そんな甘え方は初めてしてもらった。

ひとりで生きようと決めていた人が。誰かを殺すことが幸せだと言っていた人が、わたしと幸せになろうとしている。


「愛を教えてくれた責任とって。おれも、この愛あげるから。…陽花里がもらってくれなきゃ困るんだよね」


その言葉に強く、深く、何度も頷いた。



やっと、ずっとなりたかった特別になれた。

顔を上げると、あの頃にはしてくれなかった長いくちづけをされた。

なんだか呼吸を奪われるみたい。でもいくらでもあげる。ぜんぶ渡すから受け取ってほしいよ。



「陽花里ちゃん、戻ってこないからマスターが心配してるよ……あっ!」


車椅子を自在に操る彼女の画用紙もどうやら自由らしい。ひらひらと風に舞う。

彼の腕から一度抜けて慌てて駆け寄る。


「さっきからそそっかしいですよ晴瀬さん!いつも言ってますけど画用紙はいちいち持ってこなくても誰も盗まないですって」

「一心同体なのよーっていつも言い返してるでしょ?これで私は何回も夢を見て、それを描いてるの」


たしかに、ピアノ教室で出会って意気投合して気づけばこのカフェの常連にもなっていた彼女から何度か聞いた言葉に、敵わないなあと息をつく。

怪我させないようにしなきゃと思いながら宝物を拾ろい上げた拍子に、見てしまった最新作。



「夢といえば、私、もしかして予知夢でも見られるのかしら。そちらの彼はなんだかずっと前からよく夢に出てくるし…ふふ。お似合いね、あなたたち」



“そちらの彼”は目の前の出来事におどろきと戸惑いを浮かべながらわたしが抱えた画用紙を覗いて涙をそこに溢こぼす。

きっとお金にならない作品。


羽田晴瀬の記憶のかけらである夢によく出てくるらしい晴臣先輩と、ピアノを弾くわたしが楽しそうに並んで笑い合う光景が描かれていた。



彼の涙で溶けた淡いピンクが、その絵のなかで優しくにじんだ。