美鳥先生が出て行く音を見送って、わたしは今練習している楽譜を開いた。

少し長くて、テンポがゆっくりな曲。

ヴァイオリンが重なったら綺麗だろうと、松渕結香子ちゃんの言葉を思い出しながら鍵盤に指を這わせる。


バスケを始めてすぐの頃、部活とピアノの両立が難しいと感じていたらちょうど突き指をしてどちらもできなかった時期があった。

治ってからはバスケを中心にしていたけど、やっぱりピアノは好きだなあ。


一曲弾き終わると「へえ」と後ろから短い反応が届いた。


振り向くと髪が濡れた晴臣先輩がいた。先生の弟さんの服を着ている。



「槙野ってピアノ弾くんだな。バスケより似合ってる」


変な感想だなと思ってちょっと笑ってしまった。


「そうですか?たしかに、あまりチームプレイは向かない性格かもしれません」

「部活、最近行ってないらしいね」

「……」

「おれのことで何か言われた?」


真波先生、言ってしまったのかな。

そんなに申し訳なさそうな顔をしないで。そんな気持ちを込めてわたしは笑ってみせた。


「それは、さすがに自意識過剰ですよ。ただ単にピアノをもう一度はじめたくて、だけどバスケで指を怪我したら弾けないでしょう?だから、バスケはやめようと思ったんです」


べつに要らないからいいの。