夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「実は本日お時間を頂いたのは――」
「目的は我が国での商会の立ち上げと、この地域での円滑な商売、というところだろ」

 俺の言葉を遮って言いきった。

 しかも事前に献上品の用意をしてあることは告げてあるにもかかわらず、そのことには一切触れていない。
 まるで俺たちが一方的にお願いに上がったような話の切り出しだな。

「それも目的の一つです」
「一つか。随分と欲張りだな」
「ご提供できるものも複数用意しております」
「ほう、聞こうか」

 三種類の能力を付与した長剣以外にも献上品があると思ったのか、まるで鑑定士が品定めをするかのように、俺を見るロッシュの眼差しが鋭くなった。

 さてと。先ずは俺がロッシュにとって利用価値のある人間だと理解させないとな。

「こちらが献上品でございます」

 長剣を恭しくテーブルの上に置いた。

 日本を代表するファンタジーRPGに登場する聖剣を参考にデザインしたので、見た目も十分に映える。

「これが……!」

 ロッシュは感嘆の声を上げると、食い入るように長剣を見つめた。
 彼が長剣に手を伸ばそうとした瞬間、それを阻むように魔術師ギルドの発行した鑑定書を彼に手渡す。

『国宝級』と言わしめたその性能を同席した魔術師ギルドの鑑定士が身振り手振りを交えて興奮気味に説明する。

「――――私も鑑定したときは驚きました。それこそその場で三度鑑定したほどです。この長剣には硬化と自己再生、さらに炎の魔法が付与されています」

 長剣を手にし、顔に喜色が浮かばせたロッシュに言う。

「お試しになられては如何ですか?」
「この場でか?」

 言葉とは裏腹に表情は躊躇《ちゅうちょ》していない。

「試し斬りは無理にしても、炎をまとわせるくらいは問題ございませんでしょう」

 ロッシュは俺の言葉に背を押されるようにして、部屋の中央へと歩を進める。
 無言で長剣を見つめる彼に、

「魔力を流すだけです。魔力さえあればどなたでも使えます」

 そう告げた瞬間、剣身が紅蓮の炎をまとった。
「これは……、凄いな」

 紅蓮の炎で赤く照らし出されたロッシュの顔が驚きと興奮の色を浮かべる。
 剣を見つめる瞳が妖しく光る。

 同席した鑑定士とロッテ、控えていたロッシュ家の使用人の額に汗が浮かんだのは、炎の熱だけが原因じゃなさそうだ。
 無意識の行動だろうが、腰を浮かせた鑑定士がわずかに後退る。

「如何でしょう? ご満足頂けるましたか?」
「ああ……。これ程の逸品、高位の貴族でも持つ者は少ないだろうな」
「鞘には耐熱が付与されております。剣の炎を消失させた頂ければすぐに鞘に納めても問題ございません」

 俺の説明に『気が利くな』、と言って剣を鞘に収めるよう、傍らの使用人に剣を手渡すと再び椅子に座った。
 そして興奮冷めやらぬと言った様子で訊く。

「それで、二つ目の頼み事とはなんだ?」
「ご領主様への紹介状を頂戴できませんでしょうか?」
「ヒューベンタール様へ?」

 こちらを警戒するような表情でこの地域を治める領主の名を口にした。

「代官様にだけ剣を献上したのでは、あらぬ誤解を生みかねません。それに、ご領主様への献上品として恥ずかしくない品を用意しております」

 ロッシュの視線が鑑定士に向けられた。全力で首を横に振る鑑定士から俺に視線を戻すと探るように訊く。

「君はこれ以上の逸品を持っているということか」
「今のところ」
「どういう事だ?」

 食いついた。
 俺は内心でガッツポーズをして、騎士団の第一部隊と第二部隊とのこれまでの経緯を話す。

「――――若輩の身であることが理由でしょうが、第一部隊のパウエル隊長からは、『盗賊からの押収品がまだある』と思われており、このままだと押収品以外も拠出しないとならない事態も予想されます」

 さらに、第二部隊のコンラート隊長からも呼ばれていることを詳細に語った。

「なるほどな。つまり、第一部隊と第二部隊に嵌められそうだから助けて欲しいというわけか」

「少し違いますね。代官様にとって目障りな第一部隊と第二部隊をまとめて片付ける機会をご提供しようというこです」
「続けろ」
「つまり、私は第二部隊のコンラート隊長の思惑を十分に予想した上で、彼らの言いなりになって行動したと申し上げております」
「若輩にしては賢しいな」
「父に厳しく教育されましたので」
「今夜なのだな?」
「代官様のお屋敷を出ましたら、第二部隊の詰所に向かいます」
「分かった。第三部隊と第四部隊を秘密裏に動かそう。ただし、これはお互いに利のあることだ。貸し借りは無し、と言うことでいいな」

 俺との会話の間にかいたメモが使用人に手渡された。

「承知いたしました」

 手柄をくれてやったはずなのにいつの間にか貸し借りなしになっているのは釈然としないが、高校生が大人相手にやった交渉事としては上出来だと思うことにしよう。
 領主への紹介状について触れようとする矢先、

「紹介状を書く前に、ご領主様への献上品が恥ずかしくない品であることを確認しておきたい」

 ロッシュがもっともな事を口にした。
 俺は承諾の返事をすると、バッグの中から幾つかのアイテムを取り出してテーブルの上に並べ、その中から銀の腕輪を手に取る。

「こちらでございます」

 銀の腕輪を受け取ったロッシュは値踏みするように調べた後で鑑定士へと渡した。

「紹介状を書くかどうかは鑑定結果次第だ」
「では、鑑定している間、少しお話をいたしませんか?」
「外国の話か?」

 興味を抱いたロッシュに『残念ながら貴国のお話です』、と前置いてロッテに視線を移す。

「先日、私どもで引き取らせて頂いたリーゼロッテですが、どうも良からぬ輩に付け狙われているようなのです」

 真相を知っている鑑定士が銀の腕輪を取り落としそうなるが、当の本人であるロッシュはまるで初めて聞く話のような顔をしている。

「ほう、どんなヤツなのだ?」
「成人前の少女を屋敷に連れ込んで悪さをしようという変態野郎です」
「それはけしからんな」
「しかもその変態野郎は実力行使にまで及びました。部下を使って孤児院に居たリーゼロッテを誘拐しようとしたのです。幸い、教会のシスターや近所の住民が居たお陰で誘拐は未遂と終わりました」
「リーゼロッテ嬢は美しいから、そんなこともあるかもしれんな」
「狙われたのはリーゼロッテだけでなく、他にも何人もの少女が狙われたと聞き及んでおります」
「けしからん、実にけしからんな」

 ここまで顔色一つ変えない。予想以上に出来るヤツのようだ。

「代官様にお心辺りはございませんか?」
「犯罪者の情報は上がってくるが、そのような報告は聞いたことがない。もし耳にしたら、未遂であっても捕らえて厳重に注意するよう。約束する」

 ロッシュの力強い一言に鑑定士が再び銀の腕輪を取り落としそうになった。
 額の汗を拭う鑑定士にロッシュが冗談めかして訊く。

「どうした、手元が狂う程の鑑定結果でも出たか?」
「はい。このような性能の魔道具は初めて鑑定致しました。いえ、聞いたこともないような魔道具でした」
「どのようなものだ?」

 鑑定士の反応にロッシュが身を乗りだした。

「異空間収納の魔術が付与されたおりました。恐らく、収納量は十トン近くかと……」
「バカな! もう一度鑑定しろ!」
「は、はい」

 顔色を変えたロッシュと鑑定士に言う。

「正確な鑑定です。その腕輪に付与されたのは『異空間収納』。収納量はちょうど十トンです」
「実家から持ってきた代物だから間違いないわ」

 ユリアーナが俺の言葉を補足した。
 異空間収納の能力が付与された魔道具は、異空間収納のギフト所持者よりも少ない。そして、ギフト所有者でも十トンもの収納量を持つ者は稀《まれ》だ。

