かばんからハンカチを出して顔と首の血を拭い、最後に手の甲をと触れると振り払われた。
「ありがとう……でもここはいいから」
「だけど、」
「槙野は誰かを殴った手なんか触んなくていい」
線を引かれた気分になる。
だけどこれが彼なりの、持ち合わせているものを手繰り寄せてできた優しさ。
「じゃあせめて洗いに行きましょう…?」
「どこに…」
「わたしがこれから行く場所にです」
そう言って彼の背中の布を握って、逃げないようにしながらピアノ教室へ向かった。
ピアノ教室の作田美鳥先生とは友達のような付き合いをしていて、晴臣先輩っていう好きな人の話はしていた。その人を突然連れてきて、しかも血を流してずぶ濡れな状況にはじめは驚いていたけど臨機応変に助けてくれた。
「美鳥先生、ありがとうございます…」
お風呂まで貸してくれて、今彼はおとなしく入っている。
「びっくりしたわあ。でも陽花里ちゃんの好きな人に会えたのはけっこううれしいよ」
「あはは…わたしも会えるとは思ってなかったのでうれしいやびっくりやらで…。とりあえずピアノ弾いて落ち着いていいですか?」
「いいよー。先生少し買い物してくるから適当にはじめてて」