「不思議な植生だ、あんなキノコや花は見たことがない」
「あれはシメリタケ、水分と鉄分の多い洞窟によく生えるよ。スープにするとおいしいんだ。こっちはツクモダケ、キノコなのに花が咲くんだよ。あれはラピスチタって花で幻覚作用があるから触らないほうがいい」
「詳しいな」
「もともと父親がこういうのにやたら詳しかったみたいだからね。家にあった本は一通り読んだよ」
たしかに、アマルティアは医療や薬学の方面に明るかったという話をしていた。あまり覚えていないという割にそのあたりの知識はしっかり持っていたらしい。
これから大きなものと対峙しようというのにその足取りも声色も緊張感はなく、あれはナントカでこれはナントカでとシンは目につくものをひとつづつ丁寧に教えてくれた。
こんな風に外を、一緒に旅ができたら楽しいだろう。まず南側の、ロンディウムに連れて行って、大陸へ行って、そこで二人でまだ見たことのないものに触れる未来を想像する。表情が緩むのが自分でもわかった。
「ジオルグってやっぱり勉強が好きなんだべな、邸でもよくしてたべ?」
「知るという行為が好きなんだ、学校の成績はそうでもなかったが」
「生まれる時代間違ってるよねええ、シン様と同じ時代に生きてたら間違いなく族長クラスだと思うよおお」
知識も人も文明も飽和している今の時代、自分のようなのは特に目立った特徴もなく、専門的な仕事をするには少し物足りないくらいだがたしかに時代が時代であればそういうこともあったのかもしれない。
「あれはなんという生き物だ?」
「あれはハネバチとハネサソリだね。ハネって、飛び跳ねるほうのハネなんだけど……あ、ほらほらぴょーんってなったろ」
北の地質や生態系、植生を暴けば人類種の新たな発展が約束されている。
そんなことは最初から分かっていたし、それが目的で元々はここに来たがどうしてか今は、この山に人類種はこれから先も立ち入らないほうがいいのだろうと、そんな気がした。