もう片方の指に挟まれた煙草の先が顔をめがけて逆さまに向かってくる気配。
そうなったら痛いんだろうな、と乏しい想像だけが脳に入ってきた。
晴臣先輩、と心の中で叫ぶと、その煙草は彼の手を離れわたしにぶつかることなく地面に落下した。
「こういうふうに武器にしてるんだよ」
「…そうですか。見当違いなことを言ってしまって、すみませんでした」
べつにあなたに共感されたくて煙草について感想を言ったわけではないけど、こわかったので謝る。こわかった。火傷なんてしたことないもの。痕が残るのも嫌だ。
少し長めの前髪から人を傷つけてもなんとも思わなそうな目がこっちを向いてる。さっきまで絶対に本気でわたしの顔に煙草を押し付けようとしていた。
「頬、本当やらかいな。いくら払ったらクッションにさせてくれる?」
「……考えておきます」
「気をつけて帰ってね」
こわいことしなければ払わなくていい、と言ったらもう二度と触ってもらえなそう。
もうすぐ日が暮れる。
煙草の火よりずっと燃えていそうな真っ赤な夕焼けに背を向けて彼は吸い殻をそのままにして立ち去った。
それを拾って灰皿に滑らせる。
その時に自分の手が震えていることに気づいたけど、それでも、次に会った時は名前を覚えていてくれるようにと願ってしまった。