いたずらっ子のように笑う青年とは裏腹に三人の顔つきが変わる。一人、ということは二人を見捨てなくてはならないが、これまでともに旅をしてきた二人だとジオルグは眉をしかめる。体力のことを考えたならカーミラを預けてしまうべきだが、忍耐という意味ではリッツを預けたほうがいい。どちらにしても共倒れは避けたい。
自分が助かろうという意識はあまりないジオルグが悩んでいるとカーミラが叫んだ。
「なんですか一人って! 三人いるんですよ⁉ 二人は野垂れ死ねってことですか⁉」
「勝手に入ってきて助けてもらおうってのになんでそんな怒ってんの? あのね、俺には助けないって選択肢もあんの。雪崩になるから大声出さないでくれる?」
雪崩、と聞いて不服そうではあるがカーミラは口をつぐんだ。どちらにしてもだれか一人でも助かるのならこの青年の機嫌をみすみす損ねる理由はない。
ジオルグが口を開こうとしたとき、割って入るようにリッツが身を乗り出した。
「じゃあ俺! 俺を助けてよ! 俺は帰ろうって言ったのにこの二人が」
「リッツ! あなた何言ってるの、自分だけ助かろうなんて!」
「カーミラだって自分だけでいいから助かりたいくせに何言ってんの⁉ 俺知ってるんだからね、ジオルグにいい子ちゃんだと思われようとしてるけど本当は何人もほかの男と」
「なっ、な、なにを言ってるんですか! 最低! 違います、ジオルグ、わたしはっ!」
「……雪崩で死にたくないなら落ち着け」
う、とバツが悪そうに黙った二人を見て青年がケラケラと笑った。何がおかしいのかとにらみつければ目尻の涙をぬぐいつつジオルグの目線に気が付いてまた微笑んだ。
「君らここに来たってことは付き合い長くて練度もまあまあなわけじゃん? なのにこれだよ、おかしいね」
極限状態で人間の本質が出るというのはよく聞く話だ。だから二人が自分だけ助かりたいといっても別にそれを責めるつもりはないし、仮に自分が自分を優先したいと思ったならそれが自分の本質だったんだろうとジオルグは思っている。
ただまだなんとかなるだろうと心のどこかで思っているから二人に比べて余裕があるだけだ。体力も忍耐も、たぶん二人よりは自分のほうが上だろうというだけで。