海の中は冷たかった。
とても、冷たかった。

制服に水が染み込む。重たくて足を止めそうになるのを、堪えた。

これは悪夢ではない。

だから夢からは醒めない。醒めたくない。


誰かを傷つけたとしても、誰よりも傷つけたくないこの人が、もう傷つかずに済むならこれでいいの。


いいの。

──── そう思うのに、どうして。


家族や友達。舞菜。そして、高薮くん。みんながわたしの名前を呼ぶ。笑いかける。怒ってる。高薮くんが、手を伸ばしてくる。追いかけてくる。これじゃ、良くないことを、してるみたいじゃない。


顎まで来ていた水が消えた。

掬うように抱きしめられる感覚は、最後の卒業式のそれを思い出させた。

離れていかないで、としがみつく。


「ばかだな、本当に」

「…ばかじゃないです」

「ばかだって」

「晴臣先輩がわたしに望んでくれることなら、それを叶えたいと思うことは正直な感情です…っ」



ずっと堪えていた涙がとめどなくこぼれ落ちた。



「ごめん…こわいことさせた」

「いや……嫌です」

「うん…ごめん」

「違う…っ、傷つかないで…」


願っているのに、わたしも晴臣先輩を傷つけてる。

間違えてしまう。正解なんていらないって思ってしまう。



「わたしのせいで、傷つかないでください…」



あの頃も、あの時も、今も、これからも。