その日の夜、魔術師ギルドの鑑定士の案内で、俺はユリアーナとロッテを伴ってこの地域の代官であるカール・ロッシュの屋敷を訪れていた。
 そう、ロッテに言い寄った挙句、誘拐まで企てた変態野郎のところだ。

「お待たせして申し訳ない。私がカール・ロッシュだ」

 太った中年オヤジを想像していたが、入ってきたのは二十代後半の好青年。
 歩く姿が颯爽としてさまになっている。

「ロッシュ様、ご無沙汰しております」

 鑑定士が即座に立ち上がって代官に深々と頭を下げた。
 俺たちも彼に続いて腰を浮かせたが、

「ああ、そのまま座っていてくれ」

 ロッシュが言葉と仕草で押しとどめた。
 椅子に腰を下ろしたロッシュに鑑定士が改めて挨拶をする。

「本日はお忙しい中お時間を頂き感謝申し上げます」
「そう畏まらないでくれ。堅苦しいのは苦手なんだ」

 権力者にありがちな高圧的な態度はなく、平民である鑑定士にも非常に気さくな対応をしている。
 正体を知らなければ騙されていたところだ。

 なによりも、ロッテを見ても顔色一つ変えずに挨拶を交わすあたり、メンタル面も相当に強そうだ。
 代官と二言三言、言葉を交わした鑑定士が俺を紹介する。

「こちらがお話し致しました、商人のシュラ・カンナギ殿でございます」
「初めまして、ロッシュ様。シュラ・カンナギです。隣に座っているのが妹のユリアーナ。その向こうが当商会で雇い入れたリーゼロッテです」

 ロッシュはユリアーナの美貌をひとしきり褒めると、『ところで』と視線をロッテに移した。

「リーゼロッテ嬢は従業員だろ? 何故同席を? いや、私としては美しいお嬢さんが同席してくれるのは嬉しいのだが、理由があるなら知りたいと思ってね」
「リーゼロッテはこのラタの街の孤児院にいたのですが、この度、当商会で雇い入れることとなりました。とは申しましても、未だ成人前のため形式上、私とユリアーナの兄妹として引き取らせて頂きました」

 違法にロッテを誘拐できないと悟ったロッシュの表情がわずかに歪んだ。
 誘拐が合法的かどうかは疑問が残るが、少なくとも俺の保護下にあるロッテを誘拐したら騎士団が出動できる。

 最悪はロッシュの雇用主である領主を動かされることになり兼ねない。
 そんな事態にならないまでも、騎士団に弱みを握られるのは面白くないだろう。