「宿は予約してあるので大丈夫です。ありがとうございます」
そうなのか。わたしが付いてくることも船に乗ることも確信していたようで、なんだかなあ。敵わないなあ。
お店を出ると日が暮れていた。
黒い影みたいな後ろ姿。
背、伸びたなあ。
「……」
「こっちだよ」
「あ、はい」
手を握ると、愕いたような表情が返ってきたからはっとした。
「あ、あ、つい…」
何やってるんだろう。差し出されたわけでもなかったのに。
慌てて離そうとしたら握り返された。
「ウワキ決定だなー」
「なっ…ち、違うですもんっ」
ただ、掴んでいないといなくなっちゃいそうだから。
「なあ、ちょっと海触りたくない?」
「触りたいです!」
「うん」
一緒にいることが夢みたいなのに、いろんなことをふたりでしている。
島は静かで、波の音に包まれていて、世界にふたりしかいないんじゃないかと錯覚しそう。
沖まで下りて、砂浜を歩く。
「丸太があります!座りましょう!」
ちょっと駆け足になって座ると、手が繋がれているから彼も自然と腰を下ろした。
潮のにおいはさほど強くない。
「寒くない?」
そういえば制服だ。大丈夫だとつぶやくと、彼は自分のかばんの中から何かを取り出した。それを広げてわたしの膝にかけてくれる。
「スカーフ?」
「そ。母親のやつ」
たぶん、産んでくれた人のこと。