例えば、実際にその精霊に会ったことがなくてもその「出来事」の近くで過ごしていれば出来事と会話ができるという性質があるらしい。厳密には会話というか、記憶をのぞき込むような感覚のが近いらしいがとにかく彼らにとっての死が終わりでない以上その精霊が見てきたなにかに触れるのは肉体があろうがなかろうがあまり変わらない、ということだ。
「俺とアムはシイとしばらく一緒にいたぜっ、つってもほんの一瞬だけどな、二年くらい?」
「ずいぶん短いな」
「ここに来たときはもうシイは成れの果ての寿命の手前だったべなー」
三人はルーシアに居たらしいが、三人でここに移ってきたわけじゃないそうで、最初にアムが、次にアールが、最後にイーズがやってきて、イーズが来る前にシイは出来事になっていたのだという。
「シン、そのシイというのは」
「シイは俺が生まれたときから近くにいた精霊なんだ。唯一、俺の、時間の流れを見てた精霊」
シイ、というのは、もともとはガレリア渓谷に住み着いていた精霊だという。
つまり竜族の棲家の出来事に同化する準備をしていて、竜族とも交流があったということだ。シンが生まれたときから知っていた相手ならきっと母親や、シンの言う母方の祖父もシイのことを知っていたはず。
シイは、シンの背景を知っている。それならつまり、三人はシンのことをずっと知っていたはずだ。
「アムたちは、俺のことをどこまで知ってるの?」
「シイが、知ってたことは全部だべ」
「ご、ごめんねええ、シン様。で、でもねええ、シイが、シイが心配してたんだよおお」
「心配?」
「シン様がいつか、本当に凍り付いちゃうんじゃないかって。ずっと、そればっか言ってたぜ」
シンが唇をかみしめる。
どちらにしても、山頂に行くにはこの三人の知ってることを聞かねばならないらしい。シン本人にとっても青天の霹靂、といったところか。いきなり核心に触れて大丈夫かとその横顔を見た。
ずっとそばにいて、ずっと黙っていた。でもそれは精霊なりのシンをずっと守る手立てであった。人間だったらもっと飲み込みにくかったかもしれない。
知りたかったはずの答えが、すぐ目の前にある。
なのにそれを知るべきかどうか、いざその時になって怖気づいているのはきっとシンが自身の出自の詳細を恐れているからだ。