「これは……、凄いな」

 紅蓮の炎で赤く照らし出されたロッシュの顔が驚きと興奮の色を浮かべる。
 剣を見つめる瞳が妖しく光る。

 同席した鑑定士とロッテ、控えていたロッシュ家の使用人の額に汗が浮かんだのは、炎の熱だけが原因じゃなさそうだ。
 無意識の行動だろうが、腰を浮かせた鑑定士がわずかに後退る。

「如何でしょう? ご満足頂けるましたか?」
「ああ……。これ程の逸品、高位の貴族でも持つ者は少ないだろうな」
「鞘には耐熱が付与されております。剣の炎を消失させた頂ければすぐに鞘に納めても問題ございません」

 俺の説明に『気が利くな』、と言って剣を鞘に収めるよう、傍らの使用人に剣を手渡すと再び椅子に座った。
 そして興奮冷めやらぬと言った様子で訊く。

「それで、二つ目の頼み事とはなんだ?」
「ご領主様への紹介状を頂戴できませんでしょうか?」
「ヒューベンタール様へ?」

 こちらを警戒するような表情でこの地域を治める領主の名を口にした。

「代官様にだけ剣を献上したのでは、あらぬ誤解を生みかねません。それに、ご領主様への献上品として恥ずかしくない品を用意しております」

 ロッシュの視線が鑑定士に向けられた。全力で首を横に振る鑑定士から俺に視線を戻すと探るように訊く。

「君はこれ以上の逸品を持っているということか」
「今のところ」
「どういう事だ?」

 食いついた。
 俺は内心でガッツポーズをして、騎士団の第一部隊と第二部隊とのこれまでの経緯を話す。

「――――若輩の身であることが理由でしょうが、第一部隊のパウエル隊長からは、『盗賊からの押収品がまだある』と思われており、このままだと押収品以外も拠出しないとならない事態も予想されます」

 さらに、第二部隊のコンラート隊長からも呼ばれていることを詳細に語った。

「なるほどな。つまり、第一部隊と第二部隊に嵌められそうだから助けて欲しいというわけか」

「少し違いますね。代官様にとって目障りな第一部隊と第二部隊をまとめて片付ける機会をご提供しようというこです」
「続けろ」
「つまり、私は第二部隊のコンラート隊長の思惑を十分に予想した上で、彼らの言いなりになって行動したと申し上げております」
「若輩にしては賢しいな」
「父に厳しく教育されましたので」
「今夜なのだな?」
「代官様のお屋敷を出ましたら、第二部隊の詰所に向かいます」
「分かった。第三部隊と第四部隊を秘密裏に動かそう。ただし、これはお互いに利のあることだ。貸し借りは無し、と言うことでいいな」

 俺との会話の間にかいたメモが使用人に手渡された。

「承知いたしました」

 手柄をくれてやったはずなのにいつの間にか貸し借りなしになっているのは釈然としないが、高校生が大人相手にやった交渉事としては上出来だと思うことにしよう。
 領主への紹介状について触れようとする矢先、

「紹介状を書く前に、ご領主様への献上品が恥ずかしくない品であることを確認しておきたい」

 ロッシュがもっともな事を口にした。
 俺は承諾の返事をすると、バッグの中から幾つかのアイテムを取り出してテーブルの上に並べ、その中から銀の腕輪を手に取る。

「こちらでございます」

 銀の腕輪を受け取ったロッシュは値踏みするように調べた後で鑑定士へと渡した。

「紹介状を書くかどうかは鑑定結果次第だ」
「では、鑑定している間、少しお話をいたしませんか?」
「外国の話か?」

 興味を抱いたロッシュに『残念ながら貴国のお話です』、と前置いてロッテに視線を移す。

「先日、私どもで引き取らせて頂いたリーゼロッテですが、どうも良からぬ輩に付け狙われているようなのです」

 真相を知っている鑑定士が銀の腕輪を取り落としそうなるが、当の本人であるロッシュはまるで初めて聞く話のような顔をしている。

「ほう、どんなヤツなのだ?」
「成人前の少女を屋敷に連れ込んで悪さをしようという変態野郎です」
「それはけしからんな」
「しかもその変態野郎は実力行使にまで及びました。部下を使って孤児院に居たリーゼロッテを誘拐しようとしたのです。幸い、教会のシスターや近所の住民が居たお陰で誘拐は未遂と終わりました」
「リーゼロッテ嬢は美しいから、そんなこともあるかもしれんな」
「狙われたのはリーゼロッテだけでなく、他にも何人もの少女が狙われたと聞き及んでおります」
「けしからん、実にけしからんな」

