「大したことは言っていないな。壁の外の話をしたんだ」
「外、ネ……そうだよねエ、シンはもう千年も外を知らないもんねエ」
感慨深そうな様子でそういうと記憶を逡巡させているのかゆらりゆらりと頭が揺れた。知っているはずだ。自分がそばに居たときのシンがどうであったのか、いまここがどうして雪に閉ざされているのか、その理由を。
夢から覚めるように目を見開くと地を這うような声でシイは言う。
「許すわけないだロ、そんなノ」
「うっ、ぁ、おええええっ」
「イーズ! しっかりしろ!」
すさまじいプレッシャーを前にイーズが膝をついてえずく。精霊の体内には、ほかの生物のような胃や腸はない。イーズが吐き出したものもまたアールと同じようにあの「星空」を煮詰めたような黒であった。
「シイはいったいどうしたいんだべ!? なんで、なんでシン様を」
「イイ事を教えてあげル。たしかにネ、最初に禁号魔法を使おうと思いついたのはアマルティアだヨ。でも普通に考えてごらんヨ、普通に。魔法が顕現したころよりずっとずっと弱い下位文明種には、禁号魔法なんてたとえ第一魔法だとしても、一人一回が限界に決まってると思わなイ?」
「ま、さか……シイ、もしかしてっ……」
「心が弱いっていうのは、罪だよネェ?」
シイの記憶。それはどの程度正確に見えるものなのかこちらにはわからないけれど、一から百まで正確どうかなんて本人以外には知りようがない。本人すら忘れている記憶があるなら? 見られたくないものに蓋をする力があったら? 事実と見た者の解釈に何らかの齟齬があったとしたら?
精霊は常に第三者だ。だがそれは他種族にとっての話であって精霊自身がまるっきり意識を持たないものなわけではない。少し考えたらわかることだったはずだ。