触れてきたこの指先を知っている。
顔を上げると、ずっとずっと会いたかったあの最低な夜以来の晴臣先輩が立っていた。
「……どうしているんですか……」
「どうしてって、一応おれの卒業式でもあるわけだし」
自分の卒業式でもないのに泣いてるわたしをからかうように笑ってくる。笑っている。それがすごくうれしい。
うれしいけどわざと文句を言おうと立ち上がる。すると彼は小さく「嘘」とつぶやき、それから掬いあげるようにわたしのことを抱きしめた。
その腕にぎゅっと力が入る。でも痛くない。痛くても、壊されたっていいのに。
会いたかったよ。話したかったよ。晴臣先輩がTシャツのお礼を言いに来てくれたように、庇ってくれてありがとうって言いたかった。
「卒業式なんかどーでもよかったんだけど、言いたいことがあったから来た」
嘘つきだってうわさがあった彼は。今日初めてわたしに嘘をついた。彼は今まで正直だった。
「ありがとう。槙野陽花里」
耳元で囁かれたのは、わたしと同じ気持ちだった。
背中に腕をまわそうとしたら、その前に離れていく。
「待って……」
浅く、短く、だけど確かにくちびるが重なった。
目をつぶる間もなくその熱は触れるだけで何も残さず、まぼろしのように消えていく。
手を伸ばしたけど掴めない。どうしても、何処かに行ってしまう人。
離れていく背中。
とめどなく流れてくる涙が邪魔だった。視界がぼやけて、彼がよく見えなくなる。