「これほどのものを献上するというのか!」

 信じられないと言った様子でこちらを見るロッシュに、俺とユリアーナが何でもない事のように告げる。

「私と妹はともに異空間収納のギフトを持っております。我々にとっては大して価値のない代物です」
「あっても使わないもの」
「分かった……。少し待っていてくれ。いま、紹介状を用意しよう」
「紹介状かー。別にあってもなくてもいいのよねー」
「どういう事だ?」

 退室しようと立ち上ったロッシュがユリアーナの一言で動きを止めた。
 理由は簡単だ。

「本当の目的はこちらなんですよ」

 俺は代官の前に置いた卓上用の鏡を示し、次いで魔力を注いだ。
 魔力が注がれた鏡はまるで再現映像が流れるように、先程までの代官の顔と音声が流れる――――。

「先日、私どもで引き取らせて頂いたリーゼロッテですが、どうも良からぬ輩に付け狙われているようなのです」
「この反応、何か知っているのか?」
「成人前の少女を屋敷に連れ込んで悪さをしようという変態野郎です」
「バレている、と考えた方がよさそうだ。さてはロッテや孤児院の連中が話したな……」
「しかもその変態野郎は実力行使にまで及びました。部下を使って孤児院に居たリーゼロッテを誘拐しようとしたのです。幸い、教会のシスターや近所の住民が居たお陰で誘拐は未遂と終わりました」
「あいつら人前で攫おうとしたのか? 誘拐が成功しても揉み消しが面倒なだけだろうが!」
「狙われたのはリーゼロッテだけでなく、他にも何人もの少女が狙われたと聞き及んでおります」
「他の娘のことも知られているのか」
「代官様にお心辺りはございませんか?」
「知っているよ。すべて私がやらせたことだ。だが、白状する気はさらさらない。オーガを瞬殺した少年とは聞いていたが、証拠もなしに疑惑を並べ立てるあたり、所詮は子どもだな。とは言え、少し自重するか」

 ――――鏡から聞こえてきたのは先程の会話とは微妙に違う内容だった。

「こちらが本当の献上品、『真実の鏡』でございます」

 真っ青になったロッシュが崩れるように椅子に腰を下ろした。
 室内を静寂が包んだ。
 顔を蒼ざめさせたまま、目の焦点が定まっていない代官と使用人。鑑定士は引きつった顔で俺を見つめ、ロッテはアングリと口を開いたまま微動だにしない。

 茫然自失としている代官に向かってにこやかに告げる。

「この『真実の鏡』をご領主様への献上品といたします。ご領主様のお立場ならきっとお役に立つものと確信しております」

 映しだした者の嘘を暴き、真実を語らせる魔道具。
 為政者なら喉から手が出るほど欲しいはずだ。

「……こんな魔道具、聞いたこともない。まやかしだ。こんなもの……、誰も信じるものか」
「そうでしょうか? 事実、代官様は信じておられますよね?」
「……何が狙いだ」

 先程までの爽やかさと余裕が完全に消え失せていた。まるで地獄の底から響いてくるような声だ。
 俺を睨みつける代官にユリアーナが甘えたような口調で言う。

「あら、そんな警戒しなくてもいいのよ。私たちのお願いは、ロッテちゃんや彼女がお世話になった孤児院にちょっかいを出さないで欲しいだけなの」
「約束する」

 即答したロッシュにユリアーナが要求を積み上げる。

「あと、貧しい家の娘にもちょっかいを出しているそうだけど、それもやめてくれるかしら」
「確かに、リーゼロッテ嬢に対しては少々強引だったかもしれない。だが、他の少女たちとは合意の上でのことだ」
「合意? 嘘を言わないの!」

 ユリアーナがピシャリと否定した。

「嘘じゃない、本当だ。疑うなら直接本人に聞いてくれ! 本人を連れてきて証言をさせようか? いま、この屋敷に三人の少女が住んでいるが、三人とも合意の上でのことだ」

 既に被害者がでていたのか……。

「信じられないわね」
「奴隷として売られるところを私が引き取ったのだ。信じてくれ!」
「その三人の少女の話は本当のことです。カンナギ様は外国の方なので、この国のことはご存じないかもしれませんが、実の娘を奴隷として売ると言うのは珍しくありません――――」

 懇願するロッシュを擁護するように鑑定士がこの国の奴隷に関する情報を話し始めた。
 この世界、借金を返すために実の娘を奴隷商に売り払うというのは、数こそ多くはないがそれなりにあることのようだ。

 その三人の少女も奴隷商に売られる寸前のところをロッシュが借金を肩代わりする形で引き取ったため、少女たちも奴隷の身分とならずにすんだ。
 今ではロッシュの庇護下、実家で生活していたときよりも恵まれた生活をしている。

「私の屋敷で生活することを選んだのは彼女たちの意思だ」
「奴隷になるか愛人になるかの二択なら、そりゃ、愛人を選ぶよな」

 俺の倫理観では釈然としないが、この世界の住人である鑑定士やロッテの目からすれば、三人の少女は十分に恵まれた存在らしい。
 その証左に鑑定士とロッテはロッシュが言い訳をする間、何度も納得するような表情でうなずいていた。

 そんな二人の反応に落ち着きを取り戻したロッシュがまるで善行を告白するように言う。

「彼女たちを手元に置いておくのは成人するまでだ。成人したら働き口を紹介し、独りで生活していけるようにする」

 この世界の倫理観や常識と照らし合わせると然程非道なことをしてるわけじゃなさそうだ。風聞はよろしくないが当事者は助かっているのか。

「でも、どうしてその三人なの?」

 ユリアーナが疑わしいまなざしを向ける。
 まだ信用しきっていないようだ。

「私が気に入ったからだ」
「情の湧いた少女三人を手放すのは辛いでしょうね」
「新しい少女を探し出すから問題ない。あと数年は愛《め》でられるだろうが、彼女たちもやがて私の好みから外れることになる。何事も循環は必要なことだよ」

 クズだな。

「悪びれもしないで、まあ……」

 あきれる俺とユリアーナを前にロッシュが言い切る。

「リーゼロッテ嬢への干渉は今後一切しないし、教会へも不利益になることはしないと約束しよう」
「もう一つ、ロッテにしたような誘拐や権力で圧力をかけて断れない状況を創り出すこともやめて頂きたい」
「約束すれば、その魔道具を渡してもらえるのだな?」

 いつ魔道具をお前にやると言った。

「約束すればこの魔道具を献上品にはしません。証拠として永遠に私が保管いたします」
「それを信用しろというのか?」
「信用する以外の選択肢がございますか?」

 俺の言葉にロッシュが一瞬言葉を詰まらせた。

「いや、信用しよう」
「ありがとうございます」

 商談成立である。
 俺はロッシュと固い握手をして第二部隊との約束の場所へと向かうことにした。

 ◇

 第二部隊との待ち合わせ場所に到着すると、第二部隊の制服に身を包んだ騎士五人が待っていた。
 一個小隊が確か五人だったな。

 もう少し人数を用意すると思っていたが……。
 騎士の一人から第一部隊の制服を手渡された。

「その恰好では怪しまれる。これに着替えろ」
「用意がいいですね」

 女性用の制服まで用意されていた。
 ユリアーナとロッテを同行させるように指示を受けたが……、三人まとめて罠に嵌めて、外から騒ぎ立てる人間を出させないつもりか。

 手慣れてそうだなー。

「あたしたちも着替えるんですか?」

 自分自身とユリアーナ、二人分の制服を手にしたロッテに騎士がもどかしそうに返す。

「当たり前だ。その恰好で騎士団の倉庫まで案内するつもりか?」
「妹たちはどこか外で待たせても――」
「我々の目の届かないところで警備の連中に見つかると困る。それに少女二人にして暴漢に襲われでもしたら寝覚めが悪いからな」

