「うわー、盛大な歓迎ですねー」

 歓迎も盛大だが、司教一行の行列も盛大だ。ラタの街へ到着した司教一行をラタの街の住民たちが盛大に出迎えていた。
 歓迎の理由は新任の司教がここまでの道中で、この街の助祭であるフランツ・オットーと同じく『女神の奇跡』を起こしたとの噂からだ。

「今度の司祭様はオットー助祭様と同じように女神の奇跡を起こせるらしいじゃないか」
「心強い限りだねー」

 住民たちの噂話があちらこちらから聞こえてくる。どれも司教に対して好意的なものだ。

「新任の司教もオットー助祭と同じように慈悲深いと思い込んでいるようね」

 ユリアーナの視線以上に冷ややかな口調。

「期待をするのは勝手だが、真実を知ったときの住民たちの落胆ぶりが気の毒でならないな」
「もしかしたら良い方かもしれませんよ」
「ないわね」

 ロッテの希望的な観測をユリアーナがスパっと切って捨てた。

 ロッシュが行った事前調査の報告を見る限り金と権力と色欲に塗《まみ》れた、絵に描いたような悪徳司教だ。その悪徳振りに拍車をかけているのが神聖石で得た力となればユリアーナの不機嫌さも納得できる。

「さて、俺たちも移動するぞ」

 俺たち三人はオットー助祭と会うために教会へと向かった。

 ◇

 教会へ到着すると疲れ果てた表情のオットー助祭が出迎えてくれた。

「この度のご厚情、ご遺族の皆様に代わって感謝申し上げます」

 第一部隊に押収されていた盗賊の盗品を遺族や元の持ち主に無償で変換することを、オットー助祭の名前で行って欲しい、とロッシュ代官に申し出のだが……。
 オットー司祭は、自分の名前ではなく、実際に返還を申し出た俺の名前で行うべきである、と頑なに拒否した。

 固辞することは予想できたが、予想以上に頑なで俺とユリアーナ、ロッシュ代官の三人が一晩係で説得した。
 いや、できなかった。

 最終的には夢枕に立った女神・ユリアーナのお告げで納得してもらった。
 経緯はどうあれ、盗品を無償で遺族に返還することをとても喜んでいただけに、眼前の疲れ切った顔は意外だった。

「少し、やつれましたか?」
「そんなことはありません。ご遺族の喜ぶ顔が私に活力を与えてくださっています」

 いやいや、顔も疲れ切っているが口調も疲れ切っている。

「助祭様、回復魔法をお掛けしましょうか?」

 俺の背後からオットー助祭の顔を覗き込んでいたロッテが心配そうに声をかけた。

「回復魔法?」
「あたし、光魔法を使えるようになったんです」

 三日前までは俺の作製した、様々なスキルや魔法を付与した魔道具を使うことで幾つもの魔法が使える状態であったのだが、昨夜、彼女自身にスキルや魔法を付与した。
 これにより、土、水、火、風の四大属性魔法だけでなく、闇魔法や光魔法など、主にスラム街で仕入れた様々なスキルを付与した。

 目下、ロッテは新たに使えるようになった魔法やスキルの練習中なのだが、適性があったのか比較的容易に使えるようになった光魔法を、嬉しくて仕方がない、といった様子で多用していた。

「女神・ユリアーナ様のご加護ですね。おめでとうございます」

 オットー助祭が神聖教会の神官が行う、祝福を与える仕草をした。

「え?」

 助祭から祝福されるとは思っていなかったのだろう、戸惑うロッテに向けて助祭が言う。

「ありがとうございます、心優しいお嬢さん。回復魔法でしたら、もう、自分で掛けていますから大丈夫ですよ」

 慈愛に満ちた笑顔を浮かべると、既に三回ほどかけているのだと告げた。
 まだ昼前だというのに三回の回復魔法か……。

 肉体的な疲労というよりも精神的な疲労の方が大きそうだ。
 あからさまな人気取り、ポイント稼ぎと、上司や同僚から嫌味を言われているのかもしれない。

 ちょうどいい、打ち合わせと称してオットー助祭を少し休ませるとするか。

「ロッシュ代官からの指示で、盗品の返還状況の確認をさせた頂きに参りました。お忙しいとは思いますが少しお時間を割いて頂けませんでしょうか?」

「承知いたしました。少々お待ち頂けますか?」

 ロッシュ代官を口実にした俺の申し出に二つ返事で承諾した。

「せっかくだから昼食を摂りながら、あの疲れた顔の原因を聞きだしましょう」
「報告は?」

 ユリアーナのセリフにロッテが小首を傾げる。

「報告はオットー助祭をこの場から引き離す口実だ。そもそもロッシュ代官からは何の指示も出ていないだろ?」
「あー! なるほど! それ……もがッ」

 ロッテの口を塞いだところで書類の束を抱えたオットー助祭が足早に戻ってくるのが見えた。

 ◇

「このようなところへご招待頂き恐縮です」

 オットー助祭が畏まる。
 ロッシュに紹介してもらったラタの街でも一、二を争う高級料理店。その一室へと俺たち四人は来ていた。

「お気になさらないでください。聞かれたくない話もあったのでここを用意しただけです。全て我々の都合です」

 オットー助祭の緊張が幾分か解《ほぐ》れたと思ったら、今度は緊張で顔を強ばらせたロッテが聞く。

「あの、あたしも一緒でよかったんですか?」
「当たり前でしょ」
「ロッテは俺たちの家族なんだ。一緒に食事するのは当然だろ」

 ユリアーナの足りない言葉を補足する。

「ありがとうございます」

 いまにも泣き出しそうなロッテとなおも遠慮を見せるオットー助祭に食事を促す。

「では、食事をしながら報告をお聞きしましょう」

 瞬間、ユリアーナの左足が俺の右ふくらはぎにヒットした。

「ごめんなさい、無粋な兄で」
「何だよ」
「報告は食事を済ませてからよ」

 そうささやきながら視線でオットー助祭を示した。

 何てこった……。
 食事を脇によけて、カバンから取り出した書類の束をテーブルの上に置こうとしている。

「オットー助祭。先ずは食事を済ませましょう。報告はその後でゆっくりとうかがわせて頂きます」

 一瞬キョトンとした表情を見せるが、

「そうですね。食事をしながらの報告では忙《せわ》しないですよね」

 そう言って書類をカバンへと戻した。

 ◇

「――――という状況なのです」

 盗品の返還が始まって三日目。この二日間半の状況を口にしたオットー助祭が深いため息を吐いた。

 問題は幾つもあったが、オットー助祭の心労に直結していそうなのは人々の嘘。一つの盗品に複数に人々が所有権を主張するということが頻出しているそうだ。
 要は誰かが盗品目当てに嘘をついているという事なのだが、真偽を確かめる術がある訳もなく返還作業が滞っていた。

「嘘をついているとは思いたくありませんが、代官様の思いやりや、シュラさんの善意を食いものにするような行いにほとほと疲れてしまいました」
「少しは返還できたの?」
「他に所有権を主張する者がいない遺品以外はなんとか」

 ユリアーナの問いにオットー助祭が力なく答えた。

 予想外だ。こんな事態は予想をしていなかった。改めて己の甘さを痛感する。

「真実の鏡を使いましょう」

 ユリアーナの言葉にオットー助祭が不思議そうな顔をした。

「真実の鏡?」
「ええ、人の嘘を見抜く鏡です」

 これで少しは返還作業も捗ることだろう。