだと思います」
今度は悪徳司教に同情心を見せるが、ユリアーナが一言の下に却下する。
「神罰よ」
「神罰は女神・ユリアーナ様がきっとくだしてくれます」
「任せて頂戴」
祈るように胸の前で両手を組むロッテとは対照的に満面の笑みで胸を叩くユリアーナ。
「ですから、神罰は女神・ユリアーナ様にお任せしましょう。あたしたちは人としての節度の範囲内で懲らしめませんか?」
「ユリアーナは女神だよ」
俺の言葉にロッテが即座に面白くない顔をする。
「惚気ですか?」
イケメン一人に美少女二人。
まあ、事情説眼せずに片方の方を持つような発言をすればこうなるか。
俺も迂闊だぜ。
とは言え、簡単に誤解を解くのも面白みに欠けるか。
「何で俺がユリアーナを引き合いに出して惚気るんだ?」
「だって、そうじゃないですか……」
「兄妹だって、言ってなかったっけ?」
「でも……、その、お二人とも妙に仲がいいですし……」
恥ずかしそうに俯くロッテに追い打ちを掛ける。
「つまり、俺が妹であるユリアーナ相手に惚気るようなことを口にして、ロッテの気を惹こうとしている、と?」
「ち、違います! そんなこと思っていません」
飛び上がらんばかりの勢いで上げた顔は耳まで真っ赤だった。
薄々思ってはいたが、これは脈があるな。
もう一押しってところか。
俺が内心でほくそ笑むんだところでユリアーナの言葉が室内に静かに響く。
「たっくんとあたしは兄妹じゃないわよ」
「え?」
ロッテの顔が一瞬で真顔に戻った。
「あたしはこの世界の神にして管理者。あなたがたの言うところの女神・ユリアーナよ」
何でこのタイミングで暴露するんだよ!
「え……?」
俺が心の叫びを上げる傍ら、思考が止まった様子のロッテが焦点の定まらない目をユリアーナに向けていた。
放心するロッテに向かってユリアーナが話を続ける。
「で、たっくんはあたしの助手として、こことは違う世界から召喚した異世界人なの」
「あたしのこと、からかっていますよね……?」
そう返すロッテにユリアーナがヤレヤレといった様子で頭を横に振りながら言う。
「正真正銘、女神ユリアーナとその助手よ」
「冗談、ですよ、ね?」
俺へと視線を巡らせたロッテの頬を汗が伝っている。
「ユリアーナが女神か悪魔なのかは俺には判断のしようがないが、俺が異世界から連れて来られた人間だというのは本当だ」
「本物の女神よ! 失礼なこと言わないでくれる!」
「え? え、え、え?」
ユリアーナの声を聞き流して混乱するロッテに言う。
「俺はこことは異なる世界から来た。いや、ユリアーナに呼ばれたというべきだな」
「ユリアーナさんが女神ユリアーナ様でシュラさんが女神の使徒様ですか……?」
「使徒なんて偉そうなものじゃないけど、概ねその通りね」
「あの、女神ユリアーナ様と使徒様がなぜ地上に顕現されたのでしょうか?」
ロッテの疑問に答える形でユリアーナが語りだす。
「天界でちょっとした事故が起きて神聖石と呼ばれる神の力を秘めた石がこの世界の各地に散らばってしまったの。砕け散った石、一つ一つに大した力はないわ。それでも、この世界のパワーバランスを崩す程度の力は秘められているわね」
神聖石が百余に砕けてこの世界の各地に散ってしまったこと。そして、その神聖石を回収しなければならないことを告げる。