 よく回る口だ。

「お気遣い感謝します」
「そういう事なら仕方がないわね」

 ユリアーナはそう言うとロッテをうながして建物の陰へと向かった。
 着替えを終えた俺たちは騎士を先導して騎士団の詰所の奥にある倉庫へと向かう。途中、警備兵に遭遇することもなく倉庫のあるエリアへと到着した。

「怖いくらい順調ねー」

 ユリアーナの嫌味にロッテが顔を引きつらせる。だが、嫌味とは思っていない小隊長が得意げに言う。

「警備の時間をあらかじめ調べておいたからな」

 まるで自分に感謝しろとでも言いたげだ。あきれる俺とユリアーナをよそにロッテが目を輝かせる。

「うわー、すごーい。やっぱり騎士様は私たちとは違って賢いですね。恰好良いし、若いシスターたちが憧れるも分かります」
「そうか? シスターたちが」
「人気あるんですよ、騎士様は」
「で、何て名前のシスターだ?」

 鼻の下を伸ばしてささやく小隊長に告げる。

「あの倉庫です」
「お、おう。第一部隊の専用倉庫だな」

 他部隊との共同倉庫にヤバい代物を隠す訳ないだろ。それに昼間あった騎士にはどの倉庫か伝えてあるぞ。
 内心で毒づきながら、

「見張りも見当たりません。侵入しますか?」
「よし、お前たち三人で先行しろ。既に鍵は壊してあるから簡単に倉庫へ侵入できるはずだ」

 用意がいいな。
 あきれている俺に小隊長がさらに言う。

「お前たちが奪われた盗品が確認できたら合図しろ。我々がすぐに踏み込む」
「盗品はいつ頃返して頂けるのでしょうか?」
「第一部隊の不正を明らかにしたら直ちに返却されるから安心しろ」

 俺は小隊長に承諾の返事をし、ユリアーナとロッテとともに倉庫へと侵入した。

 ◇

 鍵の壊れた扉を抜けて倉庫に入ると横取りされた盗品がすぐに見つかった。

「隠すつもりはなかったようだな」
「搬入したときのままですよ」

 倉庫の中央に無造作に積み上げられた盗品の山を見上げたロッテが呆れたように言った。

「周囲の状況は?」

 ユリアーナに聞くと、

「倉庫の周りは騎士たちに囲まれているわ。多分第二部隊総出でしょうね」

 そう言って肩をすくめる。

「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫よ。その騎士団を取り囲むようにロッシュの人員が配置されているわ。人数も三倍以上いるから、予定通り第三、四部隊に加えて、ロッシュ直属の兵士が動員されてるのは間違いないわ」

 泣きそうなロッテに作戦が順調に進んでいることをユリアーナが告げた。
 その人数なら俺たちが手助けしなくても何とかなりそうだ。

「よし、合図するぞ」

 俺は外で待機している騎士に向けて合図を送った。
 その直後、

「侵入者だ! 騎士団の詰所に侵入した不届き者が居るぞ!」

 小隊長の声が夜の闇に轟く。
 その声を合図に隠れていた第二部隊の面々が姿を現した。
 
 さて、嵌めたつもりが逆に嵌められたと知ったときの顔が見ものだ。
 予定通り特等席で見物させてもらおうか。
「侵入者だ! 第一部隊の倉庫に賊が入り込んだぞ!」
「周囲を囲め! 絶対に逃がすなよ!」

 案の定というか、読み通り第二部隊の騎士たちが倉庫を取り囲んで騒ぎだした。
 盗賊を討伐して手に入れた戦利品を第一部隊に押収された商人は、第一部隊の不正と自分たち以外から押収した戦利品が騎士団詰所の倉庫にため込まれているのを知った。

 不正に集めた押収品である。表ざたに出来ないと考えた強欲な商人は一計を案じた。

 自分たちが取り上げられた戦利品だけでなく、倉庫に貯めこまれた他の押収品ごと盗みだしてやれと。
 その現場を第二部隊が押え、盗みに入った強欲な商人を捕らえると共に、第一部隊の不正を暴く、と言ったシナリオなのだろう。

「それにしても随分と気合が入っているわねー」
「ここで俺たちを逃がすわけにはいかないだろうから、そりゃ必死だろう」
「大丈夫ですよね? あたしたち捕まったりしませんよね?」

 ロッテが不安そうに俺たちを見る。

「安心しなさい。捕まるのは第一部隊と第二部隊の騎士たちよ」
「さっきも言っただろ、第二部隊のさらに外側をロッシュ直属の兵士が囲んでいるって」
「そのお代官様があたしたちも掴まえて魔道具もろとも闇に葬る、とかありませんよね?」

 随分と悲観的だな。

「あのロッシュとかいう代官、変態だけど頭は切れるし、損得勘定もちゃんとできるとみたわ」
「あの代官、手持ちの兵力で俺たちを捕らえられるとは思ってないようだしな」
「え? そうんですか?」

 ロッテが不思議そうに聞き返した。

「アンデッド・オーガとオーガ数体を瞬殺できる俺を拘束しようとして、領主から預かった兵士を失ったら責任問題だ。それに最悪のシナリオは兵士を失った上、俺たちが第一部隊に寝返ることだ」
「え? 寝返る?」

 予想していなかったことのようで、ロッテがキョトンとした顔をした。

「代官の兵士と第一部隊を半壊させた上で、『第二部隊と代官から命令されて止む無く倉庫へ案内した』、と言ったら第一部隊のパウル隊長はどう思うだろうな」
「言い方次第でしょうけど、第二部隊と代官が結託して自分たちを陥れようとしたと思うんじゃないかしら」
「騎士団内のことだし第二部隊は有罪まちがいないだろうなー。代官にしてもあの鏡を第一部隊のパウル隊長に献上したら、悲惨な未来が待ってそうだよな」
「たっくんとパウル隊長、どちらの方があの鏡を持っていた方が自分にとって損害が少ないかなんて考えるまでもないでしょうね」
「そんなことを考えてたんですか……」

 引きつった笑みを浮かべるロッテに笑顔で言う。

「何事も対策って大切だろ?」
「シュラさんって、あたしとあまり歳が違いませんよね……?」
「俺が生きてきた世界はロッテが生きてきたような甘く優しい世界じゃないのさ……」

 悲哀の表情を垣間見せ、すぐに背を見せる。
 うん、ハードボイルドな雰囲気だ。

「シュラさん……、辛い思いをたくさんして来たんですね……」
「よせよ、昔のことだ」
「あたし、何にも知らなくて……」

 語尾が咽び声となった。
 よし、いい感じに誤解したようだ。

「ロッテは笑顔でいてくれ。ロッテの笑顔が俺に力を与えてくれる」

 笑顔で振り返ると、俺の不意打ちに茫然としていた。

「男っていうのは、守るべき女性がいると強くなれるって知ってたか?」
「え……」
「俺を信じろ!」

 頬を染めたロッテに力強く言うと、か細い答えが返ってきた。

「……はい」

 よし、準備は整った。ボルテージは最高潮だ!

