異様な空気が漂っている。
人が人を殴るところなんてドラマ以外で初めて見た。
そんな恐怖と、晴臣先輩が好きな気持ちと、彼がもし傷つくならそれから救うのはわたしがいいなんて傲慢で陳腐な理想が足を突き動かす。
彼は不意をつかれたような顔でこっちを見上げていた。
殴られた人から落ちたのだろう。床に転がる眼鏡を拾いどこかに置いて、その先の彼の服を触って席から立ち上がらせた。
刃物みたいな意識がむき出しになった空間から、引っ張るように逃がす。
みんなやうわさが言うように嫌な人なのかもしれない。この人が悪いに違いない。
でも傷つけないでほしい。
傷つかないでほしい。
「何すんだよ!」
引かれるがままだった彼が止まる。
振り向くと戸惑いを浮かべた表情をしていた。
わたしの行動、そんなに可笑しかった?
「今まで人を傷つけたり、人に傷つけられてきたなら…これ以上その傷を増やさないでほしいです」
たぶん、この人にとっては綺麗事だった。
「わたしが、晴臣先輩を守ります」
無知で無力なくせにと思っていたかもしれない。
「そんなの要らねえよ。自分の正義や理想を押し付けてくんな」
「…自分を好きになってもらいたい」
「なりたかねえっつーの。おれの意思は無視か?おまえの気持ちはただ自分の好意を正当化したいだけだ」
どこかでいつか彼のために何かできる人になって必要不可欠な存在になれると思ってた。そうなるために行動していた。