そもそも名前も覚えてなかった下級生のことを心配しているわけじゃないんだろう。そんな素振りぜんぜんないもの。

だけど帰るには気が引けて、彼のななめ前に佇む。

何か言ってほしい。また言い返してしまった。

何も言わないなら帰る許可がほしい。


誰か助けて。

さっき言えなかったあいさつとやらをしておばあちゃんの待つ家に帰らなくちゃ、本当に日が暮れてしまう。


渋々彼と視線を合わすべく前を見て…あ、と声がもれる。


「何?」

「や、すごくて…」

「何が?」

「煙草って呼吸が色づいて、生きてることが実感できるんですね」


父も母も煙草は吸わないから知らなかった。晴臣先輩がふうと息を吐くたびに空間が白く染まる。普段は見られないそれが目に映るなんてなんだか奇跡みたいでびっくりした。

彼は目を張った。その表情、まずそう。


「ごめんなさい、変なこと言いましたよね。煙草をあまり見たことがなかったのでつい…」


この人の前だと失敗ばかりしてる。



「槙野、あんた綺麗だね」

「え…」


独特な煙草の匂いが近くてくる。白い棒状の先は赤い火が円を縁取りしていた。


「煙草吸ってる理由はこういうことができるからだよ」


前髪の隙間から鋭い目を覗かせた彼の手のひらがわたしの顎をすくい上げる。