「十五、六歳の子どもが大人の真似をして背伸びしても恰好悪いだけよ」

 ユリアーナのささやきが俺のやる気を削ぐ。

「別に格好つけているわけじゃない。俺の気分問題だ。ああいう事を口にすると不思議とやる気が湧いてくるんだよ」

「ほどほどにね。聞いているこっちが恥ずかしくなってくるから」

 まるで信じていない眼差しが向けられた。

「分かったよ」
「慌ててこっちへ向かっている一団がある。多分、第一部隊でしょうね」

 倉庫エリアに侵入者があって、そこへライバル関係にある第二部隊が先に駆け付けたとあっては生きた心地がしないだろうな。
 顔が見られないのが口惜しいかぎりだ。

「その間抜けたちは一先ず措いておくとして、悪そうな笑みを浮かべている第二部隊を制圧する」

 俺は口元が自然と綻ぶのを感じながら倉庫の外へと踏み出した。

「コンラート隊長、これはどういう事ですか?」
「たとえ第一部隊に非があろうとも、騎士団に侵入して盗みを働くとは許しがたい!」

 俺の言葉はあっさりと無視された。

「私たちを騙したんですか?」
「さて、なんのことかな?」

 悪意に満ちた笑みが向けられた。世間知らずの小僧をまんまと嵌めてやったという顔つきだ。

「ふざけるな! 絶対に後悔させてやる! 絶対に復讐してやるからな!」

 俺の激高した叫び声にご満悦のようで、薄ら笑いが高笑いに代わった。

「はははは! 誰も貴様の言葉などに耳を貸すものか!」

 そう言うと、部下たちに号令する。

「小僧たちを捕らえろ! 倉庫の品は証拠品として押収!」

 号令一下、十数人の騎士たちが一斉に倉庫へと押し寄せる。
 手にした抜き身の剣にかがり火が反射して幾つもの淡いオレンジ色の光が揺れた。

「大人しくしろ! 抵抗すれば斬り捨てる!」

 先頭を走る騎士が言葉と共に剣を振り被る。
 その瞬間、倉庫前のスペース数メートル四方を対象にスリープの魔法を発動させた。

 すると、まるで何かに足を取られたかのように、駆け寄る騎士たちがその勢いのまま盛大に転ぶ。
 地面を二転三転して止まった彼らは、その後はピクリとも動かずに静かに寝息を立てる。

「お見事」

 称賛の言葉をユリアーナは『もっと派手な魔法を使うかと思ったわ』、と意外そうに俺を見上げる。

「現在進行形で悪夢を見るのは後ろで偉そうにしているヤツらだけで十分だからな」

 下っ端連中は目が覚めたら罪人だ。

「貴様、何をした……」

 コンラート隊長が眼前の出来事が信じられない、と言った様子だ。
 いい感じに混乱しているな。

「眠っているだけですよ。目が覚めたら色々と証言してもらわないとなりませんからね」
「魔術だと? この、この人数を眠らせた、だと?」

 目が見ひらかれ唇が震えている。 
 真っ青な顔で『ありえない、そんな魔術師など聞いたことがない』、首を横に振りながら後退る。

 取り調べでは魔法を使って自白を引き出す予定なんだが。
 さて、そんな魔術を目の当たりしたらどんな顔をするんだ?

 コンラート隊長の眼の前で部下たちが次々と自白していくシーンと、そんな部下たちを見て取り乱すコンラート隊長の顔が目に浮かんだ。

「驚くのはまだこれからですよ」

 いや、絶望するのは、の間違いかな。

「捕らえろ! あの小僧を捕らえろ!」

 狂気を孕んだような表情でコンラート隊長が叫んだそのとき、

「そこまでだ!」

 ロリコン代官の溌剌とした声が夜空に響いた。
 だが、コンラート隊長の悪あがきは収まらない。ロリコン代官が名乗りを上げる前に部下に指示を出した。

「侵入者だ! 警笛を鳴らせ! 他の部隊を呼び寄せろ!」

 警笛が夜空に鳴り響くなか、ロリコン代官が名乗りを上げた。

「カール・ロッシュである! 周囲は我が兵士と騎士団・第三、第四部隊が包囲した。抵抗すれば斬り捨てる!」

 ここでも『斬り捨てる』かよ。
 この世界、俺が考えている以上に人の命が軽いようだ。

「これで一段落ってとこかしら」
「まだ司祭だったか司教だったかの問題が残っているだろ?」
「司教よ」

 ユリアーナは短く訂正すると、

「現時点で限りなく黒いけど、それでもあたしの信徒なんだからちゃんと確認しないと」

 信徒じゃなければ確認は適当でいいのかよ。
 そう口に仕掛けたが、『そうよ』と軽く返されそうな気がしてセリフを飲み込んだ。

「あの、シュラさん? もう終わったんですか?」

 ロッテが扉の陰から恐る恐る顔を覗かせた。

「俺たちを嵌めようとした第二部隊はご覧の通り終わった」

 下っ端連中も包み隠さず白状したところで余罪もあるだろうし、強制労働は免れないだろうな。

「第一部隊も取り押さえられたみたいよ」

 魔力感知で離れた場所の様子を探っていたユリアーナが満足そうに微笑んだタイミングでロッシュが声をかけてきた。

「君たちのお陰で騎士団に巣食う悪を一条打尽にできた。改めて礼を言おう」
「お礼の言葉なんて必要ありませんよ」
「そうそう、約束さえ守ってくれればそれで十分よ」
「君たちならそう言うと思っていたよ」

 笑みを引きつらせたロッシュが申し訳なさそうな表情を見せると、

「実は取り調べにも協力して欲しい。君たちの証言が必要だし、その、可能なら色々と証拠を用意してもらえると助かる」

 それって、証拠の捏造か?
 まあ、手っ取り早く済ませられるならそれに越したことはないか。

「欲しい証拠があれば言ってくださ、ゴフッ!」

 セリフの途中でユリアーナの肘が俺の脇腹にめり込んだ。

「証拠は後でお持ちします。今夜は休ませて頂けませんか?」
「そうだな、分かった。明日の朝、宿屋に迎えの者を行かせる」

 俺たち三人はコンラート隊長の心地よい罵声を背に受けて騎士団の詰所を後にした。
 事件が落着したので証拠品として騎士団が預かっていた、第一部隊に横取りされた盗賊からの押収品の返却をする。
 ついては騎士団の詰所まで来て欲しいとの連絡を受けたのが昨夜。

 騎士団の第一部隊と第二部隊が揃って捕縛されていから五日後のことだった。

『意外と早かったですね』、とは孤児院の医院長』、『騎士団だからこそ、厳しくしなきゃって、ってのはさすがだよね』、とは宿屋のおかみさんの言葉だ。
 街中の噂話に耳を傾けても、現職の騎士団に対して、速やかに厳しい裁定を下した代官のカール・ロッシュに対する評価はうなぎ登りだ。

「ロッシュ代に恩を売り過ぎたかしら」

 騎士団の詰所に向かう道すがら、すれ違いざまにカール・ロッシュを褒めそやす声を耳にしたユリアーナが苦笑した。

「大丈夫じゃないか? あの代官のことだ、お膳立てしたのが俺たちだなんてもう忘れているさ」
「それもそうね。都合の悪いことはさっさと忘れるタイプだったわ」
「それどころか、押収品の受け渡しのときにわざわざ出てきて恩着せがましいことを言いそうじゃないか?」

 あれは、借りた金のことはすぐに忘れても、貸した金のことは返済後も忘れないタイプだ。

「恩着せがましいことを言ったらガツンと言ってやりましょう」
「ロッシュも立場があるだろうし、騎士たちもいるだろうから、そこは適当に濁して伝えるくらいの配慮はしよう」

 俺とユリアーナの会話を聞いていたロッテが心配そうに口を開いた。

「穏便にお願いしますね、穏便に」
「やーねー、あたしは慈愛に満ちた女神よ。敬虔《けいけん》な信者や協力した者に不利益なようなことはなるべくしないわよ」

 何とも微妙な言い回しだな。
 ロッテもその微妙なニュアンスを理解したか乾いた笑いを力なく漏らすと、懇願するような顔を俺に向けた。

「シュラさん、くれぐれもよろしくお願いします」
「分かってるって」

 最後は俺を頼る当たり、可愛らしいじゃないか。

「証拠の捏造を頼まれてもやっちゃダメよ」

 ささやかな幸せに浸っている俺にユリアーナの冷ややかな一言が浴びせられた。

 騎士団捕縛事件の夜だけでなく、ロッシュからは何度も証拠の捏造ができないかと問い掛けられた。
 それも巧妙なことに捏造という言葉は使わないし、こちらから証拠品の捏造を持ち掛けやすいよう、言葉巧みにだ。

