夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「私の名はユリアーナ。この世界の創造神にして、あなたの信仰する女神です」

「それを私に信じろとおっしゃるのですか?」

 神官だから神の声を聞くことができたと歓喜すると思ったが……、意外と疑り深いな。

「あなたが手に入れた石。それは神聖石と言って創造神である私の力の一部を封じ込めた神界の石です」

「何のことをおっしゃっているのか分かりません」
「神聖石を返してもらいに来ました」
「ですから、何のことを――」

 尚もとぼける助祭の言葉を遮ってユリアーナが言う

「あなたと会話することなく神聖石を取り上げることもできるのですよ」
「お待ちください」

 助祭が初めて狼狽の色を見せた。

「神聖石を返してくれますね」
「この石。……神聖石というのですか。この神聖石を今しばらくお貸し頂くわけにはいきませんでしょうか?」
「理由を聞きましょう」
「神聖石の力をお借りすることで大勢の怪我人や、病に苦しむ人々を救うことができました。私は……、さらに大勢の人々を救いたいと願っております。ユリアーナ様を信仰する者たちのために何卒お力をお貸しください」
「本当に人々を救いたいという気持ちだけですか?」
「もちろんです」

 即答だ。迷いのない力強い答えが返ってきた。
 ユリアーナが満足げに微笑む。
「もう一度問います。神聖石があれば本当に人々を救うことができるのですね?」
「よろしい。その力、貸し与えましょう」
「感謝いたします」
「ただし、貸し与えるのは力だけです。神聖石はこの場で返してもらいます」
「どういうことでしょう……?」
「あなたに祝福を授けましょう」
「ありがとうございます」

 助祭がお礼の言葉を述べた瞬間、ユリアーナから合図が出された。その合図に従って神聖石ごと助祭を錬金工房へと取り込んだ。

「よし、成功だ」

 俺は助祭が所持していた神聖石だけを取り出してユリアーナに渡す。

「間違いないわ。これで二つ目」
「じゃあ、次のステップに移るぞ」
「お願い」

 神聖石を抱きしめてユリアーナが小さく首肯した。
 俺はスラム街で悪人たちから強奪して集めた光魔法のスキルを、錬金工房内にいる助祭に幾重にも付与して、彼の光魔法の強化を図る。

 神聖石がなくても助祭がこれまで通りかそれ以上に住民たちのために力を振るえるようにする。
 それがユリアーナの計画だった。

 ユリアーナ曰く『善行を積む敬虔な信徒には女神の祝福を与えないとね』
 予想外にまともなところがあるのに驚いたのは内緒だ。

「よし、これで神聖石の力を借りるのと同等の光魔法が使えるようになったはずだ」
「次は魔力をお願い」

 俺は無言で首肯すると早速作業に取り掛かった。
 同じようにスラム街で強奪した魔力をやはり幾重にも付与して助祭の魔力量の増大を図った。
「スラム街で出会った元神官の十倍の魔力量まで増やすことができたぞ」

 自分で口にした魔力量がどの程度のものなのか正確には分からないが、少なくとも基準となる神官の魔力量ですらスラム街の悪人たちの三倍以上あった。
 つまり、規格外の魔力量であることは容易に想像がつく。

「ありがとう。これで怪我や病気で苦しむ信者たちを救うことができるわ」
「いいのか? 一人の人間をここまで優遇しても?」
「問題ないわ。彼は選ばれた人間だった、というだけよ。それに彼には悪徳司祭を排除するのにも一役かってもらうから」
「何か企んでいるなら教えてくれ。カヤの外じゃ協力はできないからな」
「もちろんよ。たっくんはあたしの助手なんだから」

 文字通り、女神のような笑みだ。

 だが、一瞬垣間見た小悪魔のような笑みは気のせいじゃないよな……。
 俺は若干の後悔を胸の奥に仕舞い込んでユリアーナから悪徳司祭排除の計画を聞くことにした。
「おい、小僧! 盗賊のアジトはまだか!」

 後ろを走る荷馬車から不機嫌そうな叫び声が聞こえた。
 声の主は第一部隊のパウル隊長。その脂ぎった顔と態度は不機嫌さを隠そうともしていなかった。

 まったく何てヤツだ。盗賊を討伐した功労者である俺たち上前を跳ねようとするだけでなく、案内をする俺たちに、埃っぽいだの道が悪いだのと、思いだしたように八つ当たりをしていた。

「まだ先です、あと一時間はかかります」

 攻撃魔術を撃ち込みたくなる衝動を抑えてにこやかに愛想よく返事をすると、何やら悪態を吐いて座り直す。
 俺たちは二台の荷馬車で盗賊のアジトを目指して街道を進んでいた。目的は盗賊のアジトに残してきたという設定にした盗品を回収するためである。

 先導するのはロッテが操る馬車で荷台には俺とユリアーナが乗っている。後続の荷馬車にはパウル隊長を筆頭に第一部隊の騎士たちが十人。
 小隊二つ分だ。

 その人数と騎士たちの顔つきから不穏な未来を想像してしまう。

「盗品を積み込む手間や魔物に襲われる危険性を考えたとしても過剰な人員よねー。もしかして私たちを始末することも視野に入れてたりして」
「ありませんよね? 騎士団が善良な住民を襲うとかありませんよね?」