「神聖石は人の手に余るものよ。手に余る力は災いを呼ぶでしょう。悪意ある者が手にしたらどうなると思う?」
息を飲んだロッテの顔が瞬時に蒼ざめた。
「もしかして、オットー助祭の奇蹟の力やアンデッド・オーガも?」
賢い娘だ。
違和感を覚えた出来事といま聞いたわずかな情報だけでそれを紐づけるのか。
俺は内心で感心しながらうなずく。
「神聖石の力を得れば、ただのオーガがアンデッド・オーガになる。一介の助祭が奇跡の力を使えるようにもなれる」
唇を固く引き結んでいたロッテが恐々と口を開く。
「不信心な腹黒司教でも奇跡の力が使えるようになる、ということですね」
「理解が早くて助かるわ」
「奇跡の力が使えるだけならいいが、力が使えることを利用して高い地位に着けば下の者たちが不幸になる」
ユリアーナと俺の言葉にロッテがうなずく。
「ユリアーナ様の目的はその石を取り返すという理解であっているでしょうか?」
「天界のものは天界に。神のものは神の手に」
肯定するユリアーナにロッテが抗議の声を上げる。
「それじゃ、助祭様は奇跡の力を使えなくなってしまうんですか? 助祭様の力は人々のために、ユリアーナ様の信者のためになっています! いいえ、これからも信者を助ける力になります!」
悪徳司祭が眼中にない辺り、助手としての素養は十分だな。
「オットー助祭から神聖石は返してもらったわ。でも、神聖石の力で行使できた『女神の奇跡』は別の手段で使えるようにしてあるから大丈夫よ」
「別の手段?」
「別の手段というか、別の力、でね」
ユリアーナが意味ありげな視線を俺に向け、それを追うようにロッテの視線が俺に注がれた。
「シュラさん?」
「俺が魔道具を作れるのは知ってるな?」
「奇跡の力が使える魔道具をオットー助祭に差し上げたんですか?」
俺はゆっくりと首を横に振る。
「武器や防具、アクセサリーに魔法を付与するだけじゃなく、人や動物にもスキルや魔法を付与することができる。もちろん、逆も可能だ。魔物や人のスキルを奪うこともできる」
その先を予想したのだろう、ロッテは小さく震えながら目を閉じ、両手で耳を塞いだ。
だが、それでも俺の声は届く。
「スラムに巣食う犯罪者から奪った光魔法のスキルを幾重にも重ね、奇跡の力と同程度の能力にしてオットー助祭に与えた」
「そんなこと、人に出来るはずありません。もしできるとしたら、それは……」
神の御業と言いたかったのか、悪魔の所業と言いたかったか……。
目を閉じたままのロッテにユリアーナがキッパリと言い切った。
「たっくんは女神である私の助手よ」
ユリアーナが自分の指示でやったことだと言外に告げた。
「それじゃ……」
言葉を詰まらせるロッテに向けて俺は静かに告げる。
「神聖石の力を借りなければ行使できなかった女神の奇蹟をオットー助祭の力だけで使うことができるようにした」
「怖い?」
ユリアーナの質問にロッテは「いいえ」、とゆっくり首を振って笑みを浮かべた。
「信者のことや善い行いをする者のことをちゃんと見てくださっているのだと分かり、安心しました」
「改めて聞くわ。ロッテ、あたしたちと一緒に来てくれるかしら?」
「あたしもシュラさんのような力を持つことになるのでしょうか?」
「たっくんほどの力は無理ね。どんなに頑張っても、人の範疇を超えることはないでしょうね」
「それを聞いて安心しました。是非お二人とご一緒させてください」
