それでも高藪くんは、いいよって背中を押してくれる。
「心残り、消しておいで」
あたたかい声。
相手の気持ちを尊重してくれて、迷っていればどうするべきか一緒に考えてくれる。甘えているだけかもしれないけど、わたしもこういう人でありたいと思うんだ。
「付き合ってるやつ、できたんだな」
変わらないって思ってた。
だけど高藪くんも、わたしも、仲良くなった頃からずいぶん想いの方向が変わった。重なるなんて思ってなかったもの。
「晴臣先輩も知ってる人です。今は違うけど中学が同で」
「あー…あの日、おれの目醒ましてくれたやつね」
あの日。
きっと同じ日が浮かんで、同じ光景を思い出してる。佐伯さんのこと。晴臣先輩を殴った高藪くんのこと。
「…あの頃、晴臣先輩の忠告を何度も聞かなくて、あんなことになって…すみませんでした」
もしも会えたら、まず謝りたいって思ってた。
「おれの方の言葉だろ。巻き込んで…助けに入らなくてごめんな」
首を横に振る。すると晴臣先輩はヘルメットをわたしに被せてきた。
「高藪クン、大丈夫なんだよな?」
「名前知ってるんですか?」
「だってあいつ、あの頃もずっと槙野が好きだったろ。目についたから覚えてる。付き合ってるんじゃないかって思ってた」
顎の留め具まで付けてくれた。
悪戯な手がカバーをあげてくる。
クリアになった視界に、青空と晴臣先輩の大人みたいな笑顔が柔らかく広がる。
「もう泣くなよ」
冷たい指はわたしの下まぶたを撫でて、またカバーをさげた。