室内を静寂が包んだ。
 顔を蒼ざめさせたまま、目の焦点が定まっていない代官と使用人。鑑定士は引きつった顔で俺を見つめ、ロッテはアングリと口を開いたまま微動だにしない。

 茫然自失としている代官に向かってにこやかに告げる。

「この『真実の鏡』をご領主様への献上品といたします。ご領主様のお立場ならきっとお役に立つものと確信しております」

 映しだした者の嘘を暴き、真実を語らせる魔道具。
 為政者なら喉から手が出るほど欲しいはずだ。

「……こんな魔道具、聞いたこともない。まやかしだ。こんなもの……、誰も信じるものか」
「そうでしょうか? 事実、代官様は信じておられますよね?」
「……何が狙いだ」

 先程までの爽やかさと余裕が完全に消え失せていた。まるで地獄の底から響いてくるような声だ。
 俺を睨みつける代官にユリアーナが甘えたような口調で言う。

「あら、そんな警戒しなくてもいいのよ。私たちのお願いは、ロッテちゃんや彼女がお世話になった孤児院にちょっかいを出さないで欲しいだけなの」
「約束する」

 即答したロッシュにユリアーナが要求を積み上げる。

「あと、貧しい家の娘にもちょっかいを出しているそうだけど、それもやめてくれるかしら」
「確かに、リーゼロッテ嬢に対しては少々強引だったかもしれない。だが、他の少女たちとは合意の上でのことだ」
「合意? 嘘を言わないの!」

 ユリアーナがピシャリと否定した。

「嘘じゃない、本当だ。疑うなら直接本人に聞いてくれ! 本人を連れてきて証言をさせようか? いま、この屋敷に三人の少女が住んでいるが、三人とも合意の上でのことだ」

 既に被害者がでていたのか……。

「信じられないわね」
「奴隷として売られるところを私が引き取ったのだ。信じてくれ!」
「その三人の少女の話は本当のことです。カンナギ様は外国の方なので、この国のことはご存じないかもしれませんが、実の娘を奴隷として売ると言うのは珍しくありません――――」

 懇願するロッシュを擁護するように鑑定士がこの国の奴隷に関する情報を話し始めた。
 この世界、借金を返すために実の娘を奴隷商に売り払うというのは、数こそ多くはないがそれなりにあることのようだ。

 その三人の少女も奴隷商に売られる寸前のところをロッシュが借金を肩代わりする形で引き取ったため、少女たちも奴隷の身分とならずにすんだ。
 今ではロッシュの庇護下、実家で生活していたときよりも恵まれた生活をしている。

「私の屋敷で生活することを選んだのは彼女たちの意思だ」
「奴隷になるか愛人になるかの二択なら、そりゃ、愛人を選ぶよな」

 俺の倫理観では釈然としないが、この世界の住人である鑑定士やロッテの目からすれば、三人の少女は十分に恵まれた存在らしい。
 その証左に鑑定士とロッテはロッシュが言い訳をする間、何度も納得するような表情でうなずいていた。

 そんな二人の反応に落ち着きを取り戻したロッシュがまるで善行を告白するように言う。

「彼女たちを手元に置いておくのは成人するまでだ。成人したら働き口を紹介し、独りで生活していけるようにする」

 この世界の倫理観や常識と照らし合わせると然程非道なことをしてるわけじゃなさそうだ。風聞はよろしくないが当事者は助かっているのか。

「でも、どうしてその三人なの?」

 ユリアーナが疑わしいまなざしを向ける。
 まだ信用しきっていないようだ。

「私が気に入ったからだ」
「情の湧いた少女三人を手放すのは辛いでしょうね」
「新しい少女を探し出すから問題ない。あと数年は愛《め》でられるだろうが、彼女たちもやがて私の好みから外れることになる。何事も循環は必要なことだよ」

 クズだな。

「悪びれもしないで、まあ……」

 あきれる俺とユリアーナを前にロッシュが言い切る。

「リーゼロッテ嬢への干渉は今後一切しないし、教会へも不利益になることはしないと約束しよう」
「もう一つ、ロッテにしたような誘拐や権力で圧力をかけて断れない状況を創り出すこともやめて頂きたい」
「約束すれば、その魔道具を渡してもらえるのだな?」

