夢幻の錬金術師 ~チートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

「いやー、よく来てくれた。カンナギ君、だったかな?」

 上機嫌出迎えてくれたのは対オーガ防衛ライン構築の指揮を執っていた第二部隊のコンラート隊長。

「ご用件というのはオーガ討伐の調書作成のための聞き取りかなにかでしょうか?」

 二時間ほど前にコンラート隊長と会話をした際に見せた、彼の悪そうな笑顔を思いだしながら、素知らぬ顔で訊いた。

「そこまで煩わせるつもりはない。調書の方は我々で作成したものがある。確認のために目を通してもらえれば十分だ」

 実際にオーガを討伐した俺から一言の話も聞いていないのに調書が出来上がっているのかよ。
 これがこの世界の騎士団の標準とは思いたくないな。

「それは助かります。では早速、調書を読ませて頂きます」
「いや、急ぐ必要はない。調書は後ほど持ってこさせる。その前に少し話をしたい」
「お話ですか?」
「第一部隊のパウルから無理難題を言われているらしいじゃないか?」

 本題がそちらだと言うことは予想できたが、何の前置きもなしにいきなり核心に触れた来たな。

「無理難題というほどこのことではありません。私が討伐した盗賊のアジトに案内するよう言われているだけです」
「アジトに残してきた盗品の引き渡しを要求されているのだろ?」

 俺は少し困ったような表情を浮かべて恐縮する。

「私の国では討伐した盗賊が所持いていた盗品は討伐した者に所有権が移ります。てっきりこちらの国でもそうだと思い込んでいました。ご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした」

 パウル騎士団長に騙されている世間知らずの青年を演じる。
「盗賊から奪った盗品は君のものだ。アジトに残してきた盗品は後日運びだせばいい。もちろん、その間に誰かが発見して運び出した場合は運び出した者が所有者となる」

 知っているが、不正がまかり通るような騎士団相手に正論を言っても取り合ってはもらえないだろ。
 それどころか、機嫌を損ねたら冤罪で投獄されかねない。

「え? どういうことでしょうか?」
「パウルは君が法律に疎いことを悪用し、本来君が手にすべき盗賊の所持品を不当に奪おうとしている」
「たとえ一度に運びだせなくても、盗賊を討伐した者に所有権が移るのはこちらの国でもそうだったんですね」

 外国人なので法律に疎い振りをした。

「要はパウルのヤツが君の資産を横取りしようとしているわけだ」
「そんな! 騎士団の隊長さんがですか!」

 心底驚いたふりをする俺にコンラート隊長が同情した表情で言う。

「パウルはこちらに赴任してくる前から良からぬ噂があってな。私としてはヤツのシッポを掴んで悪事を白日の下に曝したいと考えている」

 内部で処理して第一部隊の隊長を更迭するのかと思ったが違うようだ。

「同じ騎士団として恥になるのではありませんか?」
「隠蔽する方が騎士団の恥だ。汚職まみれの第一騎士団を告発することで、我々第二部隊が公正、且つ、清廉であることを知らしめたい」

 第三、第四部隊には一歩リードしているから、ここで競争相手の第一部隊の汚職を暴くことで第一部隊を蹴落とし、騎士団内部での優位性を不動のものにしようという魂胆か。

「具体的に私は何をしたらいいでしょう? それと、私の得るメリットを教えて頂けますか?」
「さすが商人! 話が早くていい」

 こちらが利害で動く人間と判断しようだ。我が意を得たりとばかりにコンラート隊長が身を乗りだした。

「明日、パウルを案内して盗賊団のアジト跡に向かうな?」
「ええ」

 盗賊のアジト跡には異空間収納に収まりきらなかった盗品が残っていることになっている。それをパウルに引き渡すためにアジトへ案内することになっていた。
「そこで、だ。一つ私の策に乗ってみないか?」
「策です、か? 商人なので騎士様のような難しいことは分かりませんが……」

 形だけ難色を示す。

「何、難しいことはない。私の言う通りに動いてくれれば、君は盗賊を討伐して手にすべき資産を守れ、我々は騎士団内部の膿を出すことができる。双方にとってメリットがあると思うが、どうかね?」

 おいおい。盗賊の盗品はもともと俺に所有権がある、と言ったばかりじゃなかったか?

「分かりました。では、コンラート隊長のご指示通りに動きましょう」
「決まりだ」

 コンラート隊長が提案した作戦内容は単純明快なものだった。
 盗賊のアジトから持ち帰った盗品を持ち帰ったところに、第二部隊が踏み込んでパウル隊長以下、かかわった騎士団員たちを捕縛するというモノだ。

 盗品はもともと保管されていた倉庫の扉を開ける瞬間にでも錬金工房から倉庫へ移せばいいので特に問題はない。
 自分の手を汚さずに解決できるならそれに越したことはないだろう。

「作戦通りに事が運ぶと第一部隊はどうなりますか?」
「第一部隊を我々の部隊が糾合し、新たに第一部隊と第二部隊を編成し直すことになるだろう。まあ、第一部隊は事実上解体だな」