 ここまで顔色一つ変えない。予想以上に出来るヤツのようだ。

「代官様にお心辺りはございませんか?」
「犯罪者の情報は上がってくるが、そのような報告は聞いたことがない。もし耳にしたら、未遂であっても捕らえて厳重に注意するよう。約束する」

 ロッシュの力強い一言に鑑定士が再び銀の腕輪を取り落としそうになった。
 額の汗を拭う鑑定士にロッシュが冗談めかして訊く。

「どうした、手元が狂う程の鑑定結果でも出たか?」
「はい。このような性能の魔道具は初めて鑑定致しました。いえ、聞いたこともないような魔道具でした」
「どのようなものだ?」

 鑑定士の反応にロッシュが身を乗りだした。

「異空間収納の魔術が付与されたおりました。恐らく、収納量は十トン近くかと……」
「バカな! もう一度鑑定しろ!」
「は、はい」

 顔色を変えたロッシュと鑑定士に言う。

「正確な鑑定です。その腕輪に付与されたのは『異空間収納』。収納量はちょうど十トンです」
「実家から持ってきた代物だから間違いないわ」

 ユリアーナが俺の言葉を補足した。
 異空間収納の能力が付与された魔道具は、異空間収納のギフト所持者よりも少ない。そして、ギフト所有者でも十トンもの収納量を持つ者は稀《まれ》だ。

「これほどのものを献上するというのか!」

 信じられないと言った様子でこちらを見るロッシュに、俺とユリアーナが何でもない事のように告げる。

「私と妹はともに異空間収納のギフトを持っております。我々にとっては大して価値のない代物です」
「あっても使わないもの」
「分かった……。少し待っていてくれ。いま、紹介状を用意しよう」
「紹介状かー。別にあってもなくてもいいのよねー」
「どういう事だ?」

 退室しようと立ち上ったロッシュがユリアーナの一言で動きを止めた。
 理由は簡単だ。

「本当の目的はこちらなんですよ」

 俺は代官の前に置いた卓上用の鏡を示し、次いで魔力を注いだ。
 魔力が注がれた鏡はまるで再現映像が流れるように、先程までの代官の顔と音声が流れる――――。

「先日、私どもで引き取らせて頂いたリーゼロッテですが、どうも良からぬ輩に付け狙われているようなのです」
「この反応、何か知っているのか?」
「成人前の少女を屋敷に連れ込んで悪さをしようという変態野郎です」
「バレている、と考えた方がよさそうだ。さてはロッテや孤児院の連中が話したな……」
「しかもその変態野郎は実力行使にまで及びました。部下を使って孤児院に居たリーゼロッテを誘拐しようとしたのです。幸い、教会のシスターや近所の住民が居たお陰で誘拐は未遂と終わりました」
「あいつら人前で攫おうとしたのか? 誘拐が成功しても揉み消しが面倒なだけだろうが!」
「狙われたのはリーゼロッテだけでなく、他にも何人もの少女が狙われたと聞き及んでおります」
「他の娘のことも知られているのか」
「代官様にお心辺りはございませんか?」
「知っているよ。すべて私がやらせたことだ。だが、白状する気はさらさらない。オーガを瞬殺した少年とは聞いていたが、証拠もなしに疑惑を並べ立てるあたり、所詮は子どもだな。とは言え、少し自重するか」

 ――――鏡から聞こえてきたのは先程の会話とは微妙に違う内容だった。

「こちらが本当の献上品、『真実の鏡』でございます」

 真っ青になったロッシュが崩れるように椅子に腰を下ろした。