あたたかくなった。
「ありがとうございます。…月が明るいのに星が綺麗に浮かんでますね」
「うん」
「いいですね、こういう、ゆっくりな時間」
限りある時間。
終わらせたくないけど、ふたりだけの世界じゃないことはわかっているから。
もう、あの頃と違う。
大切に思うべき人は、もうこの人だけじゃない。
「なあ、槙野が今思い描いてる未来の話して」
「え。突然ですね」
「突然知りたくなった」
でも、晴臣先輩がわたしのことを聞いてくれることがうれしい。
「えっと。とりあえず夢は、ピアノ教室かピアノが鳴るカフェを経営することで……家族がいつまでも元気でいてくれて、友達とずっと仲良くいられて、新しい人とも出会って…愛してるなあって想う人が、隣にいてくれます」
「うん」
「…なんか、ありきたりなことしか話せなくてつまらなくないですか」
乏しい思考が悲しい。なのにあたたかい気持ちになる。
「…人の人生ってありきたりとか、平凡とか、フツウが、一番幸せなんだろ。槙野はそうあってほしいってずっと願ってた」
それならわたしは、生まれた頃から幸せだ。
繋いだ手をぎゅっとする。
この人は、自分はそうじゃないって思ってる。
「思ってたのは本当。だけどその幸せな未来を…今までを、全部捨ててさ」
静かに視線が重なる。