ロッテが安堵の笑みを浮かべた。
「と言うことだから、たっくんの助手よ。ちゃんと面倒見なさいよね」
「分かってる」
「あの、よろしくお願いします」
「よろしくな、ロッテ」
俺の差し出した手を取ったロッテが恐る恐る聞く。
「あのー、半分冗談だと思って聞き流していましたが、盗賊から公用語のスキルを奪って馬に付与したというのは……」
「事実だ」
「事実よ」
俺とユリアーナの返事が重なった。
一瞬、ロッテの顔に後悔の表情がよぎった気がしたが気のせいだろう。
「さあ、それじゃあ本題よ。腹黒司教に神罰を下す算段をしましょうか!」
ユリアーナの揚々とした声を合図に俺たちは話し合いを再開した。
翌朝、教会へと来ると教会の入り口には長蛇の列が出来、教会前の広場は人々で溢れ返っていた。
「あれ全部が悪徳司教の神の奇蹟を見に来た人たちなんですよね? オットー助祭が神の奇蹟を行ったときの三倍はいますよ!」
ロッテが驚きの声を上た。
「司教ってだけでありがたいのかしら」
「まあ、普通に考えればそうなんだろうな」
司教と助祭では会社の重役と係長ほどの差がある。
同じ神の奇蹟なら位の高い司教から行使される方がありがたいのだろう。
女神・ユリアーナに対する信心深さや、人々の価値観が地球の中世ヨーロッパに近いと考えれば理解できる。
「何にしてもギャラリーが多いのは好都合よ。何と言っても効果的だもの」
「はあ……」
口元に悪戯な笑みを浮かべているユリアーナと表情を曇らせるロッテ。
対照的というか、二人の性格がにじみでる反応だよな。
「どうした?」
「自業自得とは言え、少し気の毒かなあ、と」
表情を曇らせるロッテに聞くと、少し困ったような笑みを浮かべた。
「なーに? あんな失礼なヤツに同情なんてしなくてもいいわよ」
「でしょう、か……?」
司教という高位の神官に邪険にされるくらいは一般市民のロッテからすれば普通のことなのだろう。
だが、女神であるユリアーナからすれば許せない事らしい。
「災いの芽は早いうちに摘んでおかないとだめよ」
「災い、ですか」
「そう、災いよ! あんなのを放置したら不幸な目に遭うのは無垢な信者と住民たちだもの」
己の度量の無さには気付いていない女神様が続ける。
「権力者が悪さをすると一般信者が不幸な目に遭うでしょ? それを未然に防ぐんだから善行よ」
「ですが、行き過ぎた罰は女神様がお許しに――」
「許します。やっちゃいなさい!」
ロッテの言葉を遮って当の女神様がピシャリと言い切ると、
「はいっ!」
背筋を伸ばしたロッテが反射的に承諾した。
とは言え、ヤルのは俺なんだけどな。
「さあ、覚悟が決まったところで教会へ入ろうか」
「そうね。神罰を下す相手を見つけださないとね」
足取りも軽く、ユリアーナが先頭を切って教会の裏口へと歩き出し、俺とロッテはその後を追った。
◇
教会の裏口で二十歳前後の神官見習いに取次を頼む。
「オットー助祭と約束があって参りました」
「え! オットー助祭に?」
「はい、お約束頂いているはずですが?」
「オットー助祭はちょっと別件で手が離せません。申し訳ございませんが午後にでも改めてお訪ね頂けませんでしょうか?」
オットー助祭に確認もせずに午後に予定を変更させる?
神官見習いが助祭のスケジュールを勝手に変更するなんてあるのか?