 ユリアーナ曰く。
『あたしたちが証拠品の捏造をする、或いは、簡単にできると証明されれば、ロッシュはあの鏡の魔道具に記録した自白を捏造だと主張するつもりよ』

 ロッシュの口車に乗って、迂闊《うかつ》に証拠の捏造を申し出ようとした自分が恨めしい。

「分かってる」
「目的も悟られないようにお願いね」
「慎重に対応する」

 ロッシュの目的は押収品の受け渡しとロッシュの自白が記録されている鏡の魔道具が表にでないようにとの念押し。
 あわよくば鏡の魔道具を入手するなり、記録された自白の信憑性に疑いが生じる言質を俺から取ることだろう。

 こちらの目的は新たに赴任してくる司教の排除にロッシュが自発的に動くようにけしかけること。最悪でも排除に協力させることだ。
 盗賊からの押収品の受け取りは口実でしかない。

「あ、第三部隊の騎士様ですよ」

 詰所の門の前で待っていた騎士にロッテが笑顔で手を振った。

 ◇

 俺たち三人は騎士団の詰所の一室に通された。対応するのはカール・ロッシュ一人。

「押収品の返却が遅くなってしまい申し訳なかった」

 人払いを済ませたその部屋でロッシュが書類の束をテーブルの上に置くと、

「押収品の目録だ」

 と告げた。

「わざわざ目録まで作成くださったんですね。ありがとうございます」
「書類の確認はいいのか?」

 目録の確認をせずに錬金工房へと収納するとロッシュが驚いた顔をした。押収品はそれなりの金額になる。当然確認すると思っていたのだろう。

「第一部隊に掠め取られたのは盗賊のアジトに放置してきた品々です。私たちにとっては大した価値はありません」
「なるほどな。あれだけの魔道具を気前良く献上するくらいだ、盗賊の盗品程度には価値を見出せないと言うことか」
「そこでご提案があります」
「提案?」

 ロッシュがたちまち警戒する表情を浮かべた。
 鏡の魔道具を使って騙し討ちのように自白させたんだから警戒もするか?

『そう警戒しないでください』と前置いて話を切り出す。

「押収品ですが、この街の住人の品物、遺品と分かる代物については無償で返却いたします」
「何を企んでいる?」

 狡猾そうに目が輝く。
 記憶にある罠を眼の前にして、どうやってエサのニワトリだけを取ってやろうかと、思案しながら罠の周りをうろつく狐のような目つきだ。

「それを赴任してきたばかりのフランツ・オットー助祭の嘆願に心を打たれた私たちが聞き入れた、とう体で実現させたい。ロッシュ代官にはその仕切りをお願いしたいのです」
「益々意味が分からないな」

 ロッシュが探るように俺からユリアーナ、ロッテへと視線を巡らせる。
 その表情からも何も読み取れなかったのだろう、諦めたような顔をみせると視線で俺に先を促した。

「フランツ・オットー助祭はとても評判がいいようですね」

 赴任して直ぐは神聖石を使って『女神の奇跡』と噂になるほどの治癒魔法を使っていた。富裕層にはそれなりの金額を請求するが、貧困層に対しては無償で対応していた。
 それは神聖石を返してもらう代わりに、女神の祝福の名の下、彼の持つ光魔法と魔力の底上げをした今も変わらずに行われていた。

「最初こそ富裕層から少なくない反発はあったが、今では富裕層も理解を示しているよ」

 助祭は、スラムや貧困層の住民が疫病にかかり、そこから街全体に蔓延することの方が恐ろしいのだと言うことを、中流層を中心に説いて回った。

 そしてその成果が現在では富裕層にまで広がってる。
 陰ながら後押しをしたのが代官のカール・ロッシュなのだが、見事に素知らぬ顔を決め込んでいた。

「彼のような人材が教会内で力をつけ、発言力を持ってくれるのは、ご領主様や代官様としても望ましいでしょうね」
「陰から応援したくなる人材ですよね」

 俺に続くユリアーナの笑みで、

「そう、だな……」

 ロッシュの警戒心がマックスになった。

「逆に今度赴任してくる司教。名前は忘れてしまいましたが、彼のような人物が教会の上層部に居座ると苦労しそうですよね?」

 俺の言葉にロッシュの顔が歪んだ。
 司教もオットー助祭同様、『女神の奇跡』を行えると人々の口の端に上っている。

 為人に問題があっても高い治癒能力と政治力を有しているとなれば、赴任後ほどなく教会内での地盤が固まり強大な発言力を有するのは想像に難くない。

「その司教の力を削ぐことができるかもしれないと言ったら……?」
「その手の苦労はやむを得ないと心得ている。だが、しなくていい苦労なら避けたいとも思っている」

 ロッシュの顔から警戒心が薄れ、初めて会った夜に見せた爽やかな笑みが戻ってきた。

「詳しいお話を――」
「聞こうか」

 ロッシュが身を乗り出した。
 司教を排除ないしは失脚させる提案を持ってきたと受け取ったようだ。
「うわー、盛大な歓迎ですねー」

 歓迎も盛大だが、司教一行の行列も盛大だ。ラタの街へ到着した司教一行をラタの街の住民たちが盛大に出迎えていた。
 歓迎の理由は新任の司教がここまでの道中で、この街の助祭であるフランツ・オットーと同じく『女神の奇跡』を起こしたとの噂からだ。

「今度の司祭様はオットー助祭様と同じように女神の奇跡を起こせるらしいじゃないか」
「心強い限りだねー」

 住民たちの噂話があちらこちらから聞こえてくる。どれも司教に対して好意的なものだ。

「新任の司教もオットー助祭と同じように慈悲深いと思い込んでいるようね」

 ユリアーナの視線以上に冷ややかな口調。

「期待をするのは勝手だが、真実を知ったときの住民たちの落胆ぶりが気の毒でならないな」
「もしかしたら良い方かもしれませんよ」
「ないわね」

 ロッテの希望的な観測をユリアーナがスパっと切って捨てた。

 ロッシュが行った事前調査の報告を見る限り金と権力と色欲に塗《まみ》れた、絵に描いたような悪徳司教だ。その悪徳振りに拍車をかけているのが神聖石で得た力となればユリアーナの不機嫌さも納得できる。

「さて、俺たちも移動するぞ」

 俺たち三人はオットー助祭と会うために教会へと向かった。

 ◇

 教会へ到着すると疲れ果てた表情のオットー助祭が出迎えてくれた。

「この度のご厚情、ご遺族の皆様に代わって感謝申し上げます」

 第一部隊に押収されていた盗賊の盗品を遺族や元の持ち主に無償で変換することを、オットー助祭の名前で行って欲しい、とロッシュ代官に申し出のだが……。
 オットー司祭は、自分の名前ではなく、実際に返還を申し出た俺の名前で行うべきである、と頑なに拒否した。

 固辞することは予想できたが、予想以上に頑なで俺とユリアーナ、ロッシュ代官の三人が一晩係で説得した。
 いや、できなかった。

 最終的には夢枕に立った女神・ユリアーナのお告げで納得してもらった。
 経緯はどうあれ、盗品を無償で遺族に返還することをとても喜んでいただけに、眼前の疲れ切った顔は意外だった。

