晴臣先輩の後ろで浴びる風が柔らかい。
彼のブレザーが顔をくすぐる。
煙草の匂いの隙間からほんのり香ったお日さま匂いが、とてつもなく愛しかった。
服の裾部分だけ控えめに握って自転車の振動を感じながら、生まれてからずっと住んでいる慣れたはずの街並みがぜんぜん違う景色に見える。
晴臣先輩の緑がかかった茶色の髪が空に泳ぐ。
それがとても綺麗だったから、空になれたらいいのにと思った。
「…晴臣先輩」
「なに」
「背、伸びましたね」
「ああ、そう?」
自分に無頓着。
ううん。そのフリをしてる。
傷ついていないフリして、傷つけているだけだって思ってるんだ。
たどり着いたのは街外れにあるセレモニーホールだった。こんな場所に何の用なんだろう。
「これチケット」
そう渡されたものには“羽田晴瀬絵画展”と書かれている。
絵画が好きなのか聞こうとしたけど彼はスタスタ歩いて中に入ってしまった。
いつチケット買ったんだろう。
疑問ばかり浮かんだけど、黙って後をついていくことにした。
個展なんて初めて来た。
風景、物体、空間…キャンバスやただの紙、時にはノートの切れ端に描かれていたそれらは、彩り豊かなのにどこか無機質に感じて、その差に美しさを秘めているようだった。
うん、綺麗。絵画に触れるのは初めてだけど、それくらいわかる。
晴臣先輩は一枚一枚を隅々まで見ていた。