精霊はなにもしない、と散々話していたがその性質もあくまで基本の話で思うところがあれば彼らなりの筋の通し方や断行することがあるのだろう。

 シイがそうしたように、三人が今そうしようとしてくれているように、こんなに好意的な種族と断絶していた人類種の愚かさに頭が痛くなる。戦争の歴史は子供の頃から習っているが、そういう私利私欲の裏側で何千何万という精霊が人類種の棲家となった土地から姿を消したに違いない。もったいないことだ。

「山頂までの洞窟もちゃんとあるんだべ、普段は隠してたんだけど」

「なにそれ、俺知らないんだけど……」

「雪の中はああ、ジオルグが危ないから洞窟を通って行こうねええ。まあ、雪のほうに出ることになってもおおイーズたちがどうとでもできるからあんまり心配しないでええ」

「早速、自分が一番足手まといな予感がするが恩に着る」

 邸の庭、果樹園のような一角の奥の洞窟の壁にアムがふうっと息を吹きかけるとまるでスープの湯気のようにゆらりと揺れて見えて、次の瞬間には縦横が三メートルほどの穴がぽっかり開いていた。

 シンがいつかと同じように人差し指を振ると、等間隔にふわふわと明かりが浮かぶ。照らし出されたその横穴に踏み込むとなんとなくぞっとした。たった一歩分の距離なのに、

「ここから人間の足だと三時間くらい歩くから、休憩したり魔法かけながらゆっくり行こうぜっ。あんまりばたばた動くと勘づかれるかもしれないからなっ」

「勘づかれる? あちらにか?」

「真・第九区域結界ってそもそもグラシエル全域にかかってるわけじゃんっ? 言ってしまえば腹の中と同じなんだ、洞窟は血管とか内臓だと思ってもらえば近いかなっ。だからあんまり魔法にたよったり飛んだりすると感知される可能性があるんだぜっ、邸のあるところはシイの防護結界がかかってるからそんなに気にしなくていーんだけどっ」

 シンが平穏無事に生きていられたのはやはりシイのおかげであるらしい。初めて会った日は雪の中を平然とあるいたり飛んだりしていたがそれは問題なかったんだろうか。派手に魔法を使わなければ見つからないのかもしれないが。

 あまり変わり映えのしない洞窟も、しばらく歩くと様子が変わる。

 見たことのない植生や虫や生き物が目につくようになり、岩壁を突き破るように鉱石が生えだしている。そもそもこういう部分の調査のつもりで北に来たことを思い出すがここに来るまでに死んでただろうなと思うとシンに声をかけられたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。