「一応、いろいろ多めに持ってきてはいるが片道で使う物資は三分の一までだ、その時点で一度戻ってくるしかない」
「まあ、妥当ですね。半々で帰ってこれるとは思いませんし」
「この山一生吹雪いてるからなぁ」
明確に入ってはいけないといわれる東西と違い、北は入るのは簡単だ。良いとか悪いとかでなくそもそも死ぬであろう場所に入る人間なんてそうそういないため門番もいなければ鍵もない。
遭難防止にそれぞれの腰にロープを巻き付け、凍傷防止の分厚いグローブをつけた手で門扉を押す。ぎぎぎ、と錆ついた音をさせて口を開けた門の中に三人は滑り込む。門はそのまま自重でゆっくりと閉じてしまった。
「……口を開けたら舌が千切れそうです」
「あまり話さないようにしよう。とりあえず山頂のほうに向かって歩いてみるか」
「待って待って待って、ジオルグ、カーミラ!」
「なんですか、リッツ?」
「門……取っ手がない」
「はあ?」
二人が振り向くと確かに門には取っ手がない。カーミラと呼ばれた少女が寒さのせいではなく、その顔からさーっと血色を失った。
「も、門って、こっちからあけるには、引かないと……ですよね、取っ手がないなんてどうしたら……」
取っ手にできそうなものを探してもいいが辺りは一面氷と雪に覆われた青い世界。加えて「一生吹雪いている」と言いたくなるほど晴天には恵まれない場所だ。下手に動くわけにもいかない。
壁はおよそ六十メートルあり、装飾もなにもないただの板のようなつるりとした造りで、つるはしなどで叩いてもつるはしのほうが折れるような特殊な岩でできている。
「大体なんで取っ手がないの⁉ これじゃ中に入ったら出られなくなるじゃん」
「そりゃあ、牢屋なんだから中から開いちゃあ困るだろ?」
「牢屋って……え? なん、だ、だれだお前は!」
「誰だってそりゃないでしょ、俺のこと探しに来てたんだろ? ここに来るやつは大体そうだからな」
ジオルグの背後にいつの間にか現れた人物は透明な角と透明な翼を生やし、黒いシックなワンピース一枚の、青年だった。