指先で扱うんだと思ってたら、本当に大切なのはお腹から送り出す呼吸で。全然上手になれなかったな。
「ピアノ、まだ続けてる?」
「一応!音楽の学校に行くまでではないですけど。吹奏楽部も続けてます」
「そっか」
「でもコラム部に入部するかはかなり迷いました」
そう言うと苦笑いをこぼされる。
「晴臣先輩が最後に読んでコラムを残した絵本、好きでした。お天気とお花が追いかけっこする話」
柔らかくて、だけど核心を持って切ない、ちょっと大人向けの物語。
胸に迫るものがあった。
言葉が突き刺さるようで、それでいるのに、刺された場所から花が咲くみたいだった。
そんな作品を卒業間際に晴臣先輩は読んでいた。
「あー…あれね、おれとあんたの話」
「え…?」
「名前。おれが天気で槙野は花。だから最後にあれを選んだ。そうしたらすげー胸に迫る物語だった」
この人の恋には、わたしはなれなかった。
この人を救うことも、わたしにはできなかった。
最後まで、今この瞬間まで、受け入れてもらうことも叶えてもらうこともなかった。
「わたし…晴臣先輩のなかで存在できていたんですね」
それでも晴臣先輩と出会い、好きになって、真っ直ぐに想っていたことに…わたし自身だけじゃなく、彼にも意味を残せていたのかもしれない。