「少し、やつれましたか?」
「そんなことはありません。ご遺族の喜ぶ顔が私に活力を与えてくださっています」

 いやいや、顔も疲れ切っているが口調も疲れ切っている。

「助祭様、回復魔法をお掛けしましょうか?」

 俺の背後からオットー助祭の顔を覗き込んでいたロッテが心配そうに声をかけた。

「回復魔法?」
「あたし、光魔法を使えるようになったんです」

 三日前までは俺の作製した、様々なスキルや魔法を付与した魔道具を使うことで幾つもの魔法が使える状態であったのだが、昨夜、彼女自身にスキルや魔法を付与した。
 これにより、土、水、火、風の四大属性魔法だけでなく、闇魔法や光魔法など、主にスラム街で仕入れた様々なスキルを付与した。

 目下、ロッテは新たに使えるようになった魔法やスキルの練習中なのだが、適性があったのか比較的容易に使えるようになった光魔法を、嬉しくて仕方がない、といった様子で多用していた。

「女神・ユリアーナ様のご加護ですね。おめでとうございます」

 オットー助祭が神聖教会の神官が行う、祝福を与える仕草をした。

「え?」

 助祭から祝福されるとは思っていなかったのだろう、戸惑うロッテに向けて助祭が言う。

「ありがとうございます、心優しいお嬢さん。回復魔法でしたら、もう、自分で掛けていますから大丈夫ですよ」

 慈愛に満ちた笑顔を浮かべると、既に三回ほどかけているのだと告げた。
 まだ昼前だというのに三回の回復魔法か……。

 肉体的な疲労というよりも精神的な疲労の方が大きそうだ。
 あからさまな人気取り、ポイント稼ぎと、上司や同僚から嫌味を言われているのかもしれない。

 ちょうどいい、打ち合わせと称してオットー助祭を少し休ませるとするか。

「ロッシュ代官からの指示で、盗品の返還状況の確認をさせた頂きに参りました。お忙しいとは思いますが少しお時間を割いて頂けませんでしょうか?」

「承知いたしました。少々お待ち頂けますか?」

 ロッシュ代官を口実にした俺の申し出に二つ返事で承諾した。

「せっかくだから昼食を摂りながら、あの疲れた顔の原因を聞きだしましょう」
「報告は?」

 ユリアーナのセリフにロッテが小首を傾げる。

「報告はオットー助祭をこの場から引き離す口実だ。そもそもロッシュ代官からは何の指示も出ていないだろ?」
「あー! なるほど! それ……もがッ」

 ロッテの口を塞いだところで書類の束を抱えたオットー助祭が足早に戻ってくるのが見えた。

 ◇

「このようなところへご招待頂き恐縮です」

 オットー助祭が畏まる。
 ロッシュに紹介してもらったラタの街でも一、二を争う高級料理店。その一室へと俺たち四人は来ていた。

「お気になさらないでください。聞かれたくない話もあったのでここを用意しただけです。全て我々の都合です」

 オットー助祭の緊張が幾分か解《ほぐ》れたと思ったら、今度は緊張で顔を強ばらせたロッテが聞く。

「あの、あたしも一緒でよかったんですか?」
「当たり前でしょ」
「ロッテは俺たちの家族なんだ。一緒に食事するのは当然だろ」

 ユリアーナの足りない言葉を補足する。

「ありがとうございます」

 いまにも泣き出しそうなロッテとなおも遠慮を見せるオットー助祭に食事を促す。

「では、食事をしながら報告をお聞きしましょう」

 瞬間、ユリアーナの左足が俺の右ふくらはぎにヒットした。

「ごめんなさい、無粋な兄で」
「何だよ」
「報告は食事を済ませてからよ」

 そうささやきながら視線でオットー助祭を示した。

 何てこった……。
 食事を脇によけて、カバンから取り出した書類の束をテーブルの上に置こうとしている。

「オットー助祭。先ずは食事を済ませましょう。報告はその後でゆっくりとうかがわせて頂きます」

 一瞬キョトンとした表情を見せるが、

「そうですね。食事をしながらの報告では忙《せわ》しないですよね」

 そう言って書類をカバンへと戻した。

 ◇

「――――という状況なのです」

 盗品の返還が始まって三日目。この二日間半の状況を口にしたオットー助祭が深いため息を吐いた。

 問題は幾つもあったが、オットー助祭の心労に直結していそうなのは人々の嘘。一つの盗品に複数に人々が所有権を主張するということが頻出しているそうだ。
 要は誰かが盗品目当てに嘘をついているという事なのだが、真偽を確かめる術がある訳もなく返還作業が滞っていた。

「嘘をついているとは思いたくありませんが、代官様の思いやりや、シュラさんの善意を食いものにするような行いにほとほと疲れてしまいました」
「少しは返還できたの?」
「他に所有権を主張する者がいない遺品以外はなんとか」

 ユリアーナの問いにオットー助祭が力なく答えた。

 予想外だ。こんな事態は予想をしていなかった。改めて己の甘さを痛感する。

「真実の鏡を使いましょう」

 ユリアーナの言葉にオットー助祭が不思議そうな顔をした。

「真実の鏡?」
「ええ、人の嘘を見抜く鏡です」

 これで少しは返還作業も捗ることだろう。
 結果から言えば、真実の鏡の効果は絶大だった。
 大粒サファイアをあしらったブレスレットの所有権を主張する五つの家族や関係者がいたのだが、彼らの偽りを瞬く間に暴き真実を白日の下にさらけ出した。
 慌てたのは偽りを暴かれた者たち。

『――――姉さんのブレスレットじゃないのは一目で分かった。だが、違うと言い切れるのは作った職人とプレゼントした俺くらいのものだ。姉さん一家が盗賊に殺されて一切合切奪われたのは事実なんだ。少しくらい取り返したからって何だってんだ。悪いのは盗賊たちだ! 盗賊をのさばらせておいた領主や代官だ!』

 サファイアの指輪の所有権を主張した最後の一人、街でも五指に入るライザー商会の若旦那、カール・ライザーの本音を真実の鏡が語った。
 辺りが水を打ったように静まり返る。

 先に嘘を暴かれた四人の関係者だけでなく、手伝いのために同席した数人の神官たちもこの結果に驚き気を隠せずにいた。
 当然だろう。

 一つの盗品に五人の関係者が名乗りを上げ、四人ではそれが嘘であることが暴かれた。のこる一人が本物だ、と誰もが思ったはずだ。
 ところが蓋を開けてみれば全員が嘘吐きである。

「フランツ・ライザーさん。この真実の鏡が語った内容に間違いはありませんね?」

 茫然とする当人に俺はこれまでの四人の関係者と同じように聞いた。

「違う! 何かの間違いだ!」

 ここまでの四人と同様の反応だ。

「まさかライザー商会の若旦那様まで嘘を吐くなんて……」

 ささやいたのはロッテだけだったが、同席した神官たちの誰もが嘘吐きの五人に対して冷ややかな視線を向けていた。
 今回、名乗をあげた五人は何れも有力者であり富裕層である。普段はお上品にしている連中が金目当てで嘘を吐き、それを暴かれるという大恥をかいたのだ。

 このことが外に漏れれば退屈した住民たちの格好の話題となるのは間違いなだろう。
 首を横に振りながら後退るライザーに言う。

「この鏡に映った貴方が語ったことこそ真実だ、とあなた自身が一番よく知っているはずですよ」
「違う! 違うんだ! これは、俺が姉さんに贈ったブレスレットだ! 嘘じゃない! 信じてくれ!」

 いまにも泣きそうな顔をしていたカールだったが、突然、怒涛の自己弁護を始め、神官たちに向かって必死の形相で訴える。

「私が真面目な商人なのは皆さんご存知ですよね? それに我が家は裕福だ。こんな安物のブレスレットのために嘘なんか吐くものか!」

 これに呼応して先の四人の関係者が口々に自分たちも騙されたのだと、嵌められたのだと訴え出した。

「このインチキ魔道具を信じるなんてどうかしていたんだ。そうだ、これはインチキだ! この魔道具が真実の鏡だなんてバカげている!」
「これは陰謀だ! 我々を陥れようとしているんだ!」
「おい、小僧! いったいどういう心算だ!」

