目の前の彼はわたしの目線までしゃがみ込み、首元を通って後ろ髪を握った。


「…っ、い、たっ……!」

「調子にのんなよ、後輩」


睨んでくる目。

掴まれた髪が千切れる音がする。


「今ここでおまえを殴ることも蹴ることも無理に抱いて泣かすことも簡単にできんだよ」


だったらすればいい。べつにいい。気がすむならそれでいい。だってこの手はわたしの足首を手当てしてくれた。黄色のパプリカを選んでくれた。人伝てに返したのに「ありがとう」と言いに来てくれた。



「それでも、嫌いません」


「おれが好きなの?」



鼻で笑われながら言われたものが、何の邪魔もなく素直に心の真ん中に落ちてきた気がした。


冷やして麻痺した足首のように、何処かで気持ちが固まっていく。

涙がぽとんとこぼれた。

晴臣先輩が目を見開く。


「ほら、こわいだろ」

「……違う……」


こわくない。だっていつの間にか髪も掴まれている感覚がなくなっている。


「ああそうか好きなんだ…って思って…」


そんな感情初めて抱いた。


彼のことまだ何も知らないのにこんなに簡単に認めていいのかな。舞菜にはすごく怒られそう。だけど嫌われたくないとか好かれたいとか姿を探してしまうとか、何をされても嫌えなそうとか、その理由が、出来上がってしまった。

そのことに驚いて、戸惑って、感動して、涙が出る。

好き。

きっとまだひとつも彼を知らないくせに、好き。