 いつ魔道具をお前にやると言った。

「約束すればこの魔道具を献上品にはしません。証拠として永遠に私が保管いたします」
「それを信用しろというのか?」
「信用する以外の選択肢がございますか?」

 俺の言葉にロッシュが一瞬言葉を詰まらせた。

「いや、信用しよう」
「ありがとうございます」

 商談成立である。
 俺はロッシュと固い握手をして第二部隊との約束の場所へと向かうことにした。

 ◇

 第二部隊との待ち合わせ場所に到着すると、第二部隊の制服に身を包んだ騎士五人が待っていた。
 一個小隊が確か五人だったな。

 もう少し人数を用意すると思っていたが……。
 騎士の一人から第一部隊の制服を手渡された。

「その恰好では怪しまれる。これに着替えろ」
「用意がいいですね」

 女性用の制服まで用意されていた。
 ユリアーナとロッテを同行させるように指示を受けたが……、三人まとめて罠に嵌めて、外から騒ぎ立てる人間を出させないつもりか。

 手慣れてそうだなー。

「あたしたちも着替えるんですか?」

 自分自身とユリアーナ、二人分の制服を手にしたロッテに騎士がもどかしそうに返す。

「当たり前だ。その恰好で騎士団の倉庫まで案内するつもりか?」
「妹たちはどこか外で待たせても――」
「我々の目の届かないところで警備の連中に見つかると困る。それに少女二人にして暴漢に襲われでもしたら寝覚めが悪いからな」

 よく回る口だ。

「お気遣い感謝します」
「そういう事なら仕方がないわね」

 ユリアーナはそう言うとロッテをうながして建物の陰へと向かった。
 着替えを終えた俺たちは騎士を先導して騎士団の詰所の奥にある倉庫へと向かう。途中、警備兵に遭遇することもなく倉庫のあるエリアへと到着した。

「怖いくらい順調ねー」

 ユリアーナの嫌味にロッテが顔を引きつらせる。だが、嫌味とは思っていない小隊長が得意げに言う。

「警備の時間をあらかじめ調べておいたからな」

 まるで自分に感謝しろとでも言いたげだ。あきれる俺とユリアーナをよそにロッテが目を輝かせる。

「うわー、すごーい。やっぱり騎士様は私たちとは違って賢いですね。恰好良いし、若いシスターたちが憧れるも分かります」
「そうか? シスターたちが」
「人気あるんですよ、騎士様は」
「で、何て名前のシスターだ?」

 鼻の下を伸ばしてささやく小隊長に告げる。

「あの倉庫です」
「お、おう。第一部隊の専用倉庫だな」

 他部隊との共同倉庫にヤバい代物を隠す訳ないだろ。それに昼間あった騎士にはどの倉庫か伝えてあるぞ。
 内心で毒づきながら、

「見張りも見当たりません。侵入しますか?」
「よし、お前たち三人で先行しろ。既に鍵は壊してあるから簡単に倉庫へ侵入できるはずだ」

 用意がいいな。
 あきれている俺に小隊長がさらに言う。

「お前たちが奪われた盗品が確認できたら合図しろ。我々がすぐに踏み込む」
「盗品はいつ頃返して頂けるのでしょうか?」
「第一部隊の不正を明らかにしたら直ちに返却されるから安心しろ」

 俺は小隊長に承諾の返事をし、ユリアーナとロッテとともに倉庫へと侵入した。

 ◇

 鍵の壊れた扉を抜けて倉庫に入ると横取りされた盗品がすぐに見つかった。

「隠すつもりはなかったようだな」
「搬入したときのままですよ」

 倉庫の中央に無造作に積み上げられた盗品の山を見上げたロッテが呆れたように言った。

「周囲の状況は?」

 ユリアーナに聞くと、

「倉庫の周りは騎士たちに囲まれているわ。多分第二部隊総出でしょうね」

 そう言って肩をすくめる。

「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫よ。その騎士団を取り囲むようにロッシュの人員が配置されているわ。人数も三倍以上いるから、予定通り第三、四部隊に加えて、ロッシュ直属の兵士が動員されてるのは間違いないわ」

 泣きそうなロッテに作戦が順調に進んでいることをユリアーナが告げた。
 その人数なら俺たちが手助けしなくても何とかなりそうだ。

「よし、合図するぞ」

 俺は外で待機している騎士に向けて合図を送った。
 その直後、

「侵入者だ! 騎士団の詰所に侵入した不届き者が居るぞ!」

 小隊長の声が夜の闇に轟く。
 その声を合図に隠れていた第二部隊の面々が姿を現した。
 
 さて、嵌めたつもりが逆に嵌められたと知ったときの顔が見ものだ。
 予定通り特等席で見物させてもらおうか。