それからは流れるように、勢いにのって、気持ちをのせて、見送る為の音を連ねた。
綺麗な音は出せているかな。ちゃんと伝わるかな。歌いやすいテンポで弾けているかな。そんな不安は押し殺した。
晴臣先輩のことをたくさん思い出した。
最後に見た、血を浴びた姿。振り下ろした腕。傷ができた口元。
味方だと言った時に打ち明けてくれた刃物と理由。
一緒に見た幼い絵。無邪気な蛙。
煙草とお日さまの匂いが混ざった風に泳いで顔に悪戯してきたブレザー。なびく緑がかった茶色い髪。
雨の中、涙なのかわからないものを頬に伝わせて震える声でわたしの名前を呼んだこと。
眠った小さな影。「音が綺麗」だと言ってくれたことに感動した。包み込む体温。触れたかすら危ういほどの微かなキス。
ジュースを被った。コンビニで偶然会った。パプリカは黄色が甘く見えるから好きだと言っていた。
大人っぽく笑うこと。背が少しずつ伸びていたこと。
指が細くて長いこと。体温が冷たいこと。
傷の手当をしてくれたこと。バイクの音。纏ううわさ。
わたしにTシャツを預けて、そのお礼を言いに来てくれたこと。
数えるくらいしかない思い出は、きっといつでも、どこからでも、突然蘇ったり引っ張り出すことができる大切な初恋。
弾き終わって、いつの間にか流していた涙を拭おうをしたら違うものに先を越された。