「見ろ、シイ! もう少しだ、もう少し、あとはそうだ、魂が、魂を、魂がいるんだ魂が無垢な魂が入れ物が」

「アマルティア、シンに目を向けるんダ。それがサイカの望みなんダ。ボクは何度もそう言っただロ?」

「わかってる、わかってるんだよおおォ! あの子も可哀想だってわかってるんだッ! 僕だってたった十年程度だった! なのにシンは! シンの中にサイカはたった五年分しか生きていないッ! そんなのは、わかっているんだよおおぉぉ」

 虚ろで、激しくて、それでいて愛(かな)しい慟哭にシイは唇をかみしめた。
 追いついていないのだ、心も理性も。あの日、朝が来なかったのはサイカだけじゃない。きっとアマルティアもまだ前日の夜に置き去りにされている。そこから抜け出す方法もなく、模索する正気もない。彼を構成するすべてがサイカに関するものばかり。

 哀悼の気持ちでガレリアもフリウェルも満ちている。サイカの死を誰しもが悼んでいる。ひとりきょとんと急に消えた母親を探しているシンに大人は誰しも言葉を飲み込んだ。どういえばいい。言わないほうがいいのか。シンはわかっていないのだ、まだ死という概念を持っていない。

 長命であるが故、竜族も魔法族も死を理解するのには時間がかかる。永遠のような時を生きる彼らにとって、植物が枯れるのも野ウサギが死ぬのも、最初は何が起きているのか本当にわからないのだ。知能が高いとはいえ子供は子供。その子供に母親の死をもって概念を説くというのはさすがに人類種でなくても躊躇うものがあったらしい。

 あなたは天才ねえ。

 サイカがそう言ってシンの頭を撫でていたのを思い出した。親馬鹿だと思った。亜種とはいえたった四年しかいきていない竜族、しかも半分だけの子に天才とは。片鱗はあってもそれが形になっていたわけではない。その幸せな記憶の中で、サイカもシンも、周囲の誰もが笑っていたのをシイは知っている。

「記憶、そうだ、記憶がいるな、美しい記憶だ、サイカの悲しみはもういらないんだ、明るくて楽しくて……それはそれは美しいものだけを集めて、そしたら戻ってきたとき彼女は……!」

「目を覚まセ! 死者は蘇ったりしなイ!」

「シイ、僕はね、彼女だけが僕のすべてだったんだよ。わかるか? なあ? わからないだろう精霊種には、精霊は一人で生きていけるもんな! 僕は、僕は、ァァァァッ!」

 音が反転するような絶叫。魂の悲鳴を聞いた。

 どうして、自分はただ他種族を愛しているだけなのに。サイカにもアマルティアにもシンにも正しく幸せになってほしかったのに、その行き着く先がこれだなんてあんまりじゃないのか、どうして。

 精霊種は何でもできる。

 なんでもできるが、なにもしない。

 今ここでアマルティアを眠らすことも、その悲しみを消すこともできるし、サイカを生き返らせることも、そのためにシンをいなかったことにすることもできる。文字通り何でもできる。ただ、自分たちからはなにもしない。それが精霊の在り方だから。