 コンラート隊長が得意げに語った。
 第一部隊と第二部隊が互いに噛み合って自滅するのが理想なのだが、ここは第一部隊を解体できるだけでも良しとしよう。

「驚きました。隊長は策士ですね」
「いやなに、これくらいは大したことはない」

 そう言って上機嫌で笑いだした。
 何ともこずるい大人が多いことだ。異世界も世知辛いよなー。

 日本で詐欺事件などの知能犯のニュースを幾つも見ていたせいか騎士団の隊長二人が小悪党にしか見えない。

 この状況を何とか利用できないモノだろうか?
  俺はそんなことを考えながら、俺はコンラート隊長と握手を交わし、ユリアーナたちと合流するため孤児院へと向かうことにした。
 孤児院に戻った俺は真っ先にユリアーナとロッテとの情報交換をし、その後、彼女たち二人と孤児院の子どもたちを伴って裏庭へと来ていた。
 ロッテや子どもたちとの距離を確認したユリアーナが明後日の方を向いたままささやく。

「今夜、助祭のところに忍び込むか、或いは、こちらの姿を見せずに助祭と会話したいんだけどできる?」
「どちらも問題ない」

 忍び込むなら、助祭以外の教会の人間すべてを錬金工房に取り込んでから助祭の部屋を訪れればいい。
 助祭と会話するだけなら遠距離通話の魔道具を作れば済むことだ。

「頼もしいわね。それじゃ、後者でお願い」
「分かった。詳細は後ですり合わせよう」

 ユリアーナとの会話を切り上げてロッテに話しかける。

「裏庭と言っても随分と広いんだな」

 改めて見回すと小学校のグラウンドくらいの広さがある。

「今は教会の敷地に市場が立ちますが、昔はこの敷地を使っていたそうです」

 ロッテが言うには、今日見た中央通りの盛大な市場は二ヵ月に一回、五日間開催され、出店するのには商業ギルドの出店許可証が必要となる。
 翻って、教会の敷地を利用しての市場は十日毎に立ち、商業ギルドの出店許可書が不要のため、一般の家庭で作られた手料理が並んだり、不要になった衣類や家具が並んだりする。
 また、裁縫が得な主婦などはその場で繕いものをするなど、販売されるものも多岐に渡っているそうだ。

「中央通りの市場は他の市や町から大勢の商人が来るので賑やかですし、外国の珍しい商品も並ぶから見ていてとても楽しいですけど、あたしは教会の敷地に立つ市場の方が落ち着いていて好きです」

 そう語ったロッテの笑顔はとても幸せそうだった。

「次に教会に市場が立つのはいつなんだ?」
「三日後です」

 ターゲットの司教はここから三日の距離にあるグラの村に滞在している。教会の敷地に立つ市場を楽しみながらターゲットの司教をゆっくりと待つことにしよう。

「三日後にみんなで教会の市場に行こうか」

 後ろに付いてきた孤児院の子どもたちを見回しながら言うと、ロッテと子どもたちが驚きと期待のこもった目で俺を真っすぐに見つめた。
 俺はロッテと子どもたちに向けて、笑顔でもう一度同じ言葉を告げる。

「三日後にみんなで教会の市場に行こう」
「うっ、あ、ありがとうございます」

 ロッテが泣き出し、子どもたちには驚きの表情と笑顔が広がる。

「え? いいの? 本当?」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「俺たちも? 本当に連れてってくれるの?」

 口々に確認を求める声や歓喜の声が入り混じって上がり、それは瞬く間に子ども特有の甲高い歓声に変わった。
「俺、みんなに知らせてくる!」

 一人の男の子が孤児院の建屋に向かって駆けだした。

「それで、今度は裏庭で何をするつもりなの?」

 先程まで殺伐とした会話をしていたユリアーナが子どもたちに交じって女神のような見惚れるような微笑みを浮かべた。

「これだけの広さの土地を荒れ地にしておくのはもったいないだろ。裏庭すべてを畑に帰る」
「え? 裏庭全部をですか?」

 ロッテが驚きの声を上げた。

「問題ない、院長の許可はもらった」

 先程、『裏庭に畑を作りたい』と院長へ願い出たら快く承諾してくれた。
 広さには言及していなかったが問題ないだろう。

「広い畑を作って頂いても世話をする人手が足りないので、維持するのが難しいと思います……」
「問題ない」

 そう言って早速作業に取りかかる。

 地上から二メートル程のところまで裏庭の土を錬金工房へと収納した。
 突然、子どもたちの眼前から見覚えのある荒れ地が消え、替わって、二メートル程掘り下げられたくぼ地が現れた。

 驚きのあまり声も上げられず、息を飲む音だけが辺りに響く。
 子どもたち、いい反応だ。
 お兄さんは君たちの期待を裏切らない反応に、モチベーションが一気に上がったぞ。

 特にロッテ。
 大きな目を見開き、愛らしい口を大きく開けた顔は実にチャーミングだ。
「へー、これだけ広範囲の空間を一気に収納できるんだ。ここから端まで三百メートルくらいありそうね」

