「陽花里って次はいつピアノ教室のバイト来んの」
似合わないあだ名だな、と思っていたら、同世代らしき男から呼ばれてあいつが駆け寄る。
なに、あの男。
「暁くん。次は…あ、明日だ…!」
「今完全わすれてただろ」
「あっぶない!暁くんが言ってくれなかったらお昼過ぎまで寝てたよー」
「相変わらず意外とぽんこつだな」
そう、あいつは意外とぽんこつ。しゃべったのなんて一度きりのおれを、ふつうあんなに勢いよく好きになるか?
そのくせ高校にはついてこないし、会いに行ったら彼氏はできてるし、一緒に死のうとする。…かわいくねー。
つい最近再会したけど、つーかおれが勝手に会いにきて近くに引っ越しまでしてほぼ毎日この店に来てるんだけど、槙野陽花里は、おれが来てもなんてことないって顔をする。
かわいくなさすぎ。…誰だよその男。なんで槙野がぽんこつだって知ってんだよ。
槙野陽花里と過ごしたのは、おれが中3、あいつが中1の1年間。
それから3年経った、あの夏の日。
だからあいつのこと、知ってることのほうが少ない。
お節介なヤマが面会でたびたびあいつの話をしてきたけど…それでも。
おれの知らないところで槙野陽花里は、自分らしく、しっかり生きてきたんだと思う。
あのとき殺さなくてよかった。
活き活きと働く彼女を見ては、笑えないことを思う。