オットー助祭には口裏を合わせるように言い含めてある。彼の律儀な性格を考えるとユリアーナに会うこともなく予定変更を他者に頼むとも思えない。
自然と俺とユリアーナの視線が交錯する。
「慌ただしいようだけど何かあったのかしら?」
若い神官見習いの気を惹くようにユリアーナが愛らしい笑みで尋ねた。
「いえ、何もありません」
「入るぞ」
「あ! ちょっと待ってください!」
隙を突いて教会内へ入るとユリアーナに気を取られていた若い神官見習いが慌てて追ってきた。
「困ります! 助祭は立て込んでいらっしゃいます」
「出直すつもりはないわよ」
「おじゃましまーす」
揚々としたユリアーナの声と遠慮がちなロッテの声が後方から聞こえた。
続いて神官見習いの悲痛な声。
「え? だ、ダメす! 勝手に入らないでください!」
「オットー助祭は自室か?」
彼の自室へと続く通路を指さすと見習い神官が再び俺を引き留めようと踵を返す。
「お願いですから勝手に入らないでください」
「どうやら自室のようね」
「助祭様が来客を自室に招くなんて初めて聞きました」
ユリアーナとロッテが見習い神官のあとを悠然と進む。
「いま、本当に立て込んでいるんです! オットー助祭も来客の対応ができる状況じゃないんです!」
引き止めようと俺にしがみつく見習い神官を引きずってオットー助祭の自室へと歩を進めた。
オットー助祭の部屋があるのだが、扉は開け放たれ部屋の前ではオットー助祭と司祭クラスの見知らぬ神官、衛兵が深刻そうな表情を浮かべている。
「とっても忙しそうですよ」
「本当に何かあったようね」
ロッテとユリアーナのつぶやきが重なった。
「無くなった物はないのですね?」
年配の衛兵の質問に、
「はい」
「教会に侵入した者は過去にもいますが、助祭の部屋へ侵入したのは初めてです」
肯定するオットー助祭と被害がないことに幾分か安堵の色を見せる司祭。
「まるで家探しをした後のようですよ」
部屋の中から出てきた若い衛兵が部屋の中を振り返りながら言った。
「怪しげな魔道具が仕掛けられた形跡もないのか?」
「それもありません」
司祭が年配の衛兵に言う。
「被害はありませんでしたの。これでお引き取りいただけませんでしょうか」
何者かがオットー助祭の部屋に侵入して家探ししたと言うことか。
予想どおりの行動に出たようだ。
「ユリアーナ様が言った通りになりましたね」
ロッテの言葉に「でしょう」と笑顔で答えると、続いて俺を見て得意げに胸を張る。
「どう? たっくん」
「俺の負けだ。ユリアーナの読み通りだ」
両手を軽く上げて敗北を認めた。
オットー助祭も自分と同じように神聖石を持っている、そう考えた腹黒司教が神聖石を奪いに来るだろうと予想していたのだが、簡単に発覚しないように上手くやると思っていた。
まさか、こうも思慮に欠ける行動に出るとは予想外だ。
「敵は知恵が足りないようね」
とユリアーナ。
まったくだ。もう少し知恵を回せよ。
騒ぎが大きくなると俺たちも動きづらくなる。
迷惑な話だ。
「ユリアーナさん、シュラさん」
俺たち三人に気付いたオットー助祭が「どうしてこちらに?」と驚いたようにつぶやいた。
そりゃそうだ。
取り次ぎがあるはずなのに、それをすっ飛ばして直接訪ねてきたのだから困惑もするよな。
「親切な見習いさんが案内してくれたの」
「えっ! ええーっ!」
神官見習いの驚きの声をよそにユリアーナが続ける。
「事情は案内の見習いさんから伺ったわ。大変だったようね」
「嘘です! 私は何も言っていません!」
神官見習いの声が通路に響き渡る。
「教会の、それも助祭の自室に侵入者なんて怖いわー」
「濡れ衣です! 私じゃありません!」
だが誰も取り合わない。
ユリアーナの背後で神官見習いの声が虚しく響いた。
「幸い無くなった物もありませんし、ちょうど部屋の模様替えをしようと思っていたところです」
微笑むオットー助祭にユリアーナもほほ笑見返す。
「被害もなかったようだし、少し時間を取れるかしら」
オットー助祭が司祭と年配の衛兵に助けを求めるように視線を送る。
「面会の約束かね?」
「はい、既に約束の時間を過ぎております」
司祭の助け舟にオットー助祭が即座に乗った。
「教会としても被害がない以上、特に問題にするつもりはありません。助祭を解放して頂いてもよろしいですか?」
司祭の提案を年配の衛兵が承諾した。
さて、これで教会内をある程度自由に動き回れる。
待ってろよ、悪徳司教。
自然と口元が緩む。
見ればユリアーナも同じように口元を綻ばせていた。