 矛先がこちらに向いた。

「この真実の鏡が偽物だとでも言うのですか?」

 俺のセリフに下級貴族の執事だと名乗った男が真っ先に反応した。

「何が真実の鏡だ! とんだペテンの鏡じゃないか! こんなものを使って我々を陥れようとするなど、許されると思うなよ!」
「では、今度は街中で試してみましょうか? そうですね、住民の皆さんにわざと嘘を吐いてもらって、それが嘘であることを暴けるかを試してみましょう」

 俺の提案に騒ぎだした四人が一斉に口を閉ざした。
 周囲の者たちに聞こえないよう、黙りこくる彼らにささやく。

「真実の鏡が本物であることはロッシュ代官様が証明してくださるでしょう。ここで騒ぎ立てても恥の上塗りにしかなりませんよ。まして、このことが外に漏れでもしたら……」

 最後までは語らずに下級貴族の肩を叩くと、力が抜けたかのようにドサリと椅子に腰を下ろした。

 さて、静かになったようだな。力なくうな垂れる嘘吐きの四人に向け、件のブレスレットを掲げて満面の笑みで告げる。

「こちらの盗品ですが、いまのところ所有者が不明です。そこで、皆さんのうちのどなたかに買い取って頂きます」
「買い取るだと?」

 卸問屋の主人が怪訝な表情で聞き返した。

「はい、この場で競売にかけさせて頂きます。競売で所有者が決まれば、少なくともどなたかがブレスレットを持ち帰ることが出来ます。このままだと全員が手ぶらで帰ることになってしまいます。そうなるとあらぬ噂が流れないとも限りません」

「そんなもの、全員が見間違えたといえばすむだろう」

 下級貴族の執事が力なく反論した。
 分かってないな。そのあらぬ噂を俺が流すと言っているんだよ。

「所有権を名乗り出た五人が嘘を吐いた、というの噂が流れるとお困りになりませんか?」
「競売に参加しよう」

 大手商会の商会長が真っ先に理解し、続いて、卸問屋の主人、農場主、ライザー商会の若旦那と続く。

「私もだ」
「すぐに始めようじゃないか」
「不本意ですが私も参加します」

 彼らの反応を見てようやく自分たちの置かれた状況に気付いた下級貴族の執事が、こちらを睨みながらも理解を示してくれた。

「落札価格の下限と上限を私が提示いたしますので、皆さん、この場で紙に金額をお書きください」
「一番高額を提示した者が落札だな?」

 と商会長。
 俺は商会長にその通りであると伝え、

「皆様にお支払い頂いた金額の八割を教会に、残りの二割を孤児院に落札された方の名義で寄付をさせて頂きます」

 と付け加えた。

 恥をかかずにすむだけでなく『慈善活動をした』、という好い評判が買えるのだ。あながち悪い取引でもないだろう。
 それに、落札価格の下限は相場よりも少し安い程度するつもりだ。

 嘘吐き連中とは言っても、肉親や関係者が盗賊の被害者であることに変わりはないその被害者の関係者を相手に、あまりアコギなことをするのはさすがに良心がとがめるからな。
 何事も加減は大切だ。
 俺はその場で競売を始めるのだった。
 シンプルな入札方法を取った。
 こちらの用意した紙に各自が名前と金額を書いて箱に入れる。全員が入札を終わったところで、その紙を俺が開封していくというものだ。
 各自が名前と金額を書く間、俺たち関係者は部屋の外で待機することにした。
 部屋のなかは入札者のみ。
 これなら不正も可能だ。
 特に談合にはうってつけのシチュエーションである。

「うわー。案の定、あのいけ好かない執事が談合を持ち掛けたわ」
 扉の外で聞き耳を立ててたユリアーナが満面の笑みを浮かべた。

 その隣でユリアーナに盗み聞きを止めるように涙ながらに諭すロッテ。ときおり、俺に助けを求める視線を向けるが、俺もユリアーナを説得する自信はない。必然的に目を逸らすことになる。

 因みに、オットー助祭はというと。何も見なかったことにしようというのか、壁に向かって何やら祈りを捧げていた。
 その祈りを捧げている相手が、扉に耳を付けて盗み聞きをしているとは夢にも思っていないんだろうな。
 何だか、女神・ユリアーナを信仰するこの世界の人たちが気の毒に思えてくる絵面だ。

「たっくん、終わったようよ」

 瞳を輝かせたユリアーナが扉を指さした。
 獲物を見つけた肉食獣の目のように思えるのは気のせいだと思いたい。

 ◇

「それではこれより入札の結果を発表いたします」
「勿体付けるな。どうせ全員、最低価格なのだろ? さっさと価格を下げてやり直せ」

 下級貴族に仕える執事が意地の悪そうな笑みを口元に浮かべた。
 お前が主人である貴族の名前を臭わせて、他の入札者たちに最低価格で入札するよう圧力を掛けたことを女神様は知っているぞ。

 女神・ユリアーナが盗み聞きした不正の内容は、全員が最低価格で入札し、価格を下げさせて再入札に持ち込もうというものだ。だが、残念ながらお前の企みに乗ってくる人はいなかったようだな。

 皆の眼の前で全ての紙を開封した。
 入札価格の下限を書いたのは執事だけだ。誰一人として彼の企てに加担するものはいなかった。

「ギルベルト商会のオイゲン・ギルベルト様が落札されました」

 落札者は早々に競売への参加を承諾した大手商会の商会長。紙には上限の落札価格が記されていた。
 オイゲン・ギルベルト商会長がホッとした様子で椅子の背もたれに体重を掛ける。その様子から自分と同じように上限価格で入札してくる者が他にもいると心配していたようだ。

「バカな!」

 執事が椅子を倒して勢いよく立ち上がると、彼の指示通りに動かなかった入札者を次々と睨み付け、その視線はギルベルト商会長のところで止まった。
 だが、睨み付ける執事など意に介さず、ギルベルト商会長が言う。

「では、このブレスレットは私の弟が所有者であった、と言うことでよろしいかな?」
「お好きなように主張なさってください」

 俺がそう言うと、全ての決着が付いたことを察した農場主が口を開いた。

「どうも私の勘違いだったようです」

 続いて、ライザー商会の若旦那と問屋の主が互いに苦笑いを浮かべる。

「世の中にはよく似た品がありますからね」
「まったくです」

 だが、一人だけ納得していない者がいた。執事である。彼は理解できないと言った様子でギルベル商会の会長を見る。

「何故こんなバカげた金額を……」
「信用と評判を買ったと思えば安いものですよ」

 商会長の言葉に執事を除いた他の参加者が顔をしかめた。してやられた、と言った表情だ。執事派と言うと憤りを隠さずにギルベルト商会長に噛みつく。

「提案通りの額で入札していれば最低価格を下げざるを得なかったんだぞ! そうすればお前の言う信用と評判はもっと安く買うことが出来たんだ!」

 俺のことを指さすと、

「こんな小僧に無駄金を払うなど、どうやらギルベルト商会の商会長も評判ほどのやり手ではないようだな!」

 ギルベルト商会長に向かって吐き捨てた。だが、当のギルベルト会長は執事に憐れみの視線を向けるだけだ。予想外の反応に執事が地団太を踏む。

「本当に分からないの? 知能が足りないようね」

 ユリアーナが煽るように溜息を吐く。
 隣で蒼ざめているロッテとオットー助祭が気の毒になってくる展開だ。

「何を言っているんだ?」

 執事の矛先がユリアーナに変わった。
 放っておいたら何を言い出すか分からない。俺は背後からユリアーナの口を押え、彼が納得できるよう説明することにした。

「皆様方と同じようにご自身、或いは肉親や知人の所有物だった、と盗品の返還を求める方々が外に溢れています。それこそ、皆様と同じように一つの品物に複数の方が返還を求めているのです。なかには、勘違いなどではなく、嘘を吐いている方もいらっしゃるかもしれません」

