ぎゅっと握りしめる。

この前は持ってなかったけど今日はちゃんと傘を持ってきてたんだね。それをわたしに貸してくれるなんて。

言いたかったな。学校来てくれてありがとうって。


「あの優しさはずるいね」


後ろから話しかけられる。振り向くと松渕さんがちょっと困った顔を浮かべていた。


「松渕さん…」

「結香子でいいよ。…大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」


心配されるのは苦手だ。


「でもこれをわたしに貸すことで佐伯さんの傘に入れてもらってるんだと思うと…けっきょく素直によろこべないや」


幸せならそれでいい。

幸せならいい。


なんて、そう思うのに、思いたいのに、うまくできない。



「帰ろ。がんばろ!」

「…うん!ありがとう、結香子」


そうだね。この感情だって初めての経験なんだから向き合えるようにがんばろう。


借りた傘を広げると、黒々とした闇が広がっていた。

雨がそこに落ちて柔らかな音をつくる。

晴臣先輩が楽しく笑えるなら…いいことだよね。


もう傷をつくりませんように。

誰かを傷つけませんように。


願うことで思考を埋めて、失恋に、悲しい現実に、どうにかそれでも目を逸らさないで受け止めて、乗り越えたいと思った。

晴臣先輩を好きなこと、悲しいとかつらいとか、そういう記憶にしたくなかった。