何から守らないといけないんだろう。

彼は何から逃げたくて、何に傷つけられて、何を傷つけてしまうのかな。

知らないくせにって思われるかな。それでも、わたしの気持ちなの。



「…ばかだな、槙野」


彼はそうつぶやくと、身体を起こして、わたしの頰を手のひらで柔らかく包み込んだ。


そっと距離が近づく。


メトロノームが鳴る、子供の頃からお世話になっている部屋。そこに彼がいることがうれしかった。

黒い瞳にわたししか映っていないことが、うれしかったんだ。


熱さえ感じることができないほどのほんとひと時。

微かに触れた、冷えたくちびる。



「……好きです」


わたしも他の人と同じようにしていいから。

わたしは他の人と同じようにはならないから。


だから、お願い。



「知ってる」


うん。知っていて。

誰よりも知っていて。それだけでいい。

涙が伝う前にそれを拭ってくれた。そしてもう一度、今度は深くくちびるが重なる。


お互いの呼吸を飲み込むような、初めてのくちづけ。

血の味がした。


それは夢だったみたいに、次の日晴臣先輩はわたしのクラスメイトの佐伯さんと登校してきた。

晴臣先輩に、正真正銘の恋人ができた。