 ユリアーナが楽しそうに口にした不穏な予想にロッテが泣きそうな顔で反応した。

「あるんじゃない?」
「いやいや、ないでしょ」
「仮に襲われても、たっくんの創った魔道具があるから大丈夫よ。ロッテちゃん単独でも十分に撃退できるから」
「その魔道具ですが、使いこなす自信が微塵(みじん)もないんですけど」

 ロッテの反応が可愛らしかったので、つい、黙って見ていたがそろそろ助け舟を出すか。


「騎士団の小隊二つくらいに負けはしないさ」
「シュラさんが強いのは知っています。でも、あたしが言いたいのはそう言うことでは無くですねー」
「問題ない。騎士団と戦うことになってもロッテのことは俺が守る」
「え?」

 ロッテの背筋が急に伸びた。

「お前を傷付けようなんて輩は俺がぶちのめす」
「シュラさんったらー」

 身体をくねらせて嬉しそうに振り向いたロッテだったが、後続の馬車を視界に収めた途端その表情が一変する。

「違います! そうじゃありません! 騎士団と戦わない方向でお願いします」

 いま、一瞬、騎士団のことを忘れたな。

「俺としてもあの連中と戦いのは本意じゃないからな。まあ、できるだけ戦闘は避けるようにするよ」

 第二部隊のコンラート隊長からの提案もあるし、できれば第一騎士団と争うことなく盗品をお引き取り願いたい。

「約束ですよ」
「約束する」

 安堵したロッテの心をユリアーナが再び乱す。

「そうは言っても、あちらさん次第なのよねー」

 今まさに罠に掛かろうとしている、憐れな獲物を見るような視線が後続の馬車に向けられる。ユリアーナの視線に釣られ、俺も騎士たちが搭乗する馬車に視線を向けた。

「随分と入念に剣の手入れをしているな」
「さっきは防具のチェックをしていたわ」
「いやー、いやー」

 ロッテが天を仰ぎながら首を横に振る。
 それでも馬車は街道を外れることなく盗賊のアジトへと向かって進んで行った。

 ◇

 途中、魔物や盗賊に襲われる来なく荷馬車は予定通り盗賊のアジトへ到着した。

「ここがそうなのか?」
「はい、ここが先日お引渡しした盗賊たちのアジトです」

 パウル隊長にそう答え、俺とユリアーナ、ロッテの三人が真っ先に洞窟へと足を踏み入れる。半数の五人を荷馬車付近に見張りとしてのこし、パウル隊長以下、五人の騎士がそれに続いた。
 洞窟を少し進み、居住区にとして使っていたスペースに入った途端、若い騎士たちが感心したように声を上げる。

「洞窟をアジトにしていると聞いていたから、獣や魔物のように不衛生なところを予想していましたが、意外と綺麗に使っていたんだな」
「椅子やテーブルも結構いいものを使っているぞ」
「こりゃ盗品の方も期待できそうだな」

 何とも浅ましい騎士たちだ。
 内心呆れるが、それを表にださないように注意してパウル隊長に話しかける。
「この部屋に残りの盗品があります」

 錬金工房に収納した盗品の半分近くを元々盗品が置かれていた部屋へと戻し、その部屋の扉を開けた。
 扉の向こうに見える盗品の数々に騎士たちが歓声を上げる中、パウル隊長が忌々しげに俺とユリアーナを見た。

「残した盗品がこれというと事は、お前たち二人の異空間収納にはもっと価値のある盗品があるんだろうな」
「私たち兄妹は商人ですから」

 当然、価値のある品を優先して取得すると暗に答える。

「ふん、まあいい。よし、運び出せ」

 パウル隊長が指示すると五人の騎士たちが一斉に盗品運び出しに掛かかった。
 次いで俺たちに向かって言う。

「何をしている。お前たちも手伝わんか!」
「あら? 案内だけの約束ですよね?」
「な……!」

 予想はしていたが案の定のやり取りだ。

 当たり前のように手伝いを要求するパウル隊長と『喧嘩なら買うわよ』という態度のユリアーナ。
 ユリアーナはもちろん、絶句するパウル隊長も引く気がなさそうだ。

「え? そんな……、お手伝いしましょうよ、シュラさん」

 狼狽えたロッテが両手を胸の前で組み、まるで祈るような姿勢で俺を見た。

「パウル隊長、妹は契約や約束事に厳しいんですよ。妹の分も俺がお手伝いしますからここは穏便にお願いできませんか?」
「あたしも、あたしもお手伝いします。一生懸命働きますよ!」

 勢い込んで協力的な姿勢をアピールするロッテに気付かれないよう、俺はパウル隊長に金貨の数枚の入った革袋を握らせる。

「街に戻ってからの荷下ろしも手伝わせて頂きます」
「そうだな、子どもに手伝わせるのも風聞が悪いか。よし、街に戻ってからも頼んだぞ」
「はい、お役に立たせて頂きます」