 俺が一拍おいたタイミングで、突然、ギルベルト会長が核心を突く。

「嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かるものだよ。つまり、名乗りを上げておいて品物を持ち帰らなかったら……、さて、嘘吐きたちはそんな者たちをどんな目で見るかな?」

 いや、どんな目で見るか、もないだろ。あんた、『嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かる』。って最初に言ったじゃないか。

「それは……」

 執事の顔がみるみる曇った。

「理解できたようだな」

 ギルベルト商会長はそう言うと、ブレスレットを手に立ち上がった。そして俺たちと他の入札差に軽く会釈をすると出口へと向かう。

「待て! いや、待ってくれ! 倍だ! 倍の金額を出す。それを譲ってくれ!」

 執事がギルベルト商会長に追いすがるようにして部屋を出て行った。

 ◇

 入札者全員が退出すると、オットー助祭が誰にと話に沈痛な面持ちでつぶやく。

「果たしてあそこまでする必要があったのでしょうか?」
「そうですね、少しやり過ぎたかもしれませんね」

 オットー助祭に同情したのか、入札者たちに同情したのかは分からないが、ロッテも悲し気な表情を浮かべた。だが、そんな二人をユリアーナが一蹴する。

「嘘を吐く方が悪いのよ」
「ですが、これであの人たちが街に住めなくなったりしたら、それはそれでかわいそうじゃないですか」
「嘘つきが減って街もよくなるんじゃないかしら」

 間髪容れずにユリアーナが返した。
 話が逸れたので元に戻すか。

「さた、次の盗品の所有権を主張する人たちに入ってもらおうか」
「また同じことをするんですね」

 肩を落としたロッテに言う。

「もう、入札は行わない」
「え?」
「どういうことですか?」

 茶番が繰り返されると思っていたのだろう、ロッテとオットー助祭の顔から陰鬱とした表情が消え、期待で頬が好調している。

「真実の鏡が嘘を暴いたところから、入札、悔しがる執事までの一連の出来事を事前に説明してから、改めて所有権を主張するか聞くから揉めることもないと思うぞ」
「えええー!」
「冗談ですよね?」

 ロッテとオットー助祭の驚きの声が返ってきた。そんな彼らの様子をユリアーナが面白そうに見ている姿を俺は視界の片隅で捉えていた。
 返還を求めて殺到した人々は全て退出した。用意された教会の一室、いまここに残っているのは俺たちと、手伝いをしてくれた五人の若い神官だけである。

「皆さんのお陰で盗品を持ち主に返還することが出来ました。ありがとうございます」

 手伝ってくれた若い神官にお礼を述べた。

「いえ、その、お手伝い出来て光栄です」
「後片付けは私たちがするので、皆さんは別室で少しお休みください」

 若い神官たちは形容しがたい笑みを浮かべる。

「テーブルや椅子を部外者や助祭に運ばせるようなことはしたくありませんので」

 そう言って、俺とユリアーナ、ロッテ、オットー助祭を二つほど隔てた部屋へと案内してくれた。

 結果的には俺のプランは効果絶大だった。盗品の返還を求める人々の列に向けて、真実の鏡が嘘を暴いたところから始まり、入札と入札金額、ダメ押しに悔しがる執事までの一連の出来事を事細かに説明した。

 すると瞬く間に列に並んだ人々は散り散りとなり、三百人以上いた長蛇の列も二十人弱となる始末だ。そして残った二十人弱の人々も例外なく真実の鏡の前で告白してもらった。

『清い心の持ち主が大勢いたことに感謝を』、そう口にしたのはオットー助祭。

 ロッテは『あの農場主がこの街に住めなくなったらどうしましょう』、と一見、農場主の心配するようなことを口にしていたが実情は違う。
 孤児院に小麦を寄付してくれた農場主が街に住めなくなって、教会の食料事情が悪化することを心配していた。
 それを容易く見抜いたオットー助祭のロッテを見る目が変わったのはまた別の話だ。

「終わったわねー」

 椅子に倒れ込むように腰かけると、ユリアーナが大きく伸びをした。

「ええ、終わりましたね……」
「色々なことが終わった気がします」

 オットー助祭が椅子に座ったまま頭を抱え込み、その隣でロッテが肩を落とした。そんな二人を横目に発したユリアーナの言葉が俺の胸を抉る。

「オットー助祭の名前で主催したのは拙《まず》かったかもしれないわね」
「確かに思惑とずれたかも、な……」

 当初の目的はオットー助祭の人気取りだった。着任早々、奇跡の力のお陰で住民からの支持が高いオットー助祭の人気を不動のものにするために画策したイベントである。
 ユリアーナの言う通り、もしかしたら失敗したかもしれない。だが、やってしまったことは仕方がない。

「後悔するよりも巻き返しの策を考えよう」
「賛成よ。で、何か考えはあるの?」

 俺の言葉にユリアーナが即答した。だが、ロッテとオットー助祭は違う。

「え? まだ何かするつもりなんですか?」
「あの、出来れば私抜きでお願いできませんでしょうか……」

 その発言は聖職者としてどうなんだ?
 口をついて出そうになった言葉を飲み込み、オットー助祭をフォローする。

「助祭様が気にすることではありませんよ。これも自業自得です」
「自業自得なのはそうかもしれませんが……」

 よし! 聖職者も認めた。悪いのは俺じゃない。すべてあいつらだ。

「名も知らない農場主ですが、毎年のように四種類の小麦と幾つもの果物を孤児院に寄付してくださいました」

 聞いたこともない小麦の種類と果物の名前をロッテが次々と上げていく。
 どうやら、小麦の種類と果物の名前は知っていても農場主の名前は知らないようだ。だが、この街に来て間もないオットー助祭は知っていた。

「あの農場主はヘッセさんですよ、リーゼロッテさん」
「助祭様、お教えくださり感謝申し上げます」

 殊勝にお礼を口にしているが、一晩眠ったら忘れてそうだよな。
 そのとき、突然、扉が乱暴に開けられた。振り向くと、開け放たれた扉の向こうから見知らぬ三人の神官がこちらを睨みつけている。

「どちら様でしょうか?」

 俺が聞くと不機嫌そうに真中に立っていた肥え太った神官が口を開く。

「何だ、ワシのことも知らんのか?」
「こちらのお方は、この度新たに赴任して来られたルーマン司教でいらっしゃいます」

 傍らに立っていた若い神官が肥え太った神官の正体を明かした。
 なるほど、これが次の俺たちのターゲットか。

「着任したばかりの新参者なんて知るわけないでしょ」

 バッカじゃないの? と言わんばかりの口調でユリアーナが言い放った。

「貴様……!」
「無礼者が!」

 ルーマン悪徳司教が顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる横で、お付きの神官その二が俺とユリアーナを睨み付けた。

「まあ、部外者のことなどどうでもいい」

 悪徳司教がオットー助祭に視線を向けると勝ち誇った顔で言う。

「真実の鏡とか言うインチキ魔道具を使って街の有力者を陥れたそうだな」
「陥れるなど」

 オットー助祭の抗弁を遮る。

「黙れ! 女神・ユリアーナから賜ったという奇跡の力とやらで、少し調子に乗ったのではないかね」

 何とも嫌味ったらしい口調だ。

「次の計画を練りたい」

「賛成」

「いい考えです、シュラさん」

 ここを早々に退出しようとの俺の提案にユリアーナとロッテ二つ返事で賛成する。
 一人、オットー助祭だけが俺たち三人に驚きの視線を向けていた。