「まだかよ、おみ」


夢を覚ましたのは晴臣先輩のことを呼びかける声だった。廊下にまだ人がいたみたい。ぜんぜん気がつかなかった。

手が離れていく。助かった。これ以上触られ続けたら心臓が壊されるところだった。


「あ、ヤマのこと忘れてた。槙野の頬のもっちりさにやみつきになってた」

「忘れんなよ」


え、今悪口言われた。そりゃ痩せてはいないけど…顔にふっくら肉がつくタイプなんだけど、触っておいて悪口言われた。

廊下からどかどかと入ってくる、晴臣先輩よりも身なりが派手な人。金髪ってドラマや漫画の世界だけじゃないんだ。じっと見られて委縮しそうになる。



「ちんちくりんだな」


は…初めて会う人にも悪口言われた。上級生って、不良って、やっぱりこわい。


「なんで、かわいーじゃん。ね」


ね、と言われても…。


「Tシャツ預けたの槙野で良かったよ。じゃあな」


彼はそう言いながらわたしのお弁当からから揚げをひとつ盗んで、やっと居なくなってくれた。

教室が静まり返っている。

なごやかなランチタイムだったのにとても気まずい。


でも気が利いた言葉が何も出てこない。行ってしまった。から揚げが羨ましいなんて、可笑しな感情に泣きたくなる。

どうしちゃったの、自分。

冷たい体温がいつまでも頬に残っている。