 よし、これで無事に街まで帰れそうだ。

 盗品を街まで持ち帰ったところで第二部隊がなだれ込んでパウル隊長以下、関係者が一網打尽となる。こいつの茫然自失とした表情を特等席度拝めるとなれば荷物を運ぶくらい苦でもない。
 俺はパウル隊長を陥れる計画を反芻しながら盗品を荷馬車へ積み込む作業を進めた。
「よし、運び込め」

 騎士団の詰所奥にある倉庫前に到着するとパウル隊長の号令一下、配下の騎士と共に俺とロッテも盗賊たちからの押収品を騎士団の倉庫へ運び込む。
 荷物を運んでいると手ぶらのユリアーナが近付いてきた。

「あきれたものね。騎士団の倉庫を利用しているとは思わなかったわ」
「まったくだ。灯台下暗しとはよく言ったものだ」

 盗品を隠すのだからバレても言い逃れができるように、別名義で民間の倉庫を借りていると予想していただけに驚きだ。

「ところで、第二部隊はどうしちゃったの?」
「踏み込むタイミングをどうするか、連絡が入るはずだったんだが未《いま》だに連絡がない」

 第二部隊が踏み込んでくるなら今が絶好のタイミングだと思うのだが、踏み込んでくる気配はない。

「第一部隊と行動を共にしていたから、あちらさんとしても接触する機会を逸したのかもね」
「そんなところだろうな」
「楽しみにしてたのに……」

 心底残念そうに肩を落とした。その姿に、第二部隊のコンラート隊長の提案を話して聞かせたとき、 踊りださんばかりの喜びようが蘇る。

『あのいけ好かないオヤジが犯罪者になる瞬間を間近で見られるのね』

 実際、軽やかな足取りでターンを決めていたな。

「そのうち接触してくるだろ。パウル隊長が犯罪者として捕えられるところを間近で見たいのは俺も一緒だ」
「そうね、そうよね……」

 そう言い残して馬車へと引き返すユリアーナを見ていると、年配の騎士が声をかけてきた。

「あの娘、孤児院から引き取ったんだって?」

 視線の先には誰よりも多くの荷物を抱えたロッテがいた。

「ええ」
「ありゃ、相当量の魔力をもっているな。うちの騎士団に欲しいくらいだぜ」

 ロッテが大量の荷物を抱えて足早に倉庫へと消えていく。
 少しやり過ぎたかな。
 彼女の魔力はかなり増強していた。それに比例して魔力による身体強化も格段に強化されており、並みの騎士など足元にも及身体能力を発揮している。

「勘弁してください。彼女はもううちの商会になくてはならない人材なんですよ。それに商人になりたいと言うのも、私たち兄妹と一緒に来たいと言うのも彼女の希望です」

 年配の騎士は『別にとったりしないから安心しろ』と言って笑うと、

「働き者だし気立てもいい。それにあれは将来美人になるぞ」

 そう付け加えた。
 同感だ。抜けたところもあるがそこも可愛らしいと言えば可愛らしい。元の世界に戻らなかった場合、ロッテを嫁さんにしてもいいかもしれないな。

「とてもよくやってくれています」

 将来美人になる云々について下手に言及すると不名誉な噂が広がりかねないので触れずにおこう。

「大事にしろよ。逃がしたら後悔するぞ」
「ご忠告ありがとうございます。大切にします」

 年配の騎士が照れた演技をする俺からユリアーナに視線を移した。

「それに引きかえお前さんの妹はまるで働かないな」

 同感だ。

「実家では奉公人に指示を出すだけでしたから……」

『女神様なので』とは言えない。

「俺の知っている商家の娘ってのは、どんな大商人の娘でも皆働き者なんだがな」
「国が違うので、その辺りも違うのかと」
「まるで貴族のお嬢さんみたいだな」

 言わんとしていることは分かる。

「父親に甘やかされて育ちましたからね」

 ボロがでないうちに切り上げたいと思ったところに、若い騎士見習いに声を掛けられた。

「シュラ・カンナギはお前か? 魔術師ギルドから使いがきている」
「使いの方はどちらに?」

 騎士見習いが視線で扉の一つを示した。
 俺が視線を向けると扉のすぐ側に立っていた男が軽く会釈を返してよこした。
「兄ちゃん、手伝いはいいから行ってきな」

 年配の騎士に促されて、扉の側に立つ男の方へと歩を進めた。
 魔術師ギルドの使者を名乗る男は握手をするなり本題を切り出した。

「代官様がカンナギ様との面会を承諾くださいました。時間は今夜、二十時から一時間とのことです」
「お骨折り頂き、ありがとうございます」

 急がせておいて何だが、予想していたよりも随分と早く面会できる。正直なところに三日先になると思っていたが、こちらとしてはありがたい誤算だ。

「十九時過ぎに宿へ迎えの馬車を差し向けます」
「そこまでして頂かなくとも――」
「万が一遅れるようなことがあっては当ギルドとしても面目が立ちません」

 男は最後まで言わせずにクギを刺した。

「承知いたしました。準備万端整えて宿で待たせて頂きます」
「それでは私はこれで失礼いたします」

 男は深々とお辞儀をして去って行った。