 ユリアーナが錬金工房の収納限界距離や効果範囲に関する情報を更新したようだ。

「これが第一段階、続いて第二段階だ」

 錬金工房内に取り込んだ石や岩をレンガ程の大きさに成型し、敷地を格子状に区分けして作業用の通路を造成した。

 成型した石や岩を利用して、縦四区画、横五区画の二十区画で、格子状に区分されるように元の地表の高さまでの石の壁を造成した。
 壁の幅は一メートル。

「第二段階の終了だ」

 続いて第三段階に移る。
 各区画を森の中で収納した土や腐葉土で埋めていく。
 こげ茶色の畑に格子状に走る、石で出来た白い通路が柔らかい陽光を淡く反射していた。

「これで第三段階が終了。そして取り敢えず畑ができたわけだ」

 振り返ると、ユリアーナを除く全員がかつて裏庭だった場所を放心したように眺めていた。

 子どもたちの眼前には二十区画に整然と区分けされた畑が広がり、石の壁はくぼ地に土が入れられることで作業用の通路となっていた。

「……凄い、……お兄ちゃん、凄い!」

 静寂を打ち破ったのは五、六歳の少女。

「これ、畑だよね……?」
「俺、こんなの初めて見た!」
「魔法で畑を作った……」

 幼い子どもたちほど我に返るのが早いようだ。

 驚きと称賛の声は次第に年長者へと伝染していく。そしてその驚きと称賛は『次は何をするのだ?』という期待と憧憬の念へと変わる。
 年長者は自主的に口をつぐみ、年少者は周囲の雰囲気にのまれて押し黙った。

「あんまり期待するなよ、次の作業は大したことないんだからさ」
「え、そうなの?」

 錬金工房内で強化ガラスを錬成しながら言うと、目をキラキラと輝かせた少女が少しだけ残念そうな表情をさせた。
 俺は少女に微笑みながら、

「見た目は派手だけど、やっていることは大したことないのさ」

 ビニールハウスならぬ強化ガラスハウスを、それぞれの区画を覆うようにして出現させた。
 これで第四段階終了。

「宝石のお家……?」

 かろうじて言葉になって俺の耳に届いたのはその一言だけだ。
 他の子どもたちは驚きのあまり言葉にならないか、言葉すら出せずにいた。

「子ども相手に何を得意になっているのよ、と言いたいところだけど……、これは凄いわね……」

 ユリアーナの頬を汗が伝う。

「だろ? でも、まだ続きがるんだぜ」
「いちいち驚くのも疲れたし、驚く子どもたちを見るのも飽きたわ。そろそろ、終わりにしない?」
「安心しろ、こいつを設置して終わりにする」

 俺は水魔法を付与したスプリンクラーの機能を備えた魔道具を彼女の眼の前に差し出した。
 だが反応したのは幼い少女二人。

「なになに? 今度はなに?」
「お兄ちゃん、それなあに?」
「これ? これはな、毎日の水まきを皆の代わりにやってくれる魔道具だ」

 子どもたちに魔道具の説明をしながら、強化ガラスハウスの一つに設置して、試験運転を始めた。
 散水が始まると子どもたちの間から歓声が上がる。

「うわー、凄ーい」
「虹だ!」
「お家の中に虹ができた」

 無邪気でいいね、子どもは。

「残り十九個はどうするつもり?」
「スラム街もあったし、水魔法が使える悪人の十九人くらいいるんじゃないか」

 俺は彼女に、夕食後のスラム街散策計画をささやいた。
「いやー、大漁大漁」
「色々と仕入れられたわね」

 スラムの出口へと向かう俺とユリアーナの会話が弾む。

「スラム街に潜んでいる悪人も意外と色々なスキルを持っていたな」

 スラム街とは暗殺や盗賊などをはじめとしたさまざまな犯罪に手を染めた者たちが集まる危険地帯だ。その危険地帯で生き残っているのだから、何の力も持たないってことはないだろうとは思っていたが、予想以上に芸達者な悪人が多かった。

 なかでも驚いたのが光魔法の使い手が多かったことだ。
 そして、その光魔法のスキルをできるだけ集めて欲しいとユリアーナから指示があった。

「最大の収穫は光魔法ね。これで憂いが一つ消えたわ」
「何か憂いていることでもあったのか?」
「失礼ね、これでも悩み事をたくさん抱えているのよ」
「光魔法のスキルを集めたのはロッテの光魔法を強化するためかと思っていたが違うようだな?」
「それはそれで早いうちに何とかしたいと思っているわ。でも、もっと優先すべきことがあるから――」

 話の途中でユリアーナの笑顔が曇った。

「どうした?」
「油断したわ」

 その瞬間、左手の路地の奥からナイフが飛来し、俺の足元へと突き刺さった。

「チンピラか」
「魔力感知を怠った途端このありさま。スラムって本当油断ならないところね」

 ため息を吐く俺たち二人をよそに路地裏から人相の悪い男たちが姿を現す。
 人数は五人。何れもナイフや抜